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ホップソルトが出来るまで①「1冊の本との出会いと、ハーブとしてのホップ」
2024年の年末、ホップが入った塩、「ホップソルト」を発売した。
ホップといえばビールの原材料で、ビールに香りや苦みを付けたり、殺菌効果があることで有名なハーブだ。
そのハーブを使ったソルトは、まるで柑橘のような爽やかな香りと苦みがあり、肉料理や魚料理、卵料理、フライドポテトなどを、とても美味しくしてくれる。
「なぜホップ?」と聞かれることが多いのだけれど、私とホップとの関係は、あまりに色々なことがあり、一言で答えることが難しい。
私のホップとの出会いは、18年ほど前。23歳だった時だ。
そこから、今やっとホップを料理に使うためのソルトを作り上げるまでのことを、書いてみようと思う。
18年前、まだ工学部の修士の学生だった私は、日夜、大学で実験に明け暮れていた。
大学にそのまま残って研究を続ける予定でいたので、就職活動もせずに、研究が仕事のようだった。
昼も夜も大学にいて、毎日がほとんど徹夜のような日々。1日に眠る時間は、隙間を見つけながら仮眠を取る程度。その時にやっていた実験の性質上、機材を動かし始めたら、3日間は24時間体制で監視しなくてはならず、それも一人でやっていたものだから、張り付いているしかない。
実験自体はとても楽しく、結果を早く出したくて、その3日間連続実験を休みなく延々と繰り返していた。まだ若かったし、アドレナリンも大量に出ていたのだろうし、疲れて大変だったというよりも、楽しかった記憶しかない。
しかしそんなある時、突然、全く眠れなくなった。
目が冴え過ぎて、全然眠くない。
でも、眠らないから、とても疲れるし、何日も一睡も出来ないと、さすがに不安になった。
自分にとっては楽しいことをやっていたとしても、人の身体は無理を続けたら突然壊れるものなのだということを、その時期に学んだ。
色々な人や病院に相談して、とにかく休まなければならないということで、
人生で初めて、休むことになった。
いつも突き進んできた人生だったので、休むということがとても苦手で、何をしたら良いのかわからなかった時に、高校時代に仲の良かった友人のお母さんが、この本を貸してくれた。
このたまたま借りた本が、私のホップとの出会いだ。
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のちにエリ子さんにサインしてもらっている。
長野で「ハーバルノート」という、ハーブのお店をされている萩尾エリ子さんという方の、料理と日々の暮らしの記録の本。
かなり分厚い本で、友人のお母さんは「これなら読み終わるまで時間もかかるから、暇潰しになるでしょう。毎日夜に読むようにしなさい、のんびりした気持ちになるから」と言って、私に持たせてくれた。
真面目な私は、律儀に毎晩この本を読んだ。
長野の自然の中での暮らし、そこで採れる野草やハーブ、野菜や果物で作られる料理。
ずっと大学の実験室に籠り、自然な人間の暮らしからは遠ざかっていた私は、このような生き方があるのかと、いささかカルチャーショックを受けた。
そして野生のホップを使った料理。
ホップの新芽のオムレツという料理のページで、ホップはこのように記載されている。
「ホップ(西洋カラハナソウ)は、その苞でリースや安眠まくらを作ったり、染色をさせてもらう大好きな植物ですが、春の新芽も見逃せません。」
(「八ヶ岳の食卓」p45)
安眠まくら・・?
眠れない私には、もってこいの植物に見えた。
文中には「ビール」という言葉は一切出てこず、その辺に生えている野草の一つとして紹介されている。
この時に私の中で、「ホップとは香りの良い、安眠作用のあるハーブである」と、強くインプットされた。
そしてしばらくして眠れるようになり、元気になってくると、私はハーブや植物に興味を持つようになった。
気になると、実際に色々とやってみたくなる性格なので、ハーブを育てたり、料理で使ったりするようになった。
その時に、また友人のお母さんに勧められた本が、萩尾エリ子さんの「ハーブの図鑑」だ。
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気になったのが、表紙の写真が、ホップなのだ。
ハーブの図鑑の表紙がホップなのだから、やはりホップは「ハーブ」なのだと、私にとって2度目の強いインプットになった。
図鑑はとても素晴らしい。たくさんのハーブが写真付きで載っており、エリ子さんの言葉で、栽培についてや、クラフトや料理での利用方法が書いてある。
ホップのページに書いてあることが、さらに私の興味をそそることになる。
「新鮮な青い苞の香りは、清々しいものです。輸入の乾燥したものとはかなり違いますから、安眠枕を作るのなら、育てるか野で摘みましょう。」
(「ハーブの図鑑」p159)
安眠枕を作るためには、どうやら自分で育てるか、野生のホップを探し出すしかないらしい。
その時期はもう眠れるようになっていたが、睡眠の大切さを痛感していた私は、今後の人生のためにも、また訪れるかもしれない不眠というものへの対策を用意しておきたかった。
ホップの安眠枕・・・。いったい、どんな素晴らしい香りなのだろうか。
私の中で、素敵なイメージだけが、どんどん膨らんでいった。