同一のあなたと
分厚くてりっぱな生地の、黒と銀のバトル・ドレス。いつものような柔らかな雰囲気は感じさせつつも、凛とした冷たい目付き。今までに見たことのない姿の、お姉ちゃん。
『今日のお出かけ、一緒に行けなくてごめんね。すぐに帰ってこれると思うから』
わたしは、ただ何もわからないままに手を振ることしかできなかった。
わたしの家のはす向かいのおうちには、ますきゃっとのお姉ちゃんがいた。そのおうちとはお母さんどうしの仲が良くて、ますきゃっとのお姉ちゃんとも、よく一緒に遊んでもらっていたのだ。
そんなお姉ちゃんが徴兵されていったのは、ちょうど1年前、昨年の夏のことだった。下層で大規模な内乱が起こり、その鎮圧のためだと後から知った。
戦火は長引いた。わたしにできることは、お姉ちゃんの無事を信じて祈ることだけだった。
そしてわたしはさっき、お姉ちゃんが帰ってきたと連絡を受けたのだった。
お姉ちゃんの家のチャイムを押す。お姉ちゃんは今、裏庭で猫と遊んでいるとのことだった。私は建物を回り込む。
背中が見えた。銀の長髪。ピンと立った猫耳。ゆらゆらと楽し気に揺れるしっぽ。
「お姉ちゃん!」
私は大声で呼びかけた。お姉ちゃんが振り返る。
『あっ!ただいま!げんきにしてた?ちょっと背が伸びたかな?』
お姉ちゃんは答え、手を振った。
その瞬間、言いようのない違和感が胸を絞めた。何の確証もないけれど、わずかに、ごくごくわずかに、何かがかみ合わない不快感。
見覚えのある顔、聞き覚えのある声、よく知った仕草や表情。間違いなくお姉ちゃんだ。そのはずなのに。
わたしを抱きしめようと伸ばされた腕を、わたしは無意識に押しとどめてしまう。お姉ちゃんは不思議そうな顔をした。口をつく。こんなこと、言いたいわけじゃないのに。
「あなたは、――だれ?」
お姉ちゃんが寂しそうな顔をする。わたしは、まとまらない頭でそれを見上げる。お姉ちゃんは言った。
『……ごめんね。照会するから、ちょっと待っててね』
お姉ちゃんは、――彼女は、言葉に詰まるわたしを気にかけながらも、小声で何かを呟き始めた。照会?何を?どこに。
答えはすぐに帰ってきたようだった。彼女は言った。
「本社に問い合わせたのだけど、おおよそは公開情報ということだったから、そのまま伝えるね」
ちょっとだけぼかすところもあるけれどと、彼女ははにかんで続けた。
つまりは、お姉ちゃんはすでに、内乱の戦闘で破壊されてしまったということ。自分がIMRの製品保障規定によって送られた代替機であること。お姉ちゃんの記憶をクローニングしているので、今までと変わらず接することができること。
お姉ちゃんと同じ口調で、同じ声色で、彼女は語った。
『適用したバックアップの日付が最終版だったから、それで細かい違和感が出ちゃったのかな。感性がするどいのかも!すごいね!』
彼女は何ともなしに言う。
『今、召集直前に保存されたぶんを再適用してるからね。IMRのサポートは万全だから、ばっちりだよ。いったん再起動するから、ちょっと待ってて!』
しばらくのあいだ、彼女の蒼いカメラアイが明滅する。一瞬体が硬直し、また動き出す。
『おまたせ。どうかな?』
彼女が発声する。見知った顔で、見知った声で、見知った仕草で。
違和感は、もうかけらも感じなかった。
『大丈夫そうだね?あらためて、ただいま!』
それは、まぎれもなく、お姉ちゃんだ。
わたしは、こみ上げる吐き気を抑えることができなかった。
(終わり)
Another Side
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