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ぼんやりと生きる。1読書をするってこと

ぼんやりと生きるをテーマに日記のような随筆のような不思議なものを書こうとする今回の連載。
連載?勝手に連載と呼ぶことにしているので、連載だ。金にもならない連載でも、ここで連載すると決めたので誰にも否定はさせないつもりなのだけど、不安は不安だよね。、

ということで、本日は自分にとって身近な読書について。

本を読むようになったのは、とても遅く、受験勉強が嫌になっていた高校三年生の夏。
死ぬほど逃げたくなって、とりあえずオタク友達で本の虫(家族全員本を読むらしく、家が本で傾くとよく言っていた。実際レンタル倉庫を借りているらしい)のN君に何か面白いものは無いかと聞くと、その子からはブギーポップは笑わないというライトノベルを勧められた。
これが運の尽きだった。1巻を読み終えた頃には既に図書館で2巻3巻と借りてしまい、その年の夏休みにはその頃でていたブギーポップシリーズを全巻読破という、今でもそんなに本を読んだ時期はないなと思う程、どハマりしてしまった。
そして、この友人はまさに悪魔のように「空の境界」なる新書サイズの本をニヤリと笑いながら面白いよと夏休み明けには勧めてくるようになり、別の友人からも同じように勧められたので、気づけば読み終えていた。
その頃は、元来のオタク気質が災いしてラノベにどハマりし、受験勉強そっちのけ。勉強なんてクソくらいとか思いつつ、いや僕は本を読んでいる(ラノベだけど)とさも勉強している風な態度をとっていた。そして、ものの見事に受験に失敗。
でも悪びれる感じもなく、本(ラノベ)を読むことは止められなくなっていた。
そして、そんな状況の最中、私は人間失格という、もう既にてめぇが人間失格じゃおい!って状況で名作に手を出してしまう。
思春期ということもあって、胸打たれる結果に。
そこからだ。文学全般に手を出すようになったのは。
現代作家は有川浩先生を初めとして、江國香織さんにもハマり、読書沼にズブズブとハマるというか、自分から高台よりダイブして突っ込んでしまった。ここからが読書人生の転落。
一浪して流石に受験勉強はそれなりにした。というか、しなければ終わりだと背水の陣。
だから、とりあえずやれることはしたつもり。
なんとかとある大学に入れたのは幸いだったが、そこで1番嬉しかったのは、その大学の図書館の1階、少し奥の文庫コーナーに岩波文庫がずらりと並んでいたことであった。
あっこれでモンテ・クリスト伯が読めると金のない学生は浮き足立った。
そして、シラバスを確認し、先輩たちの話なども参考に出席をまともに取らないような授業は兎に角サボった。代わりに図書館などでよく本を読んだ。
ラノベ、文学、エッセイ、哲学。なんじゃらほいと。
乱読していた気がします。
でも、ここで忘れてはならないのは、ここは授業料を払って通う大学であるってこと。お母さんごめんなさい。
とんでもねぇ変な大学生だった。
本を読む面白さに取り憑かれた私は、とある本にこの後出逢うのであるがそれはまた別の機会に。

でだよ、読書することが凄い正しいことのように錯覚した私は、そりゃ最悪で。なまじ文書もかけてしまうものだから、レポートの課題なんかは単位が貰える程度にはかけてしまう。めっちゃ嫌味な言い方だな。
お陰で単位は落とさなかったけど、代わりに中身があった学生生活を送った記憶は全くない。
その当時付き合っていた彼女にも浮気され、人生はかなり真っ暗だった気もしますね。
あっ、そんなことはどうでも良くて、とりあえず読書をすることが何よりも知的で正しい行為なんだと錯覚した私は、次第に自意識が肥大化していきなかなかの変人に仕上がっていくのです。

だから、兎に角、言いたいことは読書をするならフランクに。正しいとかそんなことをいちいち逃げ道に使わないこと。

楽しく読書生活をしていきましょう。

では、御機嫌よう。

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