ひと目で分かる孫氏の兵法
ひと目で分かる孫氏の兵法(The art of war) ジェシカ・ヘギー(Jessica Hagy)著 ディスカバー・トゥエンティワン社刊
兵法は、およそ2500年前の中国の将軍、孫武(孫子)が残したといわれる古典である。紀元前に生きた人が、現在の地上戦でも十分通じる戦法を熟考している事には、頭が下がる。悠久の歴史を持つ中国の尊敬すべき一面である。以下に、興味深いポイントを紹介したい。
◆始計篇
兵法には5つの基本的な要素がある。
即ち、
1.リーダーの精神的影響力(道)
人々の心を指導者と一体化させる政治の在り方。
これがあるからこそ、人々は、危険を恐れず、
命を投げ打ってでも指導者についていく
2.天気や自然条件(天)
昼と夜、暑さや寒さ、季節や時期といった自然の条件を
考慮する事
3.地政学的な条件(地)
距離、道の険しさや平坦さ、広さや狭さ、その他軍の生死に
関わる地勢的条件
4.専門家の能力(将)
知識、能力、誠実さ、部下への仁愛、勇気、厳格さという
将軍の素質を備える事
5.規律や兵站(法)
組織の体系、上司・部下の規律、兵站や支出管理が
しっかりしている事
これ等を体得しているものは勝ち、していないものは敗れる。
全ての戦争は騙し合いである。
実力がある時には無いと見せかけ、行動を起こす時は、動いていない様に見せかけ、敵の近くにいる時は、自軍が遠くにいると見せかけ、敵から
離れている時は、自軍が近くにいると見せかける。餌を与えて敵をおびき
寄せ、混乱しているふりをして、叩き潰せ。
敵が戦力を充実させている時は戦いに備え、敵のほうが強ければ、対決は
避けよ。敵が苛立っているなら、怒らせよ。弱いふりをして、敵を油断
させよ。敵が休息しているなら、休みを与えるな。敵が結束しているなら
分裂させよ。敵が予想していない場所を、予想していない時に攻めよ。
勝利を掴むために必要な策を事前に知られてはならない。勝つ将軍は戦う
前から多くの計算をしている。負ける将軍は、あまり計算をしていない。
◆謀攻篇
戦争における最高の勝利とは、戦わずに敵国をまるごと、併合する事で
ある。戦って相手を打ち負かすことは次善の策でしかない。軍事戦略の基本原理として、自軍の戦力が敵の十倍であれば、包囲せよ。五倍であれば、
攻撃せよ。二倍であれば、敵を分断してから撃破せよ。対等であれば、
全力で戦え。自軍が劣勢であるなら、正面衝突は避けよ。
勝ち目が無いほどの差があるなら、距離をとれ。
次の3つの事をする指導者は自軍に悲惨な運命をもたらす。
1.状況を理解せず、自軍が進軍できない局面で進軍を命じ、
退却できない局面で退却を命ずる事。
2.軍の内情を知らずに、国家的な軍政と同じ感覚で、部隊の軍政に
干渉する事。これをすると、兵士が混乱する。
3.軍隊に臨機応変な対応が必要になることを理解せず、
軍の人事・処断に干渉する事。これをすると兵士に疑念が生ずる。
従って、勝つためには五つの要件がある。
1.戦うべき時戦うべきでない時を知っている者が勝つ
2.多数の兵の扱い方、少数の兵の扱い方を両方知っている者が勝つ。
3.部下と一つの目的に向かって結束している者が勝つ
4.自らは綿密な準備を整えながら、油断している敵と戦うものが勝つ
5.有能であり、かつ、主君に干渉されていない者が勝つ
敵を知り、己を知れば百戦危うからず。
◆九変篇
将軍が性格として持ってはならない、五つの危険な欠陥がある。
1.死を恐れない将軍は殺される
2.生に執着する将軍は、捕虜となる
3.短気な将軍は、挑発に乗せられる
4.気位の高すぎる将軍は恥を恐れて正道を見失う
5.部下や民を愛しすぎる将軍は、優柔不断に陥る
この5つは、戦争指揮に於いて、災いをもたらす致命的な欠陥となる。軍隊が壊滅したり、将軍が戦死する原因は、必ずこの五つのどれかにある。
ここでは、
兵法の基本的な要素を取り上げた始計篇
戦い方につてい考察した謀攻篇
将軍の人間性の影響を考察した九変篇
の3篇について紹介したが、他にも
戦争に入るべきかを扱った作戦篇
戦いのやり方を扱った軍形篇
大軍、小勢での戦い方を論じた勢篇
戦いへの入り方を扱った虚実篇
軍の動かし方を取り上げた軍争篇
行軍における注意事項を扱った行軍篇
様々な戦う場所での戦い方を扱った地形篇
軍隊を運用する上での、地形の特徴を分析した九地篇
火攻めについて分析した火攻篇
スパイについて分析した用問篇
について取り上げている。
古来より日本の人々が中国から学ぼうと交流を深めたのも良く理解できる。戦争の実戦方法について、鋭い観察眼と深い考察を重ね分析している処は、理屈に基づく現代の科学的分析方法と何ら見劣りするところは無い。
現代の地上戦に於いても十分通じる所があると素人ながらも思える。
これだけ優れた分析を紀元前に生きていた人達がしていたという事は、
それだけ、古代の世界は戦が多かったという事でもあるが、考える
という能力自体は、今も紀元前も変わらないのだろう。
古代と現在の相違が、知識の蓄積にあるのは明白である。
私は今は定年退職後であるが、現役時代に訪れた会社で、会議室に
「常在戦場」
の額がかかっていた会社があった。
私も仕事上のスキ(新製品を導入する上での製品の成り立ちや原理の正確な
理解、その製品品質の確保はもちろんの事、製品を製造する人達との人間
関係などにおいて)を作らないという事をモットーにしていたので、
この額を見て、訪問先の会社の風土を感じ、大いに共感したものである。
今の資本主義体制の仕組みの下では、製品開発や販売に競争原理がベースとなっている訳で、常に戦場にいて戦いに挑んでいる状態にあると言える。
そこでは、スキを見せたものが落後していく。
この意味で、企業活動も、孫氏の兵法に通ずるものがある。
まさに、
『勝つ将軍は戦う前から多くの計算をしている。
負ける将軍は、あまり計算をしていない。』
ならぬ、
『勝つ会社は戦う前から多くの計算をしている。
負ける会社は、あまり計算をしていない。』
という事が言えるのではないか❕
会社は、国と言い換えても良いかも知れない。
昨今、中国共産党が100周年を迎えたとの事、ソビエト崩壊後、東西
冷戦が下火になりつつある中で、再度冷戦構造もやむなしとの、習主席の
演説と理解した。今の中国を見ていると、自由な発言や議論が封じ
込められ、鬱屈した世に多くの中国人の方々は憤懣が溜まっているのでは
ないかと推測される。ただ、今は、共産党の組織力が勝り、力を維持して
いる以上公に反旗を翻すことはままならない。過去の中国の王朝の歴史を
見ても、大きな纏まりのある国が成立した後は、200年から300年続く事を
歴史が証明している。この共産党政権もあと200年は、このまま維持される
のではと想像される。
核の恐怖力で大国間の対立に安定にもたらし、世界の秩序を守っていく
という今の世界の成り立ちに対し、中国国民のこの鬱屈感に対する鬱憤が
爆発する時、この中国の体制は、将来の内戦を誘起する要因になるのでは
ないか、そして更には、その事に拠って世界情勢の不安定化をもたらす
のではないかと、危惧している。
ちょっと昔の、ルーマニアのチャウシェスクや、中東諸国で発生した
「アラブの春」の様な闘争が、共産党の力が落ちて来た時期に、内戦が勃発するような気がしてならない。今の中国は、人民共和国でなく中国共産党
王朝と言える。ただ、共産党内で様々な意見を戦わせ、政策を決定し、
首領を選出していくプロセスが有ると、少しはほっとする所もあるが、
北朝鮮は、金帝国になり下がってしまっており、北朝鮮同様、中国が習帝国になる様では、中国の先は危うい様に思える。
今回の習演説の記事を読んで、冷戦時代のイデオロギーに逆戻りしている
感じがして、何とも危うい感じを持ったのは、私だけでしょうか?
孫氏の兵法に見られるように、中国には、
正確に世界の情勢と自分の立ち位置を見極め、
多くの人達が自由で闊達な意見を述べ、
国の向かう先をしっかり見つめ
伸び伸びと生活していける
そんな国作りをして欲しいものである。
間違っても、自分の意見を強引に押し通し世界秩序を破綻へと導く方策は
執っては欲しくないものである。