作品「つかの間のこと」
つかの間のこと
森の風雨に耐えかねて
一枚の看板が
すっかり茶色く錆び付いている
文字もほとんど腐食している
「歴史的風土」
「県が買い入れた土地」
「何人もみだりに立入りを禁ず」
「昭和四十九年三月」などの言葉が
うっすらと読み取れる
森を守るために立てられた看板が
その森に侵蝕され
役割を果たせなくなっている
森は
三十五年の歳月をかけて
看板の存在意義を
すっかり無にしてしまったのだ
自然は
あらゆるものを
確実に
のみこんでゆく
いずれ
この家も
私自身も
のみこまれるだろう
それまでの
つかの間
私は森に暮らしている
『歩きながらはじまること』(七月堂)
『フタを開ける』(書肆山田)