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振り返り19 一過性全健忘(TGA)とその鑑別疾患
救急外来でたまに出会う一過性全健忘。
それに類似した記憶障害の症例を救急外来で研修医から相談を受けたのですがあまり詳しくなかったので、一過性全健忘その鑑別疾患について症例を振り返りながら整理します。
症例:80代の男性
高血圧以外に既往のないADL自立の80代男性が3日前からの記憶障害で受診された。本人がここ数日の記憶がなく、今朝のことも覚えていなくて困っているというのが受診動機であった。頭部外傷や痙攣は経過中になし。
バイタルサインと身体所見に問題はなく、意識は清明で改訂版長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)は25点であった。神経学的所見に異常はなかった。逆向性健忘と前向性健忘を認めたが、反復する定型的な質問はなく落ち着いた様子であった。
採血、CT、髄液検査は問題なく。脳波もてんかん波はなく、入院2日目に実施されたMRIでも特記所見はなかった。
入院後1日目から徐々に記憶障害は改善してきたが、完全な回復までには数日を要した。
一過性全健忘は否定的で、暫定診断として記憶障害を伴うNCSEの診断として退院となった。
一過性全健忘(TGA)
TGAの臨床像
急性発症し、エピソード中に新しい情報を数秒以上保持できない前向性健忘症と、数時間~数日またはそれ以上の逆向性健忘が生じる。(逆向性健忘と前向性健忘は同時に起こる。これは新しいメモリを構築するために必要な回路が、既存のメモリにアクセスするための回路と同じか重複しているためと考えられる。)
患者は「どうやってここに来たの?」「ここはどこ?」「何が起こった?」「今何時?」などの質問を繰り返すのが特徴的で、それ以外の機能には異常がない。
24時間以内に症状は改善する。
診断基準は下記で、頭部外傷とてんかんの特徴がないことが含まれる。
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TGA患者の特徴とリスク、誘発要因
平均年齢は62歳、わずかに男性>女性。
平均持続時間は6時間で、2~12時間持続することが多い。
予後は良好だが、患者の15%が再発する。再発の平均間隔は2年。
片頭痛の既往はTGAのリスクとなる。
青年期のTGAのほとんどは、片頭痛と運動活動の病歴に関連する
誘発因子:冷水への暴露、死の知らせ、性交、暴行、内視鏡検査などの医療処置、強い痛みや精神的ストレス、極度の労作。
病態生理学的原因は判明していないが、てんかん波による理論は否定的で、現在は内側側頭葉と視聴やそれら領域に血液を供給する後方循環の血管機構の問題と考えられている
TGAとの鑑別疾患
一過性全健忘らしくない所見
意識障害
明らかな認知障害(HDS-Rなどでの明らかな認知機能低下)
異常な神経学的徴候(TGAでは10%以下である)
反復的で定型的な質問が欠如(反復の質問はTGA診断への感度が高い、特異度は低い)
上記のようなTGAらしくない所見を認めた場合には鑑別を広げる。
TGA 様の症状を認める疾患は多岐にわたる。
記憶障害を伴うNCSE、一過性脳虚血発作(TIA)、脳梗塞、片頭痛、脳振盪後の健忘、低血糖、低酸素血症、薬物中毒(アルコール・CO 中毒など)、感染症(ヘルペス脳炎などのウイルス感染症)、せん妄などがあげられる。
TGAの鑑別:記憶障害を伴うNCSE
115人の記憶障害を伴うNCSE患者の内、24%は記憶障害以外のその他の所見を認めなかった。76%は何かしらの特徴を有した。その記憶障害を伴うNCSEの特徴としては。
持続時間15分~30分
数週間間隔でエピソードが繰り返される
嗅覚幻覚(実際に存在しない臭いを感じる)
流涙
などが挙げられた。
TGAの鑑別:脳梗塞
海馬の孤立性梗塞や、その他領域でも突然前向性健忘を起こすことがある。それらは記憶障害が改善しないことが判明してやっとTGAと区別される。
脳梗塞例では、TGAで典型的な反復する質問が見られなかったり、斑な健忘症を呈するなどが鑑別点となる。
TGAの鑑別:片頭痛と脳振盪性健忘
片頭痛:TGAの原因として片頭痛に類似した病態生理も想定されており、片頭痛自体がTGAのリスクとして考えられているため片頭痛が記憶障害の原因かどうか判断することは難しい。しかし、そもそも片頭痛の前兆中や片頭痛に伴う記憶障害は稀と考えられている。
脳振盪性の健忘:反復的で定型的な質問を来たすことがありTGAによく似ることがある。しかし病歴から原因が自明である。
TGAの画像診断
TGAではMRI拡散強調画像で海馬またはその周辺に点状の病変が見られることがある。
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画像的な特徴が出るのは70%
エピソード後12-48時間で現れることが最も多く、すぐに検査しても出ていない。
所見は一過性のものだが、場合によっては数日間持続する。
病変は左側>右側、両側で多い。
まとめ
前向性健忘を認める症例では、TGAを念頭に典型例に合うかどうかを診断基準を元に判断する。その際に、意識障害や異常な神経学的徴候、反復する定型的な質問がないなどの非典型的な所見がある場合には鑑別を広げていく。
24時間以上持続している場合にはTGAではないので、その他原因の検索に脳波、MRI、髄液検査を適宜検討する。
参考資料
Ropper, Allan H. "Transient global amnesia." New England Journal of Medicine 388.7 (2023): 635-640.
Current topics - プライマリ・ケア実践誌「えっ,MRI 正常でも脳虚血があるの?」一過性全健忘について/Vol.1 No.1(1)
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