第2号 満天堂/城戸口 徹
第2号の特集は「満天堂(まんてんどう)」の屋号を掲げる大工の城戸口 徹(きどぐち とおる)さん。彼の出身地は山形で、2013年に北海道へと移住されたが、2015年にご家族で天草へと移住。昨年の師走に、ひょんなご縁がきっかけで徹さんの仕事を撮影することとなった、ご依頼人は徹さんの奥さん。なんでも、伝統的な工法の仕事ぶりを記録してほしいとのこと。丁度良く、現場があるそうなので数日間通ってみることにしたのだが、彼の優しい人柄や仕事の所作と大工仕事の奥深さに惚れ込んでしまい、ひと月半も足繁く現場へ通ってしまうことになろうとは思ってもいなかった。
・仕事現場
はじめに立ち会えた現場は、使っていなかった納屋を解体し、使える材料は残しつつ、新たに施主の仕事場へと繋がる建物を建てるという流れの現場で、解体の様子から撮影を開始する。私の父も大工なので見覚えがある道具達が続々と登場するのがとても嬉しかった。墨つぼ、ノミ、カンナやカナヅチ。仕事の合間に道具のことや使用対象などをちょくちょく教えてもらう。カナヅチは全て「カナヅチ」だとか「トンカチ」と呼ぶものだと一括りに認識していたのだが、打つ部分の両方が平らなものを「玄能(げんのう)」、片側が細く絞り込まれているものを「金槌(かなづち)」と形状の違いで名称が変わることは、この時に初めて知った。予見はしていたが、とてつもなく深い世界に違いなさそうだ。
・道具の仕込み
大工道具とひとことで言っても種類や大きさで全く用途が変わってくる。徹さんの道具はどれもビカビカに研いであり、切れ味抜群。素人目には同じものに見えるノミを常時3〜4本は使い分けていた。基本的に、現場以外の時間を使って刃物の研ぎなどをすませて仕事に臨むのだが、現場で少しでも切れ味に違和感を覚えると、すぐに砥石で研ぎ始める。
カンナに至っては、土台を調整する目的に使う為のもので「台直しカンナ」という道具も登場していた。カンナを直す為のカンナ。鶏卵問題のような、マトリョーシカのような、と道具の歴史をひしひしと感じた。昔の大工道具は、木材や刃などに良い素材を使っているものが多く、引退した方が手放したものや、古道具市などで手に入れた大工道具を手直しして使うことも多い。現代の一般的な大工さんは、カンナを徹さんの様に多用することがないという現状も知らずにいた。電動の方が仕事は早く仕上がって効率的かもしれないが、大工といえばカンナだという勝手な固定観念があったのでショックだった。そういえば、私の父も大筋は電動の道具を使っていることを思い出す。
・刻み仕事
大工の仕事は、ほとんどの時間を「刻み(きざみ)」と呼ばれる建物のパーツ作りに費やす。ひたすら、木材の寸法を測り、切ってはカンナで削って微調整。何日間も、この作業が続いていた。黙々と行われる作業の中でも、木材を雌雄に彫り出して接合する釘要らずの技法「鎌継ぎ(かまつぎ)」には驚かされた。とても手間がかかるのだが、この継ぎ方は接着面が増えるため強度も向上する。
・片付け&掃除
徹さんの仕事を見ている中で、気付いたことのひとつは、現場の整頓や掃除がとても素早く確実なことだった。休憩時間であろう時間にもささっと掃いたり、キビキビと端材を運んだりと良すぎた意味で落ち着きがない。「人の三倍は動きますよ」と初めの頃に言われていたが、本当にそうなのだなと感心を通り越し感動してしまった。全ての行程で出た木っ端などの端材は、自宅に持ち帰り風呂焚きに使うそうだ。
・建て方
徐々に立ち上げていた柱を基軸に、外壁が貼られ始める。徹さんは、足場を切り出し、組み上げる作業も難なくこなす。足場が完成してからは、今までの刻み作業で積み上がった木材たちがピタッと吸い込まれるように各所へ納まっていくのを見るのは爽快だ。上棟の日には、大きな木槌を振るって梁をはめ込んでいた。
珍しいことで、こちらの現場の施主も、ある物作りのスペシャリスト。初日から大工仕事にずっと参戦し、畑違いとは思えぬ技術の吸収力を見せつけてくださった。二人の呼吸がどんどん合っていく様を間近に見ながら、手で物を作ることの凄味をビリビリと感じる。己自身で、「もの」を作れるということは物凄い武器になるのだと思い知った。
・手ぬぐい
仕事の進め方や、しなやかな動きもそうなのだが、日々の気分や仕事の内容によって変わる手ぬぐいも興味深かった。木屑が多く出る作業では耳に入らぬように深めに被ったり、そうでない時は出したりと様々に姿を変える。大きな音が出る作業の時は、巻き方を変えて防音の効果もあるという。タオルなどと違って緊急時には、簡単に裂けるので応急手当にも対応できる。シンプルだが多機能の手ぬぐい。自宅の箪笥の中には沢山入っているそうで、その日の朝にこの手ぬぐいにしようと決める。気合いを入れる日の手ぬぐいもあるとのこと。
・完成
撮影させていただいた建物は、初日からひと月半後に完成した。外壁は鎧張りで統一されている。元々あった仕事場の壁を突き抜いて新たな空間へと続く通路ができた、ここからはカーインテリアが本職である施主・光永さんの仕事領域だ。
今回の現場を通じて大工仕事に目覚めた光永さんは敢えて足場を残してもらい、雨樋などの細かい部分は自身が仕上げるとのこと。これから、この空間がどのように作られるのかも楽しみだ。ただその場に居ただけの私も完成後の打ち上げに呼んでいただき二人を労うことができた。
明日は、何が行われて、どんな道具が登場するのだろうと楽しみでならなかった現場の日々。また撮影できる日を心待ちにしている。徹さん、施主の光永さんご家族のみなさん、徹さんを常にサポートされていた奥さん、本当にお疲れ様でした!
今号では、ここまでとなる「満天堂」城戸口 徹さんの特集だが、当初の予定では彼の家族との暮らしや、天草に移住するきっかけ、大工仕事以外の「満天堂」についても触れる予定であった。ずっと通い詰めてしまった現場のことを纏めるのに精一杯となり、現場と同等なくらい興味深い暮らしをされている城戸口家をまた改めて次号以降に掲載したいと思っている。
・城戸口 徹(きどぐち とおる)
大工
1980年 山形県山形市生まれ
2004年 技能開発訓練校で大工を学ぶ
2005年 佐竹工務店に弟子入り
2013年 北海道・ニセコへ移住
2015年 熊本県・天草へ移住
2017年 天草にて満天堂・作業場兼事務所を開設
写真/文 錦戸 俊康
※こちらの特集記事は2017年6月15日に発行した
『天草生活原色図鑑 電子版』の再構成記事です。
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