作品「しかびと」
しかびと
大風の吹いた日
櫟が空坊主になったのだろう
玄関の扉を開くと
落ち葉が
がさがさとなだれ込んできた
枯葉にまみれたわたし
小さなほうきを使って
落ち葉を始末していると
そろりと若い鹿人がやって来た
角がりりしく 胸毛も立派だ
直立しているので背が高く
黒い瞳はつややかだ
話が通じないことは分かっていたので
わたしはすぐに目をそらした
鹿人はそんなわたしを気にすることなく
話しかけてきた
「めぎゅる めげ めぎゅ」
たぶんこんな発音だったと思う
さっぱり分からないので
適当に「めぎゅ?」
なんて言いながら
足もとの一番大きな櫟の実を
ひづめの間にはさんでやると
「めるる」と
満足したのか
小さな歯を見せて去っていった
ふあふあとしたおしりの白い毛が印象的だった
しばらくすると家人が帰ってきた
「鹿人とすれ違わなかったか」と聞くと
彼女は
「めぎゅ?」と言った
『言の森』(BOOKLORE)
『歩きながらはじまること』(七月堂)
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