CSカバレージ~龍皇の棲家~(準決勝 篠田ひなたVSチキンライサー)
2022年7月24日開催 レプトンカード館CS
「またか……」
先ほどの戦いで不利な相手に辛勝を修めた篠田が再び溜息を漏らす。
対戦相手であるチキンライサーのデッキは「水単スコーラー」
またしても「水魔道具」の天敵となるデッキである。
先手後手問わず高確率で4ターンキルを決めてくるこのデッキを倒すためには、先攻をとった上で理想的な動きをすることが必要不可欠だ。
つまり2ターン目の《卍新世壊卍》と3ターン目の《堕呪ゾメンザン》が必須。
プレイングが云々ではない。このマッチアップでは引けるか引けないか、運を天に任せる他ない。
順位の差により篠田の先攻で始まるゲーム。
1ターン目に篠田は《終末の時計ザ・クロック》を、チキンライサーは《堕呪カージグリ》してターンを終了する。
「水単スコーラー」は堕呪をコストにドルスザク呪文を唱えるデッキ。
使用するカードに共通項は多いが、目指す場所はまるで違う。
ある種自分と同じ魔道具使いであるチキンライサーを倒すべく、篠田は祈りを込めてカードをドローする。
チャージされたのは《堕呪ギャプドゥ》
プレイされたのは……
《堕呪ゴンパドゥ》
ギャラリーが落胆の声を出し、チキンライサーからは笑みがこぼれる。
これで、篠田がチキンライサーに追いつくことは無くなった。
後手4ターン目でループを成功させることは、かのデッキにとってはあまりにもたやすい。
自分より早いデッキに対しては何もできないが、その代償として得た驚異的なループの成功率により、それより遅いデッキに対しては圧倒的な勝率をほこる。
それこそが「水単スコーラー」だ。
次元の嵐が到来するのも、もはや時間の問題だろう。
一抹の不安もなくなったチキンライサーは、返す刀で同じく《堕呪ゴンパドゥ》をプレイし勝利をさらに手繰り寄せる。
「……ん??」
《堕呪バレッドゥ》を唱えた篠田のプレイを見て、ギャラリーの一部が怪訝な声を漏らす。
なぜなら彼の手札にはあったのだ。
「水魔道具」が一刻も早くプレイしたいはずの《卍新世壊卍》が。
実はこの《卍新世壊卍》3ターン目開始時にドローしたものだが、1ターン前《堕呪ゴンパドゥ》でも手に入れることができたはずのこのカードを篠田は見送り《堕呪バレッドゥ》を手札に迎え入れていた。
一部の相手に対しては、《卍新世壊卍》をプレイするよりも、墓地に魔道具をため、《ガル・ラガンザーク》の着地を優先したほうが良い場合もあるのは事実だ。
だが、「水単スコーラー」を相手取るにあたっては、《ガルラガン》の踏み倒し制限は何の意味も持たない。
篠田の狙いがわかるのは、次のターンのこととなる。
チキンライサーは《超化学の神髄》で手札を増やし、その勝利に王手をかける。
後がない篠田がプレイしたカードは……《堕呪バレッドゥ》
もはや興味も薄れているギャラリーとは裏腹に、篠田の纏っていた雰囲気が変わる。
2ターン目から諦めの表情を浮かべていた篠田の目に力が宿る。
たとえ《卍新世壊卍》を引けずとも、彼は諦めていなかった。
「篠田ひなた」
この名を背負って戦うのに、いい加減なプレイをするなど論外だ。
2年のブランクを経て再び戻ってきたその男は、かつての名を変えていた。
彼はかつて、本名である「西川 航平」を名乗り足繫く大会に通っていた。
0から新たなデッキを作ることはほとんどなかったが、テンプレに工夫を加えた独自のリストを作り、並み居る強豪と渡り合った。
1を10にするのが得意なプレイヤーだった。
そんな彼はしかし、就職と私生活の変化により2年間デュエルマスターズからは遠ざかった。
そんな彼がふらりと大会に現れたのは3か月前のことだ。
その時も今と同じく「水魔道具」を使っていた。
最新の構築から離れ、2年前までのカードのみを使った化石のようなそのデッキで、会場で唯一の予選全勝をやってのけた。
変わらないカード、変わらないプレイ、変わらない強さ。
そんな中で唯一変わっていたのが彼のその名だ。
「篠田ひなた」
大切なパートナーの名を使い、彼は全力で勝負に臨む。
祈るようにカードを引いていく篠田。
1枚目、《堕呪ウキドゥ》
違う。
篠田の首に縄が絡みつく。
2枚目、これがラストチャンス。
「ありがとう、ひなたちゃん」
小声でつぶやかれたそれは、誰の耳にも届くことは無く。
「そこは龍皇の生まれし場所。これより先は、いかなる謀りも赦されぬ!!
展開!DGパルテノン!!」
「がっっ……あぁ……」
チキンライサーの口から絶望の声が漏れ出る。
「水単スコーラー」に、これを打破するカードは入っていない。
キーカードである《ドリュミーズ》を唱えるも、パルテノンの前ではむなしく空を切るだけ。
しかしながら、そこからのチキンライサーの戦いぶりは見事だった。
《堕魔ヴァイプシュ》ではなく《堕呪》を《ドリュミーズ》のコストとして捨てることで墓地に呪文をため、《カリヤドネ》の着地を狙う。
《本日のラッキーナンバー!》を使い回すことができれば、ドルスザクの着地を遅らせて時間を稼ぎ《マノミ》と合わせて殴り切れる可能性が低いながらもある。
自らの勝利を目指し、全力でプレイを続けるその姿はあっぱれだ。
だが篠田も、唯一残った負け筋を丁寧につぶしていく。
《ラッキーナンバー!》(入っていない確率の方が高いが)の脅威を見て取った篠田は、リーサルを狙える場面でないにもかかわらず《ガリュミーズ》を起動。
《メラヴォルガル》と《ガル・ラガンザーク》を送り出す。
呪文で選ばれない《ガルラガン》を退けることは困難を極める。
最後の勝機が潰えたことを理解したチキンライサーは、ついに自らの敗北を認めた。
不利な対戦でたて続けに勝利を収めた篠田ひなた。
先手番の利を活かし、見事にキーカードに辿り着いた。
ドロー効果が付いているとはいえ、マナを伸ばす手段を持たない「水魔道具」にとって「パルテノン」は何かの片手間にプレイできるようなカードではなく、採用には相応のリスクがあったはずだ。
自分の能動的な動きに寄与しないメタカードの搭載はデッキの出力低下を招く。
事実、予選において篠田は1度もこのカードをプレイしていない。
当日の環境に合っていたのかと言われれば、恐らく疑問符が付くだろう。
だがそれでも、この大一番でこれ以上にない活躍をした。
それもまたこのゲームが持つおもしろさの一つだ。
薄氷の上の勝利を手にした篠田は決勝の舞台に駒を進める。
2年前からの刺客が今、環境王者に牙を剝く。