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勉強の方法論についての概論【全文公開】

 勉強法と書けば受験生を釣るのは容易だ。そしてそれは具体的であればあるほどよい。しかし具体的で万人に有用な勉強法というものを僕は信用しない。そんなものあるはずがないからだ。ネットの普及発達により更に情報は具体化している。しかし情報というものは具体的であればあるほど他人事なのだ。情報を入力して自分がどれだけ変化するか。その程度が高いもの低いものを分けて考えねばならない。具体的過ぎる情報は既に固まっていて自身に適用できる振れ幅が少ない。そのような自身を変革しない情報群は外部装置に委ねて適宜参照すれば良い。

 真に入力すべきものは哲学である。それを噛み砕き血肉とする。その過程で勉強の本質を実感し勉強法を組み立てる知恵を得る。考えてみて欲しい。ただ言われるがままやってみたらうまくいったではあなたは何も変わっていない。もしそれを成長と勘違いするとしたらむしろ失うものの方が大きい。その意味において受験本は全て単なる情報群であり哲学ではない。受験本があなたを変革することは決してない。情報などどうでもよい。問題は情報の処理ないしその後である。そこで必要なのは「考える」という身体訓練である。ダメな受験生に必要なのは具体的な料理のレシピではない。どうすれば料理が美味しく不味くなるかの試行錯誤である。

 はっきり言うが勉強本で述べられている程度のことは、まともな人間が受験対策にまともに時間をかければ普通にたどり着く。ただまともな人間は忙しいので、受験にそこまで関わらない。そういった意味でまともな勉強本というのはあまりない。

 じゃあどうすれば良いのか。結局勉強ができるようになるために求められるものは「考える」という身体訓練であり、簡単に言葉で伝えられない。それが僕が安易に受験本を執筆していない理由である。受験本の最大の価値(ウリ)は参考書や問題集のレビューという単なる情報群にある。勉強法それ自体は、それを情報として得てもうまく消化できるのは元々頭の良い勘の良い受験生だけであり、万人に意味はない。結局頭の良い者はより良くなり、悪い者は置いていかれるというスパイラル。

 勉強法は魔法ではない。魔法がかからず諦めていく多浪生、再受験生を何人も見た。最後に、厳しいことを言うが、思考訓練の蓄積のない者には効率の試行錯誤より、圧倒的絶対量の方が効く。ただ、努力の方向性を間違えないためにも、是非このコミュニティをうまく利用して欲しい。

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にしむらもとい / ジェイラボ所長
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