大学受験生にとっての就職
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ちょっと就職に関する話をしたので、就活の話はさほど詳しくないのだが、一応僕なりの意見を置いておく。受験生と社会人をごちゃまぜのコミュニティを運営していることの理由がもう少しわかっていただけるかもしれない。
昨日、就職というのは、組織に自分を保証してもらうことだと言った。それは、大きな枠組みではそうだが、正確ではない。構造としてはどちらも同じことではあるが、意識の持ち方で話が変わってくる。形式上所属を持つことと、そこに依存することは、全く違う。
日本では、これまで、企業の足並みを揃えて平等に進めるための紳士協定たる就活ルールというものが存在した。ルールに則ってスケジュールが進む。それでうまくいっていた時代があったわけだが、いまや完全に時代にフィットしなくなった。そして、ついに、経団連もそのルールを廃止するという意向を示している。
時代にフィットしていくのはよい。しかし、遅い。その中で、一番影響を受けるのは学生である。特に就職というものが漠然としかイメージできないまま大学に進学する、そんな中高生がかわいそうである。
採用する側、人事がどれほど変われるのか。いや、変わるとは思うが、タイムラグは出てくるだろう。時代にフィットしないシステムを維持し続けるような企業はおそらく淘汰されるのだろうとは思うが、その過渡期に就職する学生は振り回されるかもしれない。
僕程度の脳みそで普通に考えてもわかることがたくさんある。
それが職種別でないとしたらそれはあり得ない。それはやりたい職種に情熱を燃やすのではなく組織のみに忠誠を誓えということだから。
学校を卒業して何がしたいのかを見つめるためにギャップイヤーを取ると、途端に通常の就職のレールから外されるのもあり得ない。労働資本がベースの時代は終わり、これからは知識集約型というか、情報ベースの時代である。画一的人材では伸び代がない。たとえば、物理的入力であれば1に対して1の出力であることは、そうでなくてはコントロールできないのでむしろ望ましいことである。しかし、情報においては工夫次第で入力と出力の対応を大きく変えられる。入力1に対する出力を1,000にも0.1にもできる。画一的な人材「だけ」を揃えて、これがうまくコントロールできるのであろうか。現在の日本の産業構造と著しく感覚がずれている。
採用の責任が採用の範囲内で完結し、後の、その人材の使い方は現場でどうぞというのもあり得ない。そもそも、人材の確保というのは組織にとって生命線である。だから、人事という部署が切り分けられて重視されてきたわけだが、はたしてそれは本当の意味で重視されてきたのか。むしろ、人事を切り分けたということが過ちではなかったか。現場感覚から切り離した人事など無意味である。組織運営、経営の大きな戦略から切り離した人事も無意味である。日本では、就活に関して絶対的なシステムが存在したため、それがかえって人事というものをダメにしてきたように思う。各企業がオリジナルな採用を追求するようになれば、ちゃんと時代は移行していくだろう。
と、まあ、よく言われていそうなことを少し挙げてみたが、いずれにせよ、これはオトナの側の問題である。学生にはどうすることもできない。だから、もしオトナを信用できないと思うなら、学生は自分でシステムを飛び越えるしかない。そこがかわいそうだと思う。特に、旧態依然とした業界の中に自分のやりたいことがあった時に、選択肢がない。まず「業界を変える」という自分に責任のないところから入らなくてはいけなくなり、本来やりたいことができなくなる可能性もある。そして、また、進学する必要もないのに「就職するため」と行って無駄に大学に進学する高校生も、とてもかわいそうである。時間の問題で大学は就職する「ため」の場所ではなくなる。学びたいことを学び、結果として、そこから何をするのかを選択する幅を広げる。そのための場所が大学である。
だから、僕はここを、受験生も社会人も関係なしにごちゃまぜのコミュニティにした。大卒かどうか、そして就職という線引きで情報が分断されていることは社会的損失である。受験生(だけでなく大学生も含む)には狭い価値観で閉じないようにして欲しいし、社会人の方々にもそうした社会のあり方を一緒に考えることで何かを得て欲しい。
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