ラブライブ!スーパースター!!テレビアニメ2期について
3rd・4th・5thを終えて
noteを書くわ!という気持ちからどんどん時間が過ぎていき、気づけば2024年も3月に入ってしまいました。時がたつのはとても早いものですね。(遠い目)
さて、この記事では2022年放送のラブライブ!スーパースタ!!テレビアニメ2期についての私の考察を展開し、最後にこれからのLiella!について書いていこうと思っています。
先日、3rdライブ千秋楽の埼玉公演day2から早くも1年の月日が経ちました。千秋楽に参加した皆さんはきっとそれぞれ色々な思いを抱えて去年1年Liella!の活動を追っていたのではないでしょうか。
また大きな流れの大元とも言えるテレビアニメ2期や、2期生3期生の登場についても、3rd千秋楽で絵森彩さんのMCにあったように様々な反応がありました。
3期生のマルガレーテと鬼塚冬毬、結那と花ちゃんはアニメ中ではまだLiella!になっていないにも関わらず既にLiella!として2回の単独ライブ、異次元や甲子園などのフェスに出ている状況で、これは言葉を選ばずして言えば、かなり歪んでいる状況だった思います。
ようやく発表された3期は今年の10月からということで2年以上間が空いてしまうことが確定している今、リエラジや雑誌媒体を除けば5th東京公演で青山なぎささんが口にしたように、今のLiella!の「キャラクター像」はキャストの方々を通してしか見ることができないのです。
先述の通り、そういった今のLiella!の姿の大本はアニメ2期にあると私は考えています。
最初に断っておくと、私はアニメ2期が大好きです。ただしそれはそれとして、出来のいい作品ではなかったと思います。キャストさんやアニメーターの方がキャラクターを可愛く創り出し、そこにテーマを込めたところで、作品の展開がなかなか受け入れられなかったり、その良さが伝わらなかったりしたのであればいい作品とは言えません。
それでも痛烈に批判を受けなければいけないような作品だったのかと問われれば、これにも「否」と自信をもって返すことができます。
3rdを通してのキャストの皆さんのMC(すべて参加したわけではないので伝聞を多く含みますが)、千秋楽の彩さんやなぎささん、そして伊達さゆりさんのお話を聞いていて、私は「あなたたちが頑張って作った作品はもっと愛されてしかるべきものだったはず」と勝手に義憤して2期アニメについて2023年を丸々使って考え続けてきました。
そんな2期アニメ考察をLiella!の楽曲の歌詞と共に書いていこうと思います。
Starlight Prologue~夢の終わりと始まり~
「Starlight Prologue」 について
なぜ1年目のLiella!はSunny Passionに勝てなかったのか
突然ですが皆さんは「Starlight Prologue」と「未来の音が聴こえる」のどちらが好きですか?
比べるものではないと思いますがどちらもアニメ最終話の曲であり、方やラブライブ出場を逃した曲、方やラブライブで優勝した曲ということもありよく比較されているイメージが私にはあります。
「スタプロ」はまさかの5thを最初を飾り、あの盛り上がり様から考えてもLiella!屈指の人気曲であるのは間違いないと思いますし、この2曲を聞いてどちらが印象に残りやすいかであれば私は「スタプロ」だと考えます。
ですが、「スタプロ」では決してラブライブに優勝することはできないとも考えています。
アニメ1期の大まかなストーリーは夢に破れた主人公、澁谷かのんが大きな夢を持って日本に来た少女唐可可に出会うことで再び夢を追いかけ始め、その過程で嵐千砂都・平安名すみれ・葉月恋といった同じように夢に破れたり道に迷ったりしている少女と手を取り合い自己実現をしていくというものです。
澁谷かのんはトラウマを払拭し歌えるように。
唐可可は初めて親に逆らって自分の夢を追い。
嵐千砂都は強くなった自分を認められるように。
平安名すみれは己を魅せることへの自信を持ち。
葉月恋は亡き母の本当の想いにたどり着く。
こうして各々の目標、夢を達成したことで彼女らの物語は一定の完成を見ます。しかしそれはまだラブライブ優勝という夢へと続く道の途中に過ぎなかったのです。
かのんは東京大会の前に先輩でありライバルでもあるSunny Passionに対して
と口にします。それに対してサニパの2人は
そう返します。
この一場面だけでどちらが勝つかは一目瞭然です。ただ優勝を渇望して歌う2人と、夢がかなった満足感の中で歌う5人でははっきり言って勝負になりません。
「スタプロ」のサビの最後、
この歌詞はよく考えられていると思います。勝利、それを表現するにあたって「舞い散る」という言葉を果たして使うものでしょうか。
これは直球に敗北を意味する言葉であり、それでもなお残った諦められない夢を「かき集めて」絶対に負けない勝つんだと5人は誓う、ととらえたほうがよっぽどすんなり飲み込めると思います。
ラブライブの優勝は自分たちだけの夢ではない、自分たちを応援してくれた多くの人たち全員の夢だったんだと胸に刻みつけながら、本当の夢は止まらない、今5人は優勝に向かって全力で駆け出すのです。
追いかける夢の先に立つウィーン・マルガレーテ
Liella!敗北の理由
マルガレーテの立場
しかしそんなLiella!は今年の優勝候補と目されておきながらもあっさりと1人の少女に敗北を喫します。ウィーン・マルガレーテという中学生ながらも強力なライバルの登場はLiella!に大きな課題を与えました。
なぜLiella!が負けたのか。
優雅に舞う蝶のように完璧なマルガレーテに対して、きな子というまだ実力の追い付かない新入生を迎えてのパフォーマンスだったからというのは一つの理由ではあると思います。ですが敗北の本質はそこにはありません。
マルガレーテの勝利の理由は、彼女の目指すものがラブライブ優勝のさらに先、姉と同じ音楽学校への入学であり音楽一家の一員としての大成だったこと。つまり、マルガレーテにしてみればラブライブ!で優勝するなどということはいわば「当たり前」にできなければならない事なのです。
マルガレーテはLiella!の追いかける夢、その先を早くも見据えていたということです。言い換えるのであればこのときのLiella!はまだマルガレーテと対等に戦う位置におらず、故に敗北したということになります。
まだぼんやりと、しかし確かにLiella!とかのんは「今のままでは勝てない」と考えて次のステップへの道を模索していきます。
9人のLiella! 2期生の夢
2期生に与えられた役割
夏美の加入とかのんの役割
Liella!のコンセプトは出会った人と結ばれていくというもの。きな子たち4人の2期生は各々目的や経緯は違えどLiella!に出会い、憧れてLiella!に加入していくことになります。
1期生の5人は元々素養があるキャラクターが殆ど(唯一の例外の可可は、代わりに活動の発起人で高い行動力があります)だったのに対して、2期生の4人は0からのスタートです。
メイと四季は作曲やダンスに多少覚えがある描写はありますが、それは(元)音楽科の千砂都と恋に及ぶようなものではなく、きな子と夏美は運動が苦手で体力があまりない描写が多くなされています。
そんな4人を端的に表現する歌詞が「追いかける夢の先で」にあります。
たとえ歌やダンスの経験が無くても、今までの自分に誇れるようなものが何もなくても、ただ憧れていただけでも。スクールアイドルを始めることに何も引け目を感じることはないということが、2期生の加入ストーリーからは見てとれます。
そうして飛び込んだ世界での辛さや楽しさについても「揺らぐわ」や「Bloominng Dance! Dance!」の歌詞にて丁寧に描写されています。
さて、先に加入した3人の目標は去年のLiella!の到達点である「Starlight Prologue」のステージを越えること。まさしく追いかける夢(1期生)の先を目指しています。
合宿先で練習のなか厳しい千砂都部長の出した課題に落ち込んでしまう3人の姿を見ていた夏美はそれを叱咤激励し、次第に打ち解け合っていきます。
少し寂しそうに遠くのものを見るような夏美の表情がとても印象的で、私はこのシーンが2期で二番目に好きです。
こんな流れから、2期生同士で勧誘をした方がよかったのではないかという感想が多く見られました。私も確かにその流れは綺麗だと思うのですが、それでもかのんが夏美を誘わなけらばならなかったと考えています。
勧誘の直前、きな子と夏美の会話シーンにて
と夏美は話しています。
まだ夢に向かって歩き出したばかりのきな子に対して、いくつも夢を見ては諦めて、ただ老後のためにお金を貯めているだけというとても女子高生らしくない物言いをする夏美。
仮にここできな子が誘ったとしてもなまじ悟ったような態度を取っていたことから意地を張って「どうせ私の夢なんか叶わない」と言い放ったのではないでしょうか。
少し余談を挟みますが、夏美には冬毬という妹キャラが後から湧いてきました。冬毬の詳細についていまだ我々には分からないことが多いですが、一つ確実に言えることはかなり「できる子」であるということです。
いつのタイミングで冬毬というキャラクターが作られたのかも分かりませんが、賢い妹と自身を比較して屈折していったという設定が、もしかしたらあるのかもしれません。
最終的に夏美を誘う役目はかのんに与えられました。きな子とは違い強く挫折を経験してきたかのん、彼女はそこから可可に勇気づけられることで立ち上がり前に進むことができた先達者、先輩です。
練習に参加して少しずつ憧れを持ちつつも最初の一歩を踏み出せなかった夏美を引っ張ることこそ、誰かと一緒なら夢を持つことが出来た先輩に求められた役割だったのだと思います。
なんにもないところから始めた勇気ある4人の真っ白だった未来、それを鮮やかに染め上げるステージは、すぐそこまで来ていました。
一つになる9人の道
お互いを知ること
銀杏並木が選ばれた理由
8話が結局何の話だったんだという感想を多く目にします。ぶっちゃけ私もこの回が一番わかりませんでしたが、「恐らくこういうテーマなのであろう」というところまでは考えたので書かせていただきます。
キーワードは「Chance Day, Chance Way!」の歌詞にあります。
6話で9人のLiella!は結成されるわけですがまだまだ出会ったばかりの9人です。お互いのことをもっとよく知るためには共に多くの出来事を経験し成長していく必要があります。
その前段階となるのが7話の「UR葉月恋」です。恋は1期生最後の加入となったキャラクターであり、途中まで敵対していたことなどから比較的人気が伸び悩んだキャラクターだったと思いますし、なぎささんの発言からもわかる通りです。
1期の初めの方で千砂都が話していたように一見弱点のない優秀なキャラクターの恋。しかし、そんな恋にもゲームに夢中になって睡眠不足になってしまったり作業が滞ったりと「抜けた」ところがある(興味本位でいかがわしいサイトを覗いてしまう1期もコンセプトは同じだと思います)とみんなが知ることで、もっと仲良くなり団結を深めるのがこの回です。
それを経た8話ではオープンキャンパスに際して様々なことに取り組むLiella!が見られ、生徒会としての活動に取り組み、ライブを行わないならとたこ焼きやスムージーの販売をするなど、普段とは違うことに挑戦しています。他にも地区予選のステージ選定にあって外苑球場に打診するなどかなり挑戦的な面が多く描写されています。
そういった普段の練習やライブとは少し違った「何でも自由に楽しんで」「思い切って」やってみる日常を過ごす中で少しづつお互いのことを知っていく。そうして深まった仲間意識がラブライブ優勝へ近づく一本の道となる。8話はそういったテーマなのだと思います。
やや強引なのでもう少し別の角度から補強を。かのんにもう一つの道に選ばれた銀杏並木。「Chance Day, Chance Way!」のMVの冒頭には1枚のイチョウの葉が舞い散るシーンが印象的に描かれます。
イチョウの葉は放射線状であり、葉脈が枝に近づくにしたがって一本の太い脈となっています。また、逆に見れば一本でしかなかった脈が様々な方向へ広がっていく末広がりな未来を表す縁起のよさも見ることができます。一つになるLiella!と結ヶ丘は、同時に可能性を広げていくということを意味しているのではないでしょうか。
奇しくもこの回は8話、「八」もまた末広がりの縁起のいい数字とされていますし、イチョウの葉とよく似た形をしています。
最後にもう一つ付け加えるとするならば、最後に一瞬描写されるマルガレーテです。9話でサニパに勝つという情報が入ることから顔を出させたというのもあるとおもいますが、ライブをするLiella!とそれを応援している結ヶ丘の生徒、彼女らの立つ「道」から少し外れてそっぽを向きつつも光景をしっかりと見ているその立ち姿は、まだ一つになれないけれど何か思うところがある。そういった彼女の心情描写に思えます。
クゥすみとはなにか
平安奈すみれのキャラクターコンセプト
すみれと可可を並べる理由
なんともゆるっとしたタイトルで始まりましたが9話についてです。すみれのキャラクター性に関わるような内容であったため、この回もまた多くの意見が見られました。
身もふたもない結論から最初に申し上げさせていただくと、9話の内容を以てしてこれがすみれのキャラクターなのだとしか言う他はないと思います。
いや、すみれは後輩を切り捨てるような子じゃないという意見は分かります。ですがそれでも「悪者になる覚悟」を決めたすみれの心情に改めて触れて、その本質を見ていこうと思います。
さてこの回は1期10話が基礎となっているので、まずそちらを振り返ろうと思います。
「チェケラッ!!」においてすみれは「自分がセンターに立って注目されたい」という野望、「自分なんかでは結局結果を残せない」というトラウマの間に葛藤しています。
それでも努力家の彼女はセンターという役割を与えられたことに正面から向き合って練習を重ねていき、その光景を見張っていた可可をに目撃されて少しずつその実力を認められるようになっていきます。
なぜ可可はすみれを見張っていたのかと言えば「大嫌い」だからです。自分が大好きなスクールアイドルを低く見ていたにも関わらず、興味があると偽って部に加入してきたので当然第一印象は最悪だったでしょう。
それでも神津島での合宿や日々の練習を通して「決して悪い人ではない」という気持ちが可可の中に醸成されていくも、それを認めたくない気持ちもまだ残っている。
しかし、必死に練習するすみれの姿は可可にとって「スクールアイドル足りえるもの」、スクールアイドルファンとしてそれを応援しないわけにはいかずセンターの衣装を作ったのだと思います。
しかしすみれは自信のなさや周囲のかのんや恋をセンターに推す声からセンターを降りると宣言、自分を嫌っているはずの可可に「逃げるな」と叱咤されて戸惑うも逃走。
そこに降って湧いた可可の帰国問題。勝たなければいけない事情を知ってしまったすみれはセンターのみならず、その希望が通らないならスクールアイドルすら辞めようとします。
さてこのシーン、非常に複雑だと思います。
もちろんスクールアイドルが大好きな可可のための尊き自己犠牲、すみれの姉気質やいい女ぶり、可可への強い情愛が発揮される場面です。
しかしそれと同時に大義名分があるのをいいことにひたすら逃げの一手を打つ格好悪くずるいすみれというのも同時に描かれていると見ることもできます。
そのどちらかが平安名すみれなのではなく、両方が平安名すみれなのだと私は結論付けました。
そんなすみれに可可から渡されるティアラ、幼い日に自分の頭に輝かなかったティアラを託されてすみれは覚悟を決めます。自分のためだけでなく、誰かのために全力を尽くす。そうすることですみれは初めて華々しい活躍を見せることができ、可可に対して深い感謝の想いを抱くようになるのでした。
さて長々と1期10話を振り返ってきましたが2期9話に話を戻します。
先輩でありライバルでもあるサニパが予選大会にてマルガレーテに敗北したというニュースがLiella!を震撼させます。特に可可の事情を知り、友人であり恩人の彼女のために絶対に勝たなければならないすみれにとっては一大事。
東京大会でマルガレーテに勝つためにすみれが考えた方法が2年生の5人で歌うことであり、実力的にはまだまだ及ばないところが多い1年生を切り捨てる判断をしたわけです。
こうしたすみれの言動が面倒見のいい姉であるすみれらしくないという所謂「解釈違い」が多々発生していたように思います。実際私も最初はそう思いました。
しかし先述の通りすみれは時に「大義名分があるのをいいことにひたすら逃げの一手を打つ格好悪くずるい」側面も持ち合わせています。さらにもとを辿れば「自分がセンターに立って注目されたい」のに「自分なんかでは結局結果を残せない」と考えていたようなところからも、強い矛盾や二面性を持つキャラクターが平安奈すみれと評することができるのです。
さらに付け加えるのであればすみれの容姿もまたそれを表しているように思えます。神社の娘と設定されたキャラクターが金髪碧眼、これってかなり妙だと思いませんか?わざわざそうした設定にしたのにはきちんと意味があるはずです。
他にもAB型であることや効かないと評しているお守りをわざわざ付けているなど、「2つの面や要素が混濁している」「矛盾や不調和がある」ことがすみれというキャラクターの根幹を成しているのだと思います。
これがこれでもかと表現されたのが2期9話です。可可のためという本当のことを隠し、自分のショービジネスな夢のためと偽って(ここもまた本音と建前の二重ですね)1年生を切り捨てようとする強硬な姿勢は、かのんに頬を叩かれそうになるほどヒートアップする口論になります。
自宅に逃げるように帰りそう自分に言い聞かせつつも、その切り捨てたはずの1年生の応援の言葉に絆されてしまいます。
すみれがそういった矛盾でぐちゃぐちゃになってしまったときに一喝して道を教えてくれるキャラクターがいます。
唐可可ですね。
すみれが迷うときに一緒に歩いてくれる可可、彼女にとってもすみれは特別な存在です。偶然とはいえ自分の事情を知ってしまったすみれは心底心配し、それを解決するためには自己犠牲を厭わずそれを踏み越えて大きく成長しようとする覚悟を見せました。自分はさんざん嫌ってきたにも関わらず。
そういったすみれの優しさへの甘えが2期に顕著な辛口の態度だと思うのですが、もう一つこの可可の態度には理由があると思います。
可可は一見天真爛漫な少女に見えますが、非常に賢く真面目な女の子です。あくまでもスクールアイドルに向ける情熱から明るい性格が表に出ているのであって、上海で生活していた時には親の言う通りに勉強ばかりしていたと1期で語られています。
「みんなで楽しくスクールアイドルがしたい」可可にとっては、Liella!の活動如何によって自分の身の振り方が変わってしまうという重い情報は可能な限り秘しておきたかったはずです。実際、家族との電話は隠れてしており、誰にも相談していませんでした。
とくにかのんに語らなかったというのは大きいです。かのんは歌えなかった理由を含めて弱点をさらけ出しているにもかかわらず、可可は自分の弱点を教えていないのですから。
個人的に可可のこういった心情を的確に表現しているのが「不可視なブルー」のAメロだと思っています。
可可パートなのは決して偶然ではないでしょう、例え大好きなLiella!のメンバーであっても、自分の都合についてはお互いに傷つかないためにひた隠しにして、何時でも切り取れる一線を引く、可可らしい一節です。続く歌詞も心情がよく表れていると思いますが、長くなるのでここまでで割愛します。
そんな可可にとって他でもない「大嫌い」なすみれが自分のプライバシーに踏み込んでくるのは想定外のことで、「チェケラ!!」を経てすみれの能力を認めたからこそ、すみれに自分の個人的事情の心配をされることが申し訳なくなり改めて線引きをしたい気持ちが表れたのが辛口な対応なのではないでしょうか。
すみれの優しさに甘えつつもすみれから距離を取りたいという矛盾「大嫌いで大好き」、すみれとの似た者同士の関係を形成し、非常に美しい対比になっている、これがクゥすみの正体であり9話の本質だと思います。
マルガレーテとの決戦 かのんの夢の先
ここまで大変長い記事になっています。飽きずに読んでくださっている方々に感謝しつつお伝えしておきますと、この10話からが2期を語る上で重要になっておりますのでまだまだ長く続いていきます。
マルガレーテと歌
「本当の歌」の意味
さて本題に入りますが、「追いかける夢の先に立つマルガレーテ」で触れたように、ただラブライブ!で勝ちたい気持ちだけではLiella!はマルガレーテに勝つことはできません。なぜならマルガレーテにとってラブライブ!優勝は「当たり前」だから。
1期においてLiella!がサニパに負けたのは同レベルの目標を掲げなかったから。同じようにマルガレーテに勝つのであればマルガレーテと同じようにラブライブ!優勝を目指すだけでなくその先を考える、最低でも勝たなければいけない理由をきちんと持つことが絶対条件となっています。
マルガレーテは東京大会に向けてのインタビューで自身の歌の能力を豪語します。
実際彼女にはそれだけの実力と努力をしてきたという自負がありますし、かのんや千砂都もその能力は認めています。11話にてすべては姉と同じ音楽学校に入るためだったということが語られますが、ここでかのんは一つの疑問を持つことになります。
かのんは歌が大好きなのに楽しく歌うことができなかったという過去を持っているため、マルガレーテの心情を敏感に感じ取ったのでしょう。実際にマルガレーテソロの2曲のMVを見てみると、魅せる笑顔は浮かべているものの心底歌を楽しんでいるような笑顔は少なく思えます。代々木フェス優勝のネット記事や先述のインタビューにおいても仏頂面です。
歌が大好きなのに楽しく歌っていない。歌に夢を抱き歌が大好きだからもっと上手くなりたいのではなく、夢を叶えるために上手く歌わなければ意味がない。マルガレーテの手段と目的が逆になってしまっていることを感じて、かのんが口にしたセリフはマルガレーテに真っ向から対立します。
かのんらしからぬとても強い語調、断定する言葉です。10話のタイトルは「渋谷に響く歌」。マルガレーテやLiella!たちスクールアイドルの歌が渋谷の街に響くという意味に加えて、ウィーン・マルガレーテの悲痛な覚悟が澁谷かのんに響いたとダブルミーニングに捉えることもできます。
東京大会、制したのはLiella!でした。マルガレーテと対等な立場でに戦い、そして勝つためにLiella!の掲げた目標は東京大会で歌ったSing!Shine!Smile!の歌詞とダンスに表れています。
「Sing!Shine!Smile!」の歌詞にも表れているように、歌を通して人とつながること、そしてなにより楽しく歌うことに重きを置いています。サビでは人差し指を頬に当て、口角を押し上げるようにして歌い笑顔を強調しています。
かのんが自己紹介の際に口にしている「歌でみんなを笑顔にすること」と、そしてLiella!の掛け声「Song for me Song for you Song for all」、これがLiella!の戦う、そして歌う理由です。
マルガレーテと勝利をかけて競い合い練習する中で、改めて自分たちの原点に立ち返りその大切さを再認識して成長する。これは去年かのんがサニパに相談したときに二人から教わった事です。
勝負の結果自体はSunny Passionはマルガレーテに敗北となっていますが、その意志はLiella!の中できちんと生き続けれています。
東京大会に優勝し宿願のラブライブ!本選に進むかのんたちLiella!、しかしその結果を断じて認めないマルガレーテ。自分の夢がここで潰えることなど認めるわけにはいかないのです。
そんなマルガレーテにコンタクトを取ったかのんはマルガレーテの事情を知ると同時に、自分にその音楽学校への留学打診が来ていることを知ります。
かのんの夢は「歌でみんなを笑顔にすること」そして「歌を世界に響かせること」。
歌が歌えなくなっても、スクールアイドルとして再び歌うようになっても、かのんの心の中にはいつか世界中に自分の歌を響かせたい、自分の歌がどこまで行けるのかを試してみたいという夢がありました。
1期11話で幼いころの自分を振り返って手を差し伸ばした時にも、その背景には世界地図が描かれていたことから、ずっと思い描いていた夢であることがわかります。
そんな漠然としていた夢を具体的に叶える手段を提示されたにもかかわらず、かのんの顔は晴れません。
理由の一つは、その夢がマルガレーテの夢を奪う形で達成されようとしていたことです。
マルガレーテの発言から見える断片的な情報から察するに、おそらく彼女の両親は音楽学校に対して強い発言権、推薦枠のようなものを持っていると考えられます。それを娘の自分に使うことなく、日本の高校生に注目しているとなればマルガレーテの焦る感情も当然ですし、強烈な敵対視を向けるのも無理からぬこと。
そんなマルガレーテの状況、心境を知ったかのんはかなり複雑な気持ちだったでしょう。夢を叶えるまたと無い機会なのに、そうすることで夢敗れる子が出てしまう。自分が歌うことで誰かを不幸にしてしまうかもしれない、これでは夢と正反対の方向に突き進んでしまいます。
人生の分岐点には勝ち負けや諦めが付き物で、楽しいだけでは得られないものがあると、受験や去年の東京大会、そしてマルガレーテの件でかのんは知ることになるのです。
もう一つの理由は、自分を暗闇から連れ出してくれたスクールアイドルとしての活動を続けたい、Liella!のみんなと離れたくないという気持ちです。
ラブライブシリーズのアニメ終盤の鉄板ネタとして「卒業」があります。ラブライブ!、μ'sから「限られた時間の中で輝くスクールアイドル」ということは一貫したテーマです。
シリーズで初めて、三年間を描くことになったスーパースター!!においてもそれは同じであり、しかしかのんの「別れ」の可能性は突然目の前に舞い降りてきました。
ラブライブ優勝というずっと追いかけてきた夢がようやく目の前に来たところに現れたその先の夢。
自分自身の夢とLiella!の夢の間でかのんが揺れ動く中、物語は最終回に入ります。
聴こえてきた音、二度目の輝き
かのんの決断
風はどこから吹いたのか
「私を叶える物語」とは
「Starlight Prologue」の項目と同じ問いから始めます。皆さんは「Starlight Prologue」と「未来の音が聴こえる」、のどちらが好きですか?
その問に対する私のアンサーですが、私は「未来の音が聴こえる」の方が好きです。理由は私の一番好きな楽曲の「未来予報ハレルヤ!」に対応した楽曲だからです。
その詳細については後ほど語るとして前項の続きから。12話は千砂都によるかのんの説得から始まります。
このシーンが2期で一番好きです。
確かにスクールアイドルとして友達と活動できるのは高校生の今にしか出来ないことです。でもそれと同じくらい、留学も今を逃せば手に入らなくなるチャンスだと千砂都は訴えます。
かのんの幼馴染、親友で誰よりもかのんのことを考えている千砂都からの強く「自分の夢を叶えること」を推す言葉にかのんは一度回答を保留しました。
千砂都はLiella!加入前に一度かのんたちと距離を取ってダンスの大会に専念していたように非常にストイックな性格であることに加え、幼少期の思い出からかのんに対して献身的な態度を見せることが多いです。
そんな彼女にとっては、かのんが自分自身の夢をある種犠牲にすることが許せなかったのでしょう。夜になって恋との会話で言い過ぎたかもしれないと反省しつつも、その意思が堅いことが見られました。
その後可可とすみれ、1年生の各々思いを巡らせるシーンを挟みつつ再びかのんに焦点が当てられます。
かのんが手に提げているのは「たこ焼き」。今まではなにか悩むことがあったら千砂都に相談していた。でも今は、この夢は、その先は、1人で決断して頑張らなければいけない。そういった孤独を丹念に描写しています。
街を歩けば窓辺に出てきたすみれと可可、1年生の練習している姿が視界を過ぎります。小さい頃から過ごしてきた街には思い出がそこここに詰まっている。それが懐かしくて、寂しくて先に進めない。
そんなかのんを温かく出迎える母親と妹。自分がようやく手が届くところまで来た夢は、誰にでも叶えられるものではない特別なもの。才能があって努力を重ねてきて、巡り合わせの上に与えられた特別なものだと優しく諭されて少しずつかのんの表情が決意に固まります。
そこに現れるマルガレーテ。自分の夢を叶えるためにもかのんに留学して欲しい事を伝える他、ウィーンの音楽学校が国際的にも特別なものである事を改めて紹介し、かのんがその道を選ぶのであればそれは結ヶ丘という学校の評価にも繋がると説きます。
そう最後にマルガレーテは言います。自身の夢のためにオーストリアを飛び出して日本の高校生の大会にやってきた彼女にふさわしいセリフです。
飛び込む、もうよく聞いた言葉ですね。
さて、ここまでの一連の流れは非常に精巧に組み立てられていると思います。
友達、街、家族、ライバル、学校と自分をこれまで育んできてくれたもの一つ一つと向き合っていくシーンは、1期の最終話でSunny Passionが提示した「勝たなければならない理由」に繋がるものがあります。
スクールアイドルとは決してそのグループ1つで成り立つものではなく、応援してくれている皆の夢の具現化です。だから勝たなければならない、ラブライブの優勝は自分たちだけの夢ではないから。
かのんが今向き合っている夢も同じです。
Liella!や学校の友達、原宿や渋谷の街、いつも味方をしてくれる家族、競い合い切磋琢磨をしたSunny Passionやウィーン・マルガレーテというライバル、そして結ヶ丘という学校の協力があってここまで歩いてこられた。その全てを背負っているのです。
決意を固めたかのんは千砂都の呼び出しに応えて部室に向かい、Liella!のメンバーに留学すると決めたこと、自分がいなくなってもLiella!の活動は続けてほしいことを伝え、改めてラブライブでの優勝を誓います。
さて、「未来の音が聴こえる」についてです。先述の通り、「Starlight Prologue」の方が人気曲であろうということは私も認識していますし、実際私も最初は「Starlight Prologue」の方がいい曲だと感じていました。ですが今、私は「未来の音が聴こえる」こそがラブライブの優勝にふさわしい曲であると確信しています。
この項の最初に述べたように「未来の音が聴こえる」には「未来予報ハレルヤ!」と深い結びつきがあります。
私が最初に気になったのは、どうして「聴」こえる何だろう、ということです。もちろん音楽についてなので聴くという漢字にするのは当然ではあるのですが、なにかしらメッセージ性を込めているのではないかと考えて調べたところ、「ハレルヤ」の歌詞で同様の「聴」の漢字が使われていることに気づき、ここから関連性を探していった結果歌詞に類似性を多く見出すことが出来ました。
ここでは主だったものを書かせていただきます。
この日はいつなのか、風がどこから吹いたのか。答えは「ハレルヤ」に明記されています。
かのんが可可と出会い、自分が歌を諦められないほど大好きだと気付いた日、風が夢へと誘いだしたことが分かります。
「みら音」の「果てしなく広がる空」は「世界に歌を響かせる」かのんの夢を表現、その上で「空」を目指すための羽がいつ授けられたのか、そしてその未来がいつかやってくると予報したことを歌詞に落とし込んであります。
「明日は」という言葉でまだ予想できないこれからの未来を歌いつつ、今日までに出会ってきたメロディ、つまりスクールアイドルとして培ってきた「一番心弾むフレーズ」を歌うLiella!とかのん。
今まですぐ近くで背中を押してくれたメロディの存在も「ハレルヤ」にきちんと記されている他、似たような詞がほんの「ちょっぴり」にもあります。
1期1話から一貫して「歌、メロディはいつもそばにいた」ことが語られてきたのがよくわかります。ここでの歌やメロディは字義の通りでもあると同時に、夢やスクールアイドルと同じようにそれを共にしてきた人々という意味も内包していると思います。
最後にCメロです。「ハレルヤ」のそれはとても短いものです。
これからを見据えた決意の詞になっています。これが「みら音」ではとても細かい心情まで描写された歌詞に進化します。
大きな意味は同じです、これからを見据えて壁を越えていくという決意が綴られています。
それに加えてここまで述べてきたように、歌うことや夢を追いかけることが決して楽しいことばかりでなく、時に歌に辛さを感じてしまったり明確な勝敗を決めなくてはいけなかったりもすることが書かれ、それでもここまで歌ってきた楽しい思い出が背中を押してくれると歌います。
ここで重要視したいのは作中で歌詞をかいているのがかのんであることです。1年生のかのんがたった一行でしか表現できなかった挑戦する気持ち、それをここまで歩いてきたかのんがここまで繊細かつ丁寧に書き上げていることが、見事としか言いようがありません。
もちろんそれを表現してくださった宮嶋先生には尊敬の一言しかないでしょう。
果たしてラブライブで優勝を勝ち取ったLiella!、夢をかなえるべく留学のため旅立つかと思いきや唐突に現れた結ヶ丘の制服に身を包んだマルガレーテから衝撃の事実が告げられます。
ここまで丁寧に積み上げてきた描写は何だったんだと言いたくなる気持ちをぐっとこらえて好意的に解釈するのであれば、ラブライブ!スーパースター!!は明らかに3年間を描くことを想定して設定が作られていることからも、主人公がここで退場するわけにはいかないでしょう。
私は、例えば2期5話での夏美の行動が褒められたものではなかったからと言ってそこで短絡的に夏美の評価を下げる人が居たことを良しとしていないので、2期12話のラストシーンについても一旦評価を保留とすることにしました。
加えて、1期12話のタイトル「Song for All」が2期のLiella!がラブライブ優勝を目指すにあたって掲げる目標となったのであれば、2期12話のタイトルにしてシリーズとしてのテーマ、「私を叶える物語」もまた3期において重要なワードになると考えるべきではないでしょうか。
決してかのん1人の夢が叶って(それすらまだ完遂していませんが)終わり、ということはないでしょう。
かのんのソロ曲「Free Flight」の2番に次のような歌詞があります。
かのんだけでなく、可可たち他の1期生も3年生であり卒業という別れが近づいています。その先は各々が「追いかける夢の先」へ1人で歩いていき、「私を叶える物語」を達成しなければならないと思います。
でもそれは1人ではありません。Liella!として、結ヶ丘の生徒として結び合わせた糸はほどけないのですから。だからバイバイじゃない、また出会う。そしてそれは3期のテーマ「みんな、あつまれ」に綺麗につながっている。
とまあ、こんなところが私の想像する3期の大筋です。どうなるかはわからないですけどね。
それでも一つ確実に言えることはSunny Passionが仄めかし「Second Sparkle」でも歌われたようにラブライブの連続優勝、二度目の輝きが主軸となって話が進むということです。10月からということでまだまだ遠い話に感じますが、とても楽しみにしています。
今のLiella! これからのLiella!
アニメについては語り尽くした、語りすぎた感すらありますがそれでもまだ見ていて飽きないなぁと思わせてくれる2期が私はやはり大好きです。
見どころというか、このシーンはどういう意味なんだろうといつも考えてしまいます。ちなみに「脚本の人そこまで考えてないと思うよ」と言われたら泣きます。
3rdの後半戦から始まり、結那と花ちゃんを迎えた4th、そして異次元と駆け抜けた2023年のLiella!はとても頑張っていたと思います。VTuberのような後続の2.5次元コンテンツや同シリーズ内でも蓮ノ空の成長が著しい中で、まとまったシナリオの追加もなしに本当によくやっていたと思います。
ただのアイドルみたいと評する人もいますが、それでも糸を途切れさせなかったキャストの皆さんを私はとても尊敬しています。
続く5thでは3期生の2人も本格的な参戦を果たし、「常夏☆サンシャイン」に続いて待望の1期曲の数々を歌ってくれました。個人的にはDay2で「WE WILL」歌っといて「追いかける夢の先で」は歌わんのかい!と思いましたが、それでもとてもいいセトリで楽しかったです。
「START!!True dreams」もとても好きな曲なので聞くことができてとても嬉しかったのですが、先述の通り一番好きな曲の「未来予報ハレルヤ!」が回収できなかったのでこれからに期待しています。
「Second Sparkle」や「Jamp Into the New Would」、「UNIVERSE!!」に「シェキラ☆☆☆」と「FANTASTiC」、それにソロ曲やユニット曲の数々など素敵な曲もたくさん出てきています。
「シェキラ☆☆☆」と「FANTASTiC」に関してはまだまだ歌詞を捉え切れてないなと思っているのですが、「セカスパ」は9人最後の曲ということや3rd初披露での思い入れがあってとても好きな曲ですし、特に「JItNW」はLiella!のこれからや3期成の役割を定義するうえでとても大切になる歌なのではと考えています。
この曲たちについてもいつか触れられればなと思います。
甲子園では新しいユニット曲も披露され、先日すべてのユニットの楽曲がYouTubeshortで公開されました。
私は「Jellyfish」が今のところ一番お気に入りです。あまりに直接的な冬毬曲が登場したので、今後本格的に見られる花ちゃんのパフォーマンスと歌詞をじっくり堪能したいと思います。
最後に。
いつまでもLiella!のキャラクターが愛され、キャストの皆さんが活躍され、その歌が多くの人の心を掴みますように。
そしてラブライブ!が末永く続いていきますように!