繋留流産
2017年7月11日、8週3日を迎え、この日も朝から負の感情に支配されていた。気持ちを切り替えたいと思っても自分ではどうすることもできず、ただ、悪阻だけが少し軽くなっていた。この日は卒業が決まれば先生達にご挨拶をしようと、主人にも付き添ってもらって病院に向かった。
この日はポジティブM先生。
軽く挨拶をかわした後、内診室に入り診察を受ける。いつもはテンポの良い声がカーテン越しに聞こえるが、その日は長い間黙ったままエコーを見ている。嫌な予感がした。
M先生がカーテンをあけ、エコー画面が見えた。心拍が見えない。まだM先生は黙ったまま真剣にエコーで心拍を探していた。沈黙が怖くなり、私から「心拍見えませんよね。」と声をかけると、ようやくM先生が真面目な顔をして頷いた。
赤ちゃんは数週相当に成長しており、エコー上も綺麗に見え、心臓が止まって間もないとのことだった。もしかしたら、ついさっきまで動いていたかもしれないと。
この後も何度も心拍を探したり、血流を見たり慎重に確認してくれていたが、やっぱり血の流れは確認できなかった。
繋留流産
急に身体に力が入らなくなった。
悲しいのに涙もでてこなかった。
内診が終わり、待っていた主人に、「赤ちゃん心臓とまっちゃった。」と伝えた。主人は状況が理解できていないようだった。
2人で診察室に呼ばれ、M先生が状況を説明してくれたが、正直言ってこの時の内容はあまりよく覚えていない。後から主人に聞いたが、時間をとって丁寧に説明してくれたらしく、主人はここでやっと状況が飲み込めたらしい。
ただ、赤ちゃんをどうするか、外に出してあげないといけないので手術をするか?
そんな話になり、どうしたいかと聞かれ、咄嗟に自然に出してあげたいと答えた。
M先生は赤ちゃんが大きいので、自然排出を待つとなかなか排出されずにお腹で炎症を起こす可能性があること、排出されるとしても、かなりの出血と腹痛で耐えられるかと言われたが、それでも手術は嫌だと断った。大出血でもひどい腹痛でも耐えられると思った。
病院を出ると家に帰るのが怖くなった。家に帰ると蓋をしている気持ちが溢れ出て悲しみで押しつぶされそうだった。主人が心を落ち着かせてから帰ろうと言ってくれカフェに寄ってくれた。ケーキを頼んでくれたが全く食欲もなく、まだお腹にいる赤ちゃんのことを感じて悲しくなった。私は朝から不安なことばかりを考えていて、お腹の中で頑張っていた赤ちゃんの事を考える余裕さえなかった。ごめんね。1人で息絶えたのかと思うとそんな自分をまた責めた。
「神は乗り越えられる試練しか与えない」というけれど、この時ほどこの言葉を憎んだ事はなかったし、神なんて絶対にいないとさえ思った。
帰りの電車の中で、心拍が止まった原因をずっと考えていた。また私のせいなのか?こればかりが頭の中でぐるぐる回る。しかし原因を考えたところで赤ちゃんは帰ってこないとまた悲しくなった。
家に帰ってからは、部屋の中にいるのが辛くベランダに出てぼーっとして過ごした。その日はいくつか星が見え、1つだけ大きく光る星が見えた。涙で余計に輝いて見えた。あぁ、この子はお空に帰ってしまったんだなぁ。
この時にやっと全ての状況を受け入れることができまた涙が止まらなくなった。
幻となった出産予定日は2018年2月17日。
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