【インタビュー】西本願寺で働く人たち/vol.5
声の響き、所作の一つひとつに神経を注ぎ込む
お勤めに真摯に向き合う式務部の仕事
式務部の役割
ーー高柳さんが所属する「式務部」は、どのようなことを行う部署なのでしょうか。
式務部は、平たく言うと世間一般でイメージされる「お坊さん」の仕事をする部署です。
西本願寺は大きな寺院ですので、実は一般企業と同じように人事部や財務部など多くの部署から成り立っています。
他部署の職員もお堂での勤行(ごんぎょう・お経を読むお勤め)や法要に参加しますが、基本的に中心となって仏事を行うのは式務部で、毎日の勤行や法要を執り行うほか、お堂の中の清掃も行います。
ーーどういう過程を経て、式務部に配属になるんでしょうか?
式務部に入るためには、特別法務員という資格が必要になります。特別法務員の資格を取るためには、勤式指導所(ごんしきしどうしょ)という学校に入り、まずは練習生課程で基本的な声明(しょうみょう)や作法一般について学びます。課程を履修したあとに実施する試験に合格すると「法務員」という資格が取れます。
その法務員の資格が取れると研究生入所試験を経て、研究生課程に進むことができ、所定の成績を収めると「特別法務員」という資格を取得することができます。研究生課程ではより高度な声明や、雅楽(ががく)も学びます。この「特別法務員」の資格は、式務部へ入るための受験資格として必須になります。
ーー西本願寺では雅楽も演奏されるんですね。
実は西本願寺の各種法要の始まりや終わりに、雅楽が用いられています。特別法務員になると必ず演奏する機会があるため、研究生課程に入る時に三つの楽器(龍笛:りゅうてき、篳篥:ひちりき、笙:しょう)の中から専攻を選びます。
ーー高柳さんの担当楽器は?
龍笛です。お寺の子の中には幼少期から雅楽を習っている人もいますが、私は全く経験がないところから始めたので、先輩に教わったり、雅楽の映像を見たりしながら習得しました。式務部に配属になってからも、みんな勤行などの仕事の合間を見て練習をしています。雅楽が用いられる法要はまた違った雰囲気になるので、ぜひ足を運んでいただきたいですね。
式務部の一員として
ーー高柳さんは、どうして式務部に入ろうと決意されたんですか?
実家は栃木県のお寺なんですけれど、お寺とは縁遠い生活をしていたので僧侶になる気もなかったんですよ。ですから大学では経済学を専攻して、一般企業に就職するつもりでした。でもいざ就活時期になって「お寺で生まれたのに、何も関わりを持たなかった」というのは少し気が引けるなと。そこで東京の大学に通いながら、築地本願寺の中にある「東京仏教学院」という夜間制の仏教学校に通って僧籍をとる資格を得ることにしました。
でもお勤めや法話の作法などの実践が少なかったので、いざ実家の手伝いをしようと思った時に困るかなと思って、西本願寺の勤式指導所で学ぶことにしました。ただその時は「1年間だけ京都で勉強して、それが終わったら東京で就職しよう」と思っていたんですよね。
ーー今年で西本願寺に勤められて…?
17年になります(笑)。最初は「実家の寺で卒なくお勤めができるように」ぐらいの浅はかな気持ちで入ったんですが、勤式指導所に入って、式務部の人たちと一緒にお勤めをするうちに、いつしか「かっこいいな、ああなりたいな」という思いが芽生えてきました。
声明や雅楽と真摯に向き合い、それを昇華している。大勢の僧侶がピシッと声量と音階を揃えて読経すると、お堂全体に美しく響き渡るんです。音の高さだけでなく響きを揃え、共鳴をしていく、倍音ができていく。その光景に圧倒されたんです。そこにプロフェッショナルを感じて、ここで経験を積むことが必ず自分の財産になると思いました。
ーー式務部として、どのように経験を積んでいくのでしょうか
式務部に配属になってからまずは「承仕(じょうし)」と呼ばれる役割を担い、お堂の隅々まで清掃をしたり、お勤めに必要な準備をするなどの経験を積みます。法要ごとの荘厳(しょうごん)などを徹底的に学びます。その後に「讃衆(さんしゅう)」という役になり、人前に出てお勤めをしたり、雅楽を披露することができます。さらに熟練した者は「知堂(ちどう)」という役になりお勤めをリードしたり、雅楽の主管(主奏者)を担います。
※荘厳…お堂やお仏壇のお飾りのこと
人の前で声を出す、楽器を演奏することは本当に大きなプレッシャーがかかり、緊張してしまうものです。大切な法要だからこそ、失敗すれば厳しい意見をいただくこともあります。承仕として過ごした日々は、完全に裏方に徹する大変さはありましたが、この時間があったからこそ、式務部の一員として役割が果たせるようになったのだと思っています。
ーーどのくらいで一人前になれるのでしょうか?
私は未だに一人前になれたとは思っていません。ずっと勉強、勉強ですね!
一年の汚れを落とす御煤払い
ーー式務部が担当する行事の一つに「御煤払い(おすすはらい)」があるとお聞きしました。どういった行事なのでしょうか?
毎年12月20日にお堂の煤を払い、掃除をする行事です。平安時代から行われていた宮中行事が起源で、民衆にも広まったと言われています。西本願寺では、第8代・蓮如上人(れんにょしょうにん)の時代に煤払いが行われていたという文献が残っているんですよ。
90cmほどある煤竹(すすだけ)と呼ばれる棒で畳を叩き、ほこりを舞い上がらせて、大きなうちわで扇ぎ出します。ご門徒(信者)さんをはじめ、西本願寺の門前町のお店の方など毎年500人ほどが参加されます。
式務部は、主に内陣(ご本尊を安置する場所)を担当します。普段は動かせない重たい仏具も運び出し、本当に何もないまっさらな状態で1から清掃します。下積みのときから「ゴミが落ちていれば必ず拾いなさい。仕事のできる承仕の袂(たもと)には、いつでもゴミが入っているものだよ。」と言われ、一番大事なのは掃除だと教えられてきているからこそ、御煤払いは大切な行事なんです。
ーー初めて参加した時、どのようなことを感じましたか。
早朝のまだ暗いうちから掃除を始めて、だんだん太陽が昇ってくると、朝日が途中からお堂の中に差し込んできます。舞い上がったほこりに光が反射して、キラキラ光るんですよ。ほこりなのに不思議ときれいだなと感じたことを覚えています。
参加者の方が一斉に畳を叩くので、ものすごい量のほこりが舞うことに驚きましたね。「塵も積もれば」という言葉もありますが、毎日掃除していても汚れはたまってしまうもの。だからこそ、より心をこめて隅々まできれいにしないとと思わせてくれる行事です。
僧侶が推す!京都のおすすめスポット
ーー高柳さんがおすすめする西本願寺の楽しみ方を教えてください。
西本願寺では「お西さんを知ろう!」という僧侶がガイドとなって境内を案内するツアーを実施しているんですが、これがとても好評なんです。日によって担当する僧侶が変わり、それぞれの視点から西本願寺を案内してくれます。初めて西本願寺に来訪される方には、おすすめですよ。
ーー西本願寺の周辺で、おすすめのスポットがあれば教えてください。
参拝をした後にぜひ立ち寄ってほしいのが、西本願寺の西側にある通りを超えて細い路地に入ったところにあるコーヒースタンド「GOOD TIME COFFEE」です。観光地と違って静かで落ち着いている場所にあるので、ゆったり過ごせるんです。町家をリノベーションした建物で、縁側でコーヒーを飲むこともできます。ホットサンドや季節のフルーツサンドもおすすめですよ。