【インタビュー】西本願寺で働く人たち/vol.6
歴史を後世に引き継ぐために。
西本願寺の文化財を守る、財産管理の仕事。
仏像好きが高じて僧侶の道へ
ーー僧侶になったきっかけを教えてください
私は実家がお寺というわけではなく、純粋に仏像とお寺が好きだったことからこの道に入りました。奈良大学の文化財学科で学んでいたんですが、当時は就職氷河期でなかなか就職先が見つかりませんでした。そんなときに学部のある先生が「僧侶を募集している奈良のお寺があるぞ」と紹介してくれて。その際、恩師であるゼミ担当の先生に相談しました。結局そのお寺とはご縁がなかったんですが、恩師の先生も僧侶だったのでうちの寺で僧侶になったらどうかと声をかけてくれたんです。
ーー好きが高じて、僧侶の道に入られたんですね
そうなんですよ。兵庫県の尼崎にある恩師の先生のお寺に所属して僧侶になりました。先生が亡くなられてしまい、先生のご子息にいろいろと教えていただきながら得度(とくど)させていただき、2001年から西本願寺に勤めることになりました。
ーー最初から、内務室<財産管理担当>の所属なんですか?
2001年4月から財務部(当時)の所属となり、飛雲閣(国宝・ひうんかく)などの文化財公開を補助したり、消火用ポンプの燃料の管理をしたりしておりました。内務室<財産管理担当>に異動となる前の3年間は、浄土真宗本願寺派の社会部<社会事業担当>として勤務していました。いわゆる社会福祉に取り組む部署で、社会部の中にも更生保護、高齢者福祉、障がい者福祉、児童福祉などの取り組みがあります。
その他にも矯正教化活動と言って、刑務所等の矯正施設へ赴き、収容されている方の宗教的要求に応えるために、施設内で宗教活動をしている「教誨師(きょうかいし)」という役割を担う僧侶もいます。そうした僧侶の活動を支え、取り組んだり、施設への仏壇の寄贈や修復などの支援も行っています。
刑に服している方に対して、宗教者が話を聞く、教えを説くということは平安時代から始まっているとも言われています。災害時には炊き出しを行い、病気や飢えで苦しむ人に救いを施すということもはるか昔から、お寺で行われていたこと。社会部での経験を経て、お寺の原点を見つめ直すことができました。
財産管理の仕事
ーーそのあと、現在の内務室<財産管理担当>に配属になったんですね。財産管理とは、どのような仕事内容なのでしょうか?
わかりやすく言うと、西本願寺の所有する建物や文化財を「修復するための事務作業」を行う部署です。国宝や重要文化財になると、文化財保護法に基づき、事前の届出が必要となるなど、こちらで勝手に修復することはできません。まずは京都府の文化財保護課にどのように修復するかを確認し、寺社建築の業者に予算などを相談します。業者が決まれば、修復作業を行うスケジュール、進行具合などを把握し、それらに則って作業が行われているかを確認します。
西本願寺では毎日法要や行事が行われているため、作業ができる時間が限られていたり、何百年も前に建てられているので、必要な材料がすぐには揃わないこともあります。
ーー特に大変だったことは?
伝道院(重要文化財)の修復を担当したときは、なかなか大変でした。廊下の床材に使われているリノリウムがヨーロッパのあるメーカーの製品だったのですが、メーカーが現存していることが判明したので工期に間に合うように空輸してもらいました。
幸いにも建物の建築は、今なお続く竹中工務店に請け負っていただいたことです。「100年前もうちで担当しているなら、今回も」ということで、ご協力いただきました。当時の記録が残っているのはありがたいですよね。もちろん100年前と同じ資材が残っているわけではありませんが、それに近いものを調べて、最もベストなものを揃えていただいています。
ーー建材に関する知識やリサーチする力も必要なんですね
それと、国宝や重要文化財を美術館に貸し出しをすることもあるので、関連する手続きも行います。美術館や博物館から申請が来て、貸し出しをするかどうか有識者を招いて審議する会議を開きます。貸し出す文化財の状態や、連続して出品されていないかなど、さまざまな条件で審議されます。大規模な展示の時は、なかなか大変です。全国に国立博物館が4つあるんですが、そこへの出展を担当したときには大きな達成感を感じました。無事にやり遂げられて、嬉しかったです。
ーー大変な分、やりがいも大きそうです
そうですね、たくさんの方に西本願寺の持つ文化財の素晴らしさをお伝えしたいという思いで仕事に励んでいます。『日本建築集中講義』という本の取材で、建築家の藤森照信さんと絵師の山口晃さんに書院(国宝)をご案内したことがあるんですが、「竹檜(たけひ)の間」(通常非公開)にご案内したときに、山口さんが「とても美しい!」と感動してくださって。やはり文化財の良さをお伝えできた時は、すごくやりがいを感じますね。
現世を忘れて見る、西本願寺の姿
ーー山本さんがおすすめする、西本願寺の見どころを教えてください。
一番思い入れがあるのは、自分が修理を担当した御影堂門(ごえいどうもん)ですね。江戸時代のある本によれば、御影堂門は形が妙絶で、京都第一と記されています。平成21年3月までの2年3カ月にわたる修理で、その美しさを取り戻した後に重要文化財に指定されました。修理中には、屋根裏の傷んだ木材を取替え、門扉を追加で修理するなど、苦労が絶えなかったです。
初めて来山された方には、ぜひ国宝である唐門(からもん)を見ていただきたいですね。見事な彫刻に見惚れて、日が暮れるのを忘れることから「日暮らし門(ひぐらしもん)」とも呼ばれているんですよ。
時代と共に機能的で美しい装飾が施され、それがだんだん華美な装飾が施されるようになるんですが、唐門が造られた時代はちょうどその移行期にあたります。ですから唐門は、建造物としての美しさ、装飾の美しさの観点から見ても、調和のとれたベストな建造物だと言われています。
ーー特に注目すべきポイントは?
唐門と書院の間の空間は、実は江戸時代からほぼ変わっていないんです。唐門の北側エリアを西から東の方角に見ると、昔の時代に戻ったような感覚になるんです。看板など現代にあるものを目線から外して、その空間を見つめると…むかし、むかしにタイムスリップできます。文化財を見るときはその空間に身を委ねるというか。現世を忘れて見るのがおすすめです。
例えば畳があって座れる場所なら、正座をして見る。現代って、立ち振る舞いが西洋と変わらないと思うんですよ。だから所作も昔の人に倣って、その空間に身を置いてみると、その時代の空気が何となく感じられる。
「竹檜の間」も好きな場所のひとつです。明かりを消して、薄暗い中で壁をみると金色がきらきらと輝き、美的な体験ができる。江戸時代の作品ですから、当時は自然の光の中で見ていたんだろうと思うんです。
「竹檜の間」は通常非公開なので、皆さんに見ていただくことは難しいのですが、建造物や作品を見る時は、少しばかり当時の状況を想像していただくと、いつもとはまた違った感覚で楽しんでいただけるんじゃないでしょうか。