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自分の汚い部分が全部出た日2

前回の続き


2日目の夜。

動画で確認するまで、この時既に三島さんが僕を疑っていたのは知らなかった。

会議で熱くなり冷静さを欠いたためか、もしくは「ピン芸人はないがしろにされがち」だからか。

僕はこの夜勝負をかけた。

1回目の大喜利で笑いを取り、真っ先に滑狼の疑いから逃れた南條さんを占った。

結果は滑狼。

血がたぎった。

誰もが絶対無実と思った人物が犯人にして黒幕、そしてその事実を僕だけが知っている。

刑事ドラマさながらのシチュエーションに興奮を抑えることができなかった。

「みなさん、こんなに早くゲームを終わらせてしまいすいません」

この時の僕はまだライブの進行を気にするほどの余裕があった。

しかし、今思えばなぜこの2日目の夜に南條さんは僕を捕食しなかったのだろう。

自称ではあるが、占い芸人は滑狼にとって厄介な存在のため、滑狼1人となってしまったこの時に少しでも早く消しておくべきだった。

また、未来の僕から言わせてもらうなら、この時消してもらえればあんな無様な姿を見せずに済んだのだ。


大喜利3問目「『パプリカ』♪パプリカ花が咲いたら~の続きを教えてください」
僕の答え「I wanna be your boy,something will be good」

自分で言うのもアレだが、ウケも取れて尚且つ滑狼と思われないような答えができた。

心の中ではすでにゴールテープを切っていた。

ところが僕の思い描いた予想に反し、会議が始まってから「南條さんが滑狼だ!」と言っても誰も僕を信じてくれなかった。

というより話をまともに聞いてもらえていないように感じた。

何故だ。

本当のことしか言っていなくても信じてもらえない事なんてあるのか。

結局僕の主張は誰にも受け入れられず、この回の会議は海野さんとよっちゃんがコンビ芸人であるという全員の納得、そして三島さんが大御所芸人であるという小声の自己申告で終わった。


追放会議では多数決により西本さんが追放となった。

「すまない、僕の力が足りないばかりに」

殉職した相棒の刑事に祈りをささげるように、僕は牢屋へと向かう西本さんの背中を見送った。

僕と西本さんは南條さんを指名し、ただ一人三島さんは僕を指名した。

指名されたときの僕の表情はつのだじろう作のホラー漫画「恐怖新聞」実写版だった。

恐怖新聞

「このおじさんもうだめだ・・・」

三島さんに指名されたことで雲行きが怪しくなっていくのを感じた。

3日目の夜を迎え、僕は気が付くと「なんで!?」と叫んでいた。


世界で一番不幸な人は「信じてもらえない人」かもしれない。

想像してみてほしい。

自分の言うことに誰も耳を傾けない。

それどころか自分の全てを否定されてしまう。

それはある意味「無視」よりも残酷で、どんなに声を枯らして手を伸ばしても誰も助けてくれないのだ。

心の中に生じた暗雲はあっという間に広がり激しい雷雨になった。

絡まった耳栓の紐とアイマスクは僕の思考回路を表しているようだった。

そしてアイマスクを付ける瞬間僕は「一生懸命じゃん・・・」と呟いている。

心の叫びとはこぼれるように口から出ることを知った。

この夜では、三島さんは絶対に僕を滑狼だと信じ、南條さんは「なんで僕はまだ生きているんですか?」と困惑していた。

僕は「どうしてどうしてどうしてどうして・・・」と答えの出ない自問を繰り返し混乱していた。

この間に少しでも冷静になっていたら、一度感情を抑え次の行動を考える余裕を作っていたらと、今でも後悔している。


大喜利4問目「それいる?一泊二日の温泉旅行に持ってきたものとは?」

僕の答え「ぬいぐるみ」

やってしまった。

ここで落ち着いて「流れそこねた流れ星」のようにおもしろくなくても自身の芸風に寄せた答えを出していれば、少しは疑いは晴れたかもしれないのに。

詰めが甘い、この一言に尽きる。

占いが的中したことで噴き出た醜い自尊心と傲慢さ、思い通りにいかない時にわめき散らす浅はかさ、最後まで大喜利に向かい合うことを忘れた愚かさ。

西村ヒロチョ、いや人間西村大志のよどみ濁った部分が全てあらわになったのだ。

ただ弁明させてほしい、この状況で落ち着いて大喜利ができる人間なんて稀有な存在であることを。


会議が始まり、すぐさま西村ヒロチョvsすゑひろがりずの構図になった。

むしろ会場にいる僕以外の人が皆すゑひろがりずさんを応援しているかのように感じた。

南條さんが悪魔、というより中年のゴブリンに見えた。

三島さんは澄みきったまっすぐな目で僕を滑狼だと言い放った。

僕は最後の悪あがきで「南條さんが滑狼だったらどうしますか?!」と三島さんに聞いた。

ゲームが終わった後の自分の気持ちをどうしてくれるのかという、聞くに堪えない愚問である。

人は追いつめられるとここまで落ちることができるのか。

三島さんは南條さんの肩に手をやり落ち着いた声で答えた。

「いや、こいつは滑狼ではない」

終わった。


その後僕はすゑひろがりず、正確には三島大将軍の大太刀周りによりさらし首に合った。

僕の「上様ー!」という断末魔は会場に鳴り響く「三島コール」にかき消された。

よくお笑いライブでものすごくウケた時「会場が揺れた」と言うが、この日は揺れるという言葉では足りないほど会場はうねりにうねっていた。

お笑い緊急速報は止まず、震源地である三島大将軍は揺れる天下の覇者となり扇子を広げ舞を踊っていた。

そして最後の追放会議、もちろん僕が追放された。


ここからの景色は断片的な記憶の中にしかない。


滑狼の勝利を告げるMCの森本さん。


拍手に包まれる会場。


MCの言い間違いだと微笑む三島さん。


まさかの勝利に安堵する南條さん。


真実に気付く三島さん。


その三島さんの表情でさらに揺れる会場。


崩れ落ちる三島さん。


三島さんは、最後まで純粋に僕を滑狼だと信じていた。

そしてそれ以上に強く、まっすぐ、ただひたすらに、相方の南條さんを味方だと信じていた。

ルールや理論では説明できない、おかしくも美しい「コンビ愛」という絆は残酷なほどにまぶしかった。

できれば違うところで見せてほしかった。



時は経ち現在。

誰が予想しただろうか、すゑひろがりずさんはYouTubeで爆発的な人気を獲得し、僕が叫んだ「上様」ではなく「すゑ様」とファンから呼ばれるほどの存在になった。

それと同時にすゑひろがりずさんが出演しているこのライブの動画の視聴回数は勢いよく伸びていった。

コメント欄には「ピュア」「かわいい」と三島さんを評価する声だけでなく、「かっこいい」「俳優になれる」と忌むべき滑狼だった南條さんを称賛する声まである。

そしてそれらのコメントの行間から「ヒロチョ無残」「ヒロチョおもんない」「ヒロチョ胡散臭い」(これはしっかりコメントに書いてあった)などの憐れむ声が僕には聞こえるのだ。


今振り返ってこのライブを見ると、自分の失態は恥ずかしいがめちゃめちゃおもしろい。

滑狼と芸人の、台本にはできない魅力がこれでもかというほど詰まっている。

でもこの時の、最後まで信じてもらえなかった僕は本当にショックだった。

日頃の行いが悪かったのか、どうしたら人に信じてもらえるのだろうと自分の出番が終わった後もずっと考えていた。

今後また滑狼に出演する日が来るかもしれない。

その時までに、少しでも信頼される人間になれるよう大喜利を練習しておこうと思う。


ちなみにライブ後、三島さんは「ヒロチョごめんなぁ」と缶ジュースを奢ってくれた。

僕は少しでも温まりたかったのでコーンポタージュを選んだ。

あったかくて優しくて、甘いけど少しだけしょっぱかった。

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