健康に沿った道徳観が必要に思う。
僕は自分とのパートナーシップを築くことを提唱しているわけだけれど
ちょっと前に健康に沿った道徳観がそこにも本当に必要だなと思ったので書いて行きます。
まず初めに、僕らが生きてるだけで罪があるという原罪の考え方がありますが
これね。本当によくないことだなと思うので、それを払拭させておく方がいいと思います。
僕らは魂の存在であり、この世には経験と感動をするために、両親を選び、この體(からだ)を選んで生まれてくるわけですが、
充実感を持てるように
幸福感を持てるように
生きていくことができた方がいいに決まってるんですよね。
僕らは、感情や欲望は、生まれ出るもので自然発生するものでもあります。
自然の流れの中にあれば誰でも欲求は生まれて来ます。
それを認めずして、それを普通のこととして受け入れずして、
そもそも生命は成り立たないのです。
あらゆる欲望 あらゆる感情 あらゆる思考回路
それは受け入れて認めてあげること。
自分自身にまずその承認を欲しているものだし、
あって然るべきもので、生み出されてはいけないものはありません。
どんなにドロドロした感情や欲望も
感じ切って出し尽くして初めて解消され
次に進めます。
そこで性に関して語ることにします。
人生の幸福感を考えるとセックスについて語ることは必然的だと思うからです。
人はセックスをしている時に、人生の充実度、幸福度が増す生き物でもあるし、
究極のコミュニケーションであり、
体現して愛情を注ぐことができるコミュニケーション方法でもあります。
それを認めた上で、必要だと認識した上で、
語り合うことが必要に思うんです。
偏見がまだまだ多すぎる。
もっとおおらかに性について語る人や場所が必要に思う。
僕はセックスは
氣持ちの疎通
そして、
リズム感が重要だと思っています。
お互いのバイオリズムに沿った動きが
できるほど一体感を増すものだと思っているし、
その方がより幸福度の高いセックスにつながるのではと思っています。
そして、これは僕の性質なのですが、
相手が喜ぶ姿こそが自分の喜び
という感じなので、
喜ばせ方を学びあうことは必要なんだと思うし、
そういう話を普段からすることが僕らの精神衛生上健康的なものだとも
思っています。
だからオープンになんでも話したらいいと思います。
今日は短いですがこの辺で。