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日本ランキングのできるまで

この記事はオリエンテーリング裏アドベントカレンダー2023の第1日目の記事です。

オリエンテーリング競技者のランキングを作ることは出来ないだろうか?

独立したての西村の中に一つ大きな興味が湧きました。

いや、実は以前にもあったんです。私が学生の頃は確か菅原琢さんがメインで作ってくださっていたランキングが。それは各大会で順位ごとに点数が付けられるという、いまでもほかのスポーツではよく見られる方式でした。また現行ランキングが施行される直前まで年齢別ランキングというものも事務局管理で作られていました。

でも、なんかこう、直感に合わない。「いやまあ地方の大会行きまくってる人が上に来ちゃうよね」というのが正直な感想でした。

例えばテニスとかF1とかはこの方式で運用されています。統括団体が決めたポイントを目指し、それを競技者はあちこち遠征してかき集めることを求められます。

しかしオリエンテーリングはプロスポーツではありません。競技者の中には激務の人も居ますし、賞金が出るわけでもないので無尽蔵に大会出場するわけにもいきません。当然大会ごとの出場者のレベルはばらついてしまい、またコースレコードのような絶対基準もないため、それらを一律の基準で評価するというのはとても困難なことです。

これをどうにかして相応の納得感のあるランキングが作れないだろうか、その知的探求心こそが現行の日本ランキング誕生の原点であり、研究開発の始まりでした。

まず最初に読み込んだのは世界ランキングでした。英語を一生懸命読んで再現計算を試みたのですが、どうもうまく行かない。読み取り方が間違えているのかもしれないんですが、上位者がデフレし、下位者がインフレする、つまり点数が平均値に収束していく不具合が出てしまいます。

というわけで早々に諦めました。フルスクラッチで自分で考えます。そして誕生したのが、レース前の出場者の実力とレースの記録を回帰分析して点数を算出するという現行の方式でした。あくまで自分の興味でやっていたことでしたので、当時のそれはNishiPROランキングとして自分のホームページで公開していました。リンクは切れていますが今でも残っています

日本ランキングの設計原則

ここで、現行ランキングの重要な原則を紹介します。

1点目、順位は一切考慮しないということ。

陸上競技と違い、オリエンテーリングはレース中に他人のレース状況が分かりません。つまり順位は競技者にとってコントロールできない要素です。順位は単純に出た記録を低い順に並べて数字を付与しただけであり、それを実力評価するための要素に加えるべきではない、と考えました。※逆に言えば、これがノックアウトスプリントだと順位の方を優先的に考えたランキングを作ると思います。

2点目、レースにおける「実力差」は「タイム比に比例する」ということ。

「タイム差」ではなく「タイム比」であることがポイントです。何となく皆さん直感的に使っていませんか。「今日はあの人の何%で走れたからまあまあかな」ってな具合に。ロングレースもあればミドルレースもあるので「差」ではなく「比」が重要なのは直感的に分かりますよね。また60分で走れる人が20分縮めるのと、同じコースを2時間かかる人が20分縮めるのとでは難易度が全然違うのも分かると思います。

実力差が「タイム比」に比例するという前提を置くと、タイムの対数を取ってポイントにすれば、「実力差=ポイント差はタイムの対数に比例する」ようになり、線形関係を作り出せるようになるわけです。

ちなみに、対戦型競技においては「Eloレーティング」というランキング作成方式が有名です。これは「実力差=ポイント差は勝敗比の対数に比例する」という原則を前提としており、この点がよく似ていますね。そう、オリエンテーリング日本ランキングはすごく「レーティング」的なのです。どうしたら実力差を評価できるのか?それをしっかり突き詰めたのがEloレーティングでありオリエンテーリング日本ランキングであると言えます。

※余談ですが、こういうことをちゃんと考えれて、数学いっぱい勉強しといてよかったって思います。半面、大学でサボっていて統計の知識がだいぶ怪しいことは苦労しました。そんなわけで「数学なんて何の役に立つの?」って言われたら、わたしなら「数学のおかげで日本ランキング作れたし、数学が分かんないと日本ランキング理解できないんだよ」って返すことが出来ます。

さて、これでほとんど完成なのですが、もう2点、難しいところがありました。

原則3、実力が高い選手ほど点数は安定している(安定させたい)

単純な回帰分析だと下位の選手に引っ張られてトップ選手の点数が乱高下するという不具合があり、この前提を置くことにしました。これによって「重み付き回帰分析」の採用に至ります。

原則4、テレイン・コースによってタイム差が出やすさに違いがある。

これがとても悩ましい。現実やっぱあるじゃないですか。フラットなテレイン・道走りの多いコースはタイム差が出来にくいし、急峻なテレイン・オフトレイルの多いコースはタイム差が極端に出たりします。

大会ごとに出場者まちまちだし、タイムの絶対基準はないし、しかもタイムのばらけ方も大会ごとに違うなんて、オリエンテーリングの実力を評価するのって本当に難しいなって思うんですけど、これも統計の指標を駆使する事で「補正値」という概念を作ることで、実用可能な範囲まで収められています。

全日本E権取得基準への採用

こんな感じで開発した日本ランキングですが、やはり一気に注目度が上がったのは全日本E権規則への採用です。全日本委員会で目を付けていただいて、JOAとして採用いただきました。やはりJOAという権威付けと実際にランキングポイントが必要になるってのは大きかったです。

ここまでは専ら「どうしたら競技者の実力評価を正しく出来るか」という事だけを考えていましたが、実際にE権に必要になったことでここで「統括団体としての意志」が乗ります。

すなわち、「全日本は+40点、インカレ・公認は+30点」および「上位3レースor2レースの合計でランク付け」という部分です。つまり、「どういう大会を大事にしているかを示し、かつ極力多数の大会でポイント獲得のために頑張ってもらいたい」という意志がここで反映されています。

ちなみにサッカーのFIFAランキングでは2018年からEloレーティングを採用した方式に転換しているらしく、「実力評価の上に統括団体の意志を乗せる」という点がオリエンテーリングのランキングとよく似ているなと思いました。2018年ってまさにNishiPROランキングを作り始めた時期と同じだし。

今後の展開

さて今後の課題なんですが、「トップ選手がこけたときに他の選手の点数が増えてしまう問題」というのがあります。つまり、レース前の実力評価値がとても高い選手は重みが大きい上に良い記録が期待されるので、その人がこけるとそれだけ難しいコースだったとみなされて他の選手の点数が跳ねてしまうんですね。

これがある状況だと、「みんなに迷惑かかるから調子悪そうな日は出ないでおこう」とか「大ツボリしたらわざとペナろう」みたいな誘因になってしまってとても良くないので、早急に改善をしたいと考えています。

他にも女子は2レース対象だけど男子と同じく3レースにしようか、などもJOA内で検討しています。

そんなわけで、これからもランキングは時代に合わせ不具合に合わせて修正を重ねていくと思います。どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。

おしまい。

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