11/7(木)「そんなのはあと20年ぐらいしてから考えりゃいい」

父がガンになってから色々考えることが多くなった。

以前、

こんなことを書いた。

「普通」に比べたら、親の死を考えるにはまだ少し早いのかもしれない。
実家をどうするかとかお金の問題とか色々。現実的な問題がついてまわる。

「家族の絆」みたいにベタなものはどうも性に合わなくて、あまり言いたくない。昔から人間関係においてベタベタな関係が好きではない。自分はいつも薄いベール1枚挟んで人と接している気がする。たとえ親であっても。
「家族」とは、たまたま縁の結びつきが強い人が集まってしまっただけぐらいに思っている。
あくまで自分は自分として一人で存在している、そんな感覚がいつもある。


ステージ4と言われたら、「死」の影がいやでもちらつく。
強いと思っていた父の見たことない表情、見たことない傷、そんなものに実際に接すると、私はいつまでも「子」ではいられないのだと思わされた。親を守っていかなければいけない。直感的にそう思った。
親と子という関係性は変わらないけれど、守り慈しむことに関してはいつかどこかで立場が逆転する時が来る。そういうものなのかもしれないと気づいた。


でも、ある人曰く、私の年だったら「そんなことはまだ考えなくていい」という。もっと先でいいんだよ、と。
なんとなく、それを聞いて安心した。「普通はそんなこと考えなくて良い年なのに、なんで私は」とかマイナスにも思わなかった。
その人が「まだ考えなくていい」と言ってくれたことが嬉しかった。

本当はもっと自分は自由でいていいのかもしれない。
自分の気持ち一つで、いろいろなものから許され、楽しむことができる・・・のかもしれない。

私のこの状況は変えようがないけれど、もう少し心に余裕ができたら私はそうできるだろうか。
そうしたい。できることなら。


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