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お堂をきれいに、心もきれいに。掃除を通じて自分のあり方を見つめる

西本願寺には「念仏奉仕団」と呼ばれる清掃活動があります。戦後、荒廃した西本願寺を「なんとかお堂を守らなくては。きれいしなくては」とご門徒(信者)を中心にして自主的に清掃活動を始め、現在まで続いています。

現在は、1泊2日や、半日バージョンがあり、ご門徒だけでなく、一般の方も参加可能。阿弥陀堂・御影堂や飛雲閣など国宝を清掃するという貴重な体験をすることができます。清掃のあとは、僧侶ガイドのもと、普段は非公開になっている書院や能舞台などを見学し、ゆっくりとお茶をいただく体験もできます。

今回は念仏奉仕団の半日バージョンを、西本願寺統括クリエイティブ・ディレクター・原田 朋(ともき)さんが体験。清掃活動を通じて、原田さんは、どのようなことを感じたのでしょうか。

左がクリエイティブディレクターの原田朋さん

「誰かのために」想いを込めて行うお掃除

まずは参加者が阿弥陀堂に集まり、開会式を行います。開会式といっても堅苦しい雰囲気のものではなく、職員から掃除場所などのレクチャーを受ける時間になります。「みなさん楽しみながら清掃に取り組んでくださいね」と声をかけられ、場の空気も和んだ様子。

司会を行うのは、参拝教化部の僧侶

その後は一人ひとりに雑巾が配られ、阿弥陀堂内の清掃がスタート。広いお堂を手分けして清掃を行います。何度も参加されているご門徒の方がたは、手慣れた様子で障子や柱などをお掃除されていました。

しばらくして原田さんに声をかけると

原田「一見汚れていないように見えるんですが、畳をふいていくと汚れがとれるんですよ」と雑巾を見せてくれました。とても広いお堂ですから、しっかり掃除していてもやはり汚れはたまるもの。

途中、横一列になってみんなで雑巾がけを行いました。職員から「一番早くゴールできるのは誰でしょう!」と掛け声もあり、皆さんまるで学生の頃のように、イキイキと掃除されていました。

今度は縁側を清掃。長い年月を積み重ねてきた木の年輪を見ながら木の床を磨いていると、「歴史上の人物もここを歩いたのだろうか…」と想像が頭の中を駆け巡ります。

阿弥陀堂・御影堂の縁側には、動物や植物などをかたどった埋木(うめき)によって、節穴や亀裂が埋められています。「ここに富士山の形がありますよ」と声をかけられ、見てみると…!

見事な富士山の形の埋木を見つけることができました。他にも茄子や鷹、銀杏などさまざまな形の埋木があります。「どんな形があるのかな」と埋木を探しながら掃除をすると楽しいですね。

阿弥陀堂を清掃したあとは、渡り廊下から御影堂へ。御影堂では清掃しながら、普段入ることができない内陣側に入り、須弥壇(しゅみだん・本尊を安置する場所)を間近で見ながら清掃することができます。

両堂合わせて40分ほどの清掃時間でしたが、あっという間に感じたと原田さん。

原田「掃除をすることに集中していたら、すぐに終わりの時間がきていました。無心でひとつのことに取り組めて、とても気持ちよかったですね」

掃除を通じて湧いてきたのは「誰かのためにきれいにしたい」という想い。

原田「私は『誰もが、ただ、いていい場所。』というタグライン(※)をつくったんですが、これは西本願寺が誰もが自由にお参りでき、様ざまな想いを持ち寄って過ごせる場所だということを表しています。
観光で来られる方だけでなく、中には家族との別れや自身の悩みを持ってお参りされる方もいます。そのような悲しみや辛さを持つ方たちがここに来たとき、少しでも気持ちよく過ごしてほしい。畳の埃をとり、柱を磨きながら、そんな想いが湧いてきました」

※タグライン(ブランドのメッセージを端的に表現したもの。ブランドのロゴやマークに添えられる一行)

自然美が施された西本願寺の書院

清掃のあとは、お坊さんに案内してもらいながら、通常は一般公開されていない書院や能舞台などを見学することができます。竹林のなかで群れ遊ぶ虎が描かれている「虎の間」や、現存する最古の能舞台「北能舞台」などを見学させていただきました。

書院は、対面所と白書院に大別でき、対面所の西側に雀の間(すずめのま)、雁の間(がんのま)、菊の間などの小室があります。 白書院の北側には装束の間があり、対面所と白書院のあいだに納戸が二室、両書院の周りに狭屋があります。

西本願寺HPより

原田さんが特に気になったのは、鴻の間(対面所)に施された仕掛け。鴻の間は、かつて本願寺住職がご門徒と対面する場所として使われていた場所。鴻の間の向かい側には南能舞台が建てられており、この場所から能を観覧することができます。

実は能舞台には立派な松の絵が描かれているのですが、鴻の間の外で見ると薄暗く、どのような絵が描かれているのかはっきりと見ることができません。しかし、鴻の間の中から見ると…松の姿がはっきりと見えるんです!

南能舞台

原田「ご住職が座る一番奥の位置から最も美しく見えるようにと、光の加減などを考慮して建てられているとお聞きし、驚きました。今ではデジタル技術があるので容易に表現できますが、当時は限られた環境、材料の中で表現していたわけです。改めて先人の技術力やアイデアの素晴らしさに、感動しました」

南能舞台では、親鸞聖人の誕生を祝う宗祖降誕会(しゅうそごうたんえ)にて5月21日に祝賀能が披露されます。ぜひご参拝いただき、どのような絵が描かれているかを確かめてみてくださいね。

書院をぐるりとまわったあとはお抹茶をいただきます。

お抹茶と一緒にいただいたのは、門前町にお店を構える亀屋陸奥(かめやむつ)の銘菓「松風(まつかぜ)」。原田さんにとって松風は、幼い頃の想い出が詰まった懐かしい味です。

原田「叔母が西本願寺の職員だったこともあり、小さな頃はよく西本願寺に来て境内で遊んだりしていました。お抹茶と松風をいただきながら、そんな当時の記憶を思い出していました」

亀屋陸奥の銘菓「松風」

クリエイティブ・ディレクターとして言葉やデザインなどを創出する原田さん。書院を始めとする文化財をめぐり、インスピレーションを受けたと話します。

原田「僕ら現代人は、抽象的な絵画や幾何学的なデザインとして“美”を表現することも多いと思うのですが、西本願寺の中に描かれている絵は、自然の描写がメインなんです。虎や雁などの動物たちが自然の中に佇む様子、道端に芽吹く草も含め、自然の美しさが表現されていると感じました。
つまり、西本願寺に招いた人を、自然の美をもってもてなしているんですよね。西本願寺の美に触れながら、私自身も、改めて自然の美しさを見つめ直したいという気持ちになりました」

400年の歴史を絶やさず、守り続けたい

1時間ほどの見学を終えたあと、御影堂で法話を聞き、閉会式を行います。これにて「念仏奉仕団〜半日バージョン〜」は終了。改めて参加した感想を原田さんにお聞きしました。

原田「西本願寺と仕事をさせていただくようになってから、頻繫に参拝するようになり、幼いころは感じていなかった400年の重みを感じるようになりました。この地に400年あり続けることが、どれだけ大変なことなのか、今の自分なら分かるからでしょうね。
だからこそ、掃除をしながら次の100年、200年残していくために何ができるんだろうということを考えていました」

幼い頃から西本願寺と慣れ親しんできた原田さんだからこそ、感じている変化もあると言います。

原田「幼い頃はいつ来ても境内に人がたくさんいて、にぎやかだったんです。昭和の時代は、お寺がもっと身近な存在だったし、その関係性も代々受け継がれていました。でも今では僕らの世代でも、お墓参りぐらい。だんだんとお寺との関係性が薄くなってきています」

このままでは、お寺が存続できなくなってしまうのではないだろうか。西本願寺に関わるようになり、改めてその存在の大切さに気がついたという原田さん。今回の活動を通じて、より一層「護っていきたい」という気持ちが強くなったそう。

原田「これまで培ってきた経験を活かして、現代と西本願寺を『繋ぎ直す』というのは、僕にしかできない奉仕だと思います。昔の言葉だけでは伝わりきらないものを、現代の人にも分かる言葉に直して伝えることで、もう一度かつてのように人々が集う西本願寺にしていけたらと思っています。
この奉仕団の活動も、自ら参加することで、400年の歴史に触れるという経験ができるとても貴重な体験だと感じました。もっと多くの人が興味を持ち、参加してもらえるような形にしていきたいですね」