処刑少女の考察道:マノンの母親とシシリア司祭 ~あり得たかもしれない生きる道~
マノンの母親は、娘のためにできる限りの手を打っていたはず。「マノンの強さと母の想い」では、そう推察しました。
ですから、いつか自分も一族も処刑されてしまったら娘はどうなるのかと、母親は考えていたと思うのです。
皆さんは、もしそうなった場合、マノンが生き残ればどうなったと思いますか?
グリザリカ王家の例からは、親子だからというだけで連座させられることはないことが分かります。
王女アーシュナは事件直後に堂々と第一身分に対し名乗りを上げているほどです。
だから本人に罪がない限り罰せられたりはしません。
けれど、身寄りがなくなってしまいます。
そうです。女性は孤児になれば第一身分の社会で生きる道があるのです。
もちろん第一身分が保護してくれれば、の話ですが。
港町リベールにいる第一身分の長といえばシシリア司祭です。
マノンの母親とシシリアとの間で当時、何があったのか。
今回はそれを探ると共に、皆さんが上司になってほしいと慕っているシシリアの人物像に想像を拡げてみましょう。
登場人物の設定や印象について、これが唯一の正解と断定するものでは決してありません。
どうぞ『処刑少女の生きる道』本編を読んで(あるいは視聴して)抱いた印象こそを大事にしていただいた上で「そういう上司像が好きなのかー」と楽しんでいただけたらと思います。
本編からあなたが精神で感じ、あなたの魂に定着した感想。それこそが、あなただけの純粋で大切な物語のはずですから。
この記事のネタバレ警告
今回は小説2巻までの内容に具体的に言及します。
コミカライズでは4巻26話まで、アニメでは12話までの展開をご存じの方は、安心してお読みください。
また、コミカライズ4巻単行本収録の書き下ろし短編小説『母娘』も参考にしています。(具体的な言葉を出すことは控えています)
シシリアは無能だったのか?
『陽炎』がマノンの母親を処刑した時のことを、シシリアはこう語っています。
当時から任地はリベールだったわけです。
皆さんは、シシリア司祭が無能とはほど遠いことをご存じのはずです。
対してリベールの『第四』の中枢メンバーは、かなり残念な印象です。
『迷い人』を確保したということを秘密にしておくことができたとは思えません。実際、子供たちさえもマノンが「期待外れ」であることを知っていました。
シシリアは情報を掴んでいながら、マノンの母親の存在を黙認していたと思われます。それはなぜでしょう?
そして、面と向かって無能と言われたことを、『陽炎』の弟子であるメノウに対して冷静に語れるのはなぜでしょう?
それらを説明できるかもしれない仮説を考えることで、過去に何があったか想像してみたいと思います。
まず、シシリアが情報を掴んでいたとしても、それは伝聞にすぎないことは、押さえておかねばなりません。
純粋概念を調べることができる水晶はグリザリカ王室にはありますが、リベールに取り寄せられるとは考えにくいです。メノウも小説1巻の冒頭では危険を冒してミツキの能力を確かめなくてはいけませんでしたからね。
突然現れた領主の新妻ですが、さすがに表向きには異世界人ではなく、第三身分から見初めたことにしたか、第二身分の出自を捏造し、元からメノウたちの世界にいた人間だということにしたはずです。
このあたりのノウハウというか、どうすれば第一身分が手を出せないかということを教えた存在がいたのではないかということも、コミカライズ4巻単行本収録の書き下ろし短編小説『母娘』では匂わされています。
そうやってリベール伯に「私の妻? 元からこの世界の人間に決まってるじゃないですか。妻のことを色々な理由で快く思わない身内の者が変な噂を流しているようで、お恥ずかしいですが」と言われると、シシリアは処刑人の派遣要請を断行できなかったと思われます。
身元が確かな第二身分ですら「実は異世界人だという情報がある」だけで処刑できてしまうとすれば、恐怖の魔女裁判が千年続いている世界になってしまいます。表向きには隔離だとしても、相手は領主夫人です。シシリアが特に優柔不断だという話ではありません。理知的で眼鏡が似合う彼女の部下になりたいとは思います。
そもそも、リベールの『第四』がハッタリとして「異世界人を確保したぞー。我々の組織は凄いんだぞー」と嘘を流布していて、本人はどこぞの町から拉致されてお飾りにされただけの善良な市民という可能性もあるわけです。
これはシシリア視点では確認できません。
それでは『陽炎』はどうして処刑を断行できたのかというと、次のうちのどちらかではないかと思います。
・ 本編中では描写されていないが、一度は純粋概念を使わせた。
・ リベール伯の妻が異世界人であるという確実な情報があった。
どちらであったかは、今のところ分かりません。
ただ「念のために殺してみたら、やっぱり純粋概念が発動しかけたので、結果オーライ」ということだけはなかったはずです。
なぜなら『陽炎』は、異世界人を匿っていた夫も、組織の人員にも、そして目撃者である娘にすらも手を出さず、メノウとお風呂へ行っているからです。
「念のために殺しておく。間違いや巻き添えがあったとしても、それは必要な犠牲」などと考えていれば、少なくともマノンやリベール伯あたりは殺されているはずではないでしょうか。
異世界人を匿っただけで「利用していない」なら関知しない。処刑人の仕事を見られても、本人が禁忌でないなら口封じのために殺したりしない。
ここまで徹底している『陽炎』が、マノンの母親だけは「試しに殺してみた」とは思えないのです。
無能と言われてでも貫いた良心
――というだけのことであれば。シシリアが単に「疑わしきは罰せない」「魔女裁判はダメ絶対」というだけで、マノンがすくすく育ち『陽炎』が立ち寄るまでの何年間も手をこまねいていたとすれば。
さすがに処刑人が「無能」と言いたくなる気持ちが分からないでもありません。人災化でもしたらリベールの無辜の住民はどうなっていたのかと。
そういう結論で腑に落ちるでしょうか。
シシリア司祭の部下になりたいと励んでいる、全世界の心は修道女の皆さん、納得できますか?
できませんよね。なので、もう少し想像してみましょう。
シシリアは、とっくにマノンを人質にとっていた。私はそう思っています。
つまりマノンの母親から直に、罪のない娘に身寄りがなくなった際の行く末を頼まれていただろうということです。
これはシシリアにとっても合理的な状況です。
先述の通り、知識を付けた上で純粋概念を使わない人物が本当に異世界人であるかどうかを判定するのは、実はかなり困難です。
しかし母親にとってリベールの教会こそが頼みの綱になれば、本当に異世界人であるかどうかに関わらず、シシリアや町を害するようなことはできないという結果が得られるのです。
この町の『第四』についても、トップは色ボケ状態、中枢部は「純粋概念は遺伝する」とか誤解しているポンコツっぷり。マノンの母親が一人で骨抜きにしてくれたと言っても良いくらいです。まるで魔性の女……ん? ま、魔?
ともかく、対応すべき組織が弱体化している状態というのは、下手に潰して末端の制御が利かなくなってしまうより都合の良いものでもあるのです。
こうしたシシリアの対応は禁忌ではありません。
異世界人を相手に対話をすること自体は禁忌ではありません。子供を作った夫ですら無実と判断されていますし、娘についても同様だからです。
その上で……第一身分である以上、シシリアも孤児です。母を失った子というものを、身をもって知っているのです。
ただ、こうした判断をしたことを、実際に異世界人であったという結果が出た後で『陽炎』に向けては言えなかったのだと思います。
それでも、自らの良心に反したことはしていなかったからこそ、シシリアは後年では冷静に振り返れているのではないでしょうか。
リベール城の夜会の段階では、アカリの同行を許すなど警戒が緩い印象がある点についても、マノン個人に対しては秘かに見守っているような心境であったからと考えると説明がつきます。彼女のお披露目パーティーですからね。
主犯であったことを知った後の心境を想像すると、やるせないですが……。
この台詞に――
この台詞を重ねると――
こういう言葉が見えてくる私は、精神が原色概念に浸食されてしまったのでしょうか。
もちろん、過去の真相やシシリアの内心について、未だに本編で語られてはいません。
それでも、母親の尽力こそがマノンの強い背景になったという考えは、不自然なものではないと私は思っています。
娘の行く末を想う親の気持ちほど、この世界で強いものはないのですから。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
複数回に分けてマノンの母親が生きた時代について扱ってみましたが、本編の主たる時間軸よりも過去の話であるため、想像によるところが多くなりました。
おそらくアニメ下巻の特典である書き下ろし短編小説「外伝 ―時計少女の廻り道― ”リベールにて”」では、本記事とは全く異なる事実が明かされることでしょう。
『処刑少女の考察道』が伝えたいことはただ、『処刑少女の生きる道』が「考察に値する物語」であるということなのです。
更新はTwitterでもおしらせします。これからも楽しんでいきましょう。
写真素材:イラストAC funboxphoto 様
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