作品「ナラショナリスト」


ナラショナリスト
 
 
 自然の山々という壁の中の街、奈良。顔見知りの関係だけで過ごせる壁の中の町、奈良。そもそも、僕は壁の外の人間であった。京都で二十五年、大阪で四年、合計二十九年間、壁の外から奈良を見ていた。
 
 そして、ある日、立ちはだかる壁を壊し、いや乗り越え、実は穴を掘って奈良に侵入した。全くの嘘である。本当のことを告白すると壁など無かった。外から入る者には、壁など無かったのだ。
 
 ところが、中に入ると壁の存在に気づく。つまり、外から中に入る過程に壁は存在しないが、いったん中に入ると外部に対して知らない間に壁を築いてしまうのだ。それが、奈良なのだ。
 
 いつの間にか、僕は奈良を愛するナラショナリストになっていた。ナラショナリストとは、奈良主義者のことである(ちなみに僕の造語である)。ナラショナリストは、奈良の良さが奈良以外の人々に伝わるわけがない、むしろ静かに暮らしたいから、実はあまり知ってほしくないという屈折しきった心情を持っているのである。そんな壁をいつの間にかこしらえてしまった。遷都一三〇〇年祭の盛り上がりに興味を示さず、廃都約一二〇〇年のボンヤリを良しとするのである。
 
 壁の中の困った人である。
 
 
 
 
 
 
 
 
 


『言の森』(BOOKLORE)
『歩きながらはじまること』(七月堂)

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