『言葉の色彩と魔法』本と音楽の会 ~シャミの世界広がる チェロの音色~
秋の夕べに、翻訳家の寺田真理子さんが『言葉の色彩と魔法』本と音楽の会という素敵な催しを企画してくださいました。
催しは9月13日の日曜日、17時半~19時半まで、東京・吉祥寺の「Cafe salon & Bar ARG」にて行われました。主催は日本読書療法学会と西村書店です。
テーマとして取り上げた本、『言葉の色彩と魔法』(西村書店刊)は、シリアからドイツへ亡命し、苦労の末にベストセラー作家となったラフィク・シャミさんの本です。59の短編に、妻で画家のロート・レープさんが絵を描いています。
ドイツ語版と日本語版の『言葉の色彩と魔法』を手にしているシャミさんと奥様のレープさん。2019年10月のフランクフルト・ブックフェアにて。
日本読書療法学会の会長も務めている寺田さんは、冒頭で、本書を取り上げた理由を3つ挙げてくださいました。
①短いお話ばかりでどこからでも読めるので、たとえば疲れているようなときにも読みやすい、②現実とは違う世界へつれていってくれるので、安全な逃避ができる、③画集として眺める楽しみ方もでき、美しいものに触れることで生きる力を活性化できる、ということでした。
寺田真理子さん。59編のなかの1編「生まれながらの道路清掃員」の挿絵とスカーフの色合いを合わせた素敵な装いです
当日は、著者のラフィク・シャミさんの人生や作品の背景をお伝えした後、『言葉の色彩と魔法』のオリジナル曲をつくってくださったチェリストの植草ひろみさんの素晴らしい演奏を味わいました。
「どの作品が気に入りましたか?」と参加者にたずねると、「祖父のメガネ」「人間」「愛の練習」など、さまざまな作品が挙げられました。
「悪魔の娘たちは知っていた」を挙げてくださった男性は「私は日本人だけれど、シャミさんと同い年くらい。書かれている村の様子が、私の子どもの頃と同じ感じだとなつかしく思いながら読みました」とのこと。時も場所をこえて通じるものがありますね。
「シャミさんの最高傑作はなんといっても『夜と朝のあいだの旅』だと思います!」と本をお持ちくださった方もいました。この作品はシリアに25年間暮らし、ドイツに亡命して25年という節目に執筆に挑んだ長編小説です。
寺田さんは、「本物より上等の影武者」のように、文章はおもしろいと思うけれど、絵はちょっと…という場合や、逆のこともあるそうですが、「愛の練習」はどちらも気に入られたとのことでした。
参加者からも好評だった「愛の練習」の挿絵ページ
『言葉の色彩と魔法』には、シャミさんの既刊『マルーラの村の物語』や『空飛ぶ木』などからも、いくつかの話が収録されています。ただし、語り部の国ともいうべきシリア出身のシャミさんですから、ちょっとずつ変化しているものも多いです。
たとえば「空を飛ぶ木」ではタイトルとは異なり、若い木が空を飛ぶシーンはありませんが、既刊の『空飛ぶ木』にはあります。
ご夫妻ともに気に入っているお話は「バラーディ」。この言葉ほど、「アラブ人にとってこれほど本源的で、民族固有で、土着のものは存在しない」そうです。
チェロの深い音色で
シャミさんの世界を堪能
チェリストの植草ひろみさんは、この催しのために『言葉の色彩と魔法』を読み込んでくださり、オリジナル曲をつくってくださいました。
59編のうち、どのお話を曲にしようかと考え、映像とともに思い浮かんだ音をひとつひとう五線譜に書きとめて、順番を入れ替えて……このコロナ禍のあいだ、3ヶ月にわたって進化を遂げ、完成してくださったそうです。
「シャミさんは、いいところも、悪いところもある人間を、あたたかい視線で見つめているんだなと感じました。風景を音にするのは比較的しやすいけれども、メッセージや教えを音にするのは難しい。最終的には、人間のことをえがいた曲になったんじゃないかなと思います」
いよいよチェロの演奏が始まりました。
本の表紙をみたときの印象から始まり、ページを開いたときの感じ、シャミさんをイメージする音色……。母さんと行ったバザールの風景や、木霊や悪魔も出てきて、くるくると音色が移り変わっていきます。12分があっという間でした。
2曲目は、源氏物語の「夕顔」をモチーフにつくられた「うたかたの時」。つづいて、植草さんのラジオ番組「今宵もリベロバ」でリスナーのリクエストから作曲した「ドライブとお気に入りの風景」を演奏されました。アンコールは、聴いてくださった方が曲名をつけられたという「緑の時~そしてこれから」。
曲が変わるたびに異なる世界にいざなわれ、心地よいひとときでした。
「読み返すたびに、一度読んだだけではわからなかったことが分かるようになったり、ほかのお話が気になったりします。『言葉の色彩と魔法』のどんなお話が奏でられているのか、想像をめぐらせてもらえたら嬉しいです」と植草さんはおっしゃっています。
うれしいことに、Youtubeにチェロ演奏の様子をアップしてくだいましたので、ぜひ聴いてみてください。
(報告:植村)