
1万円で何をする? ①
5時間目のチャイムが鳴った。
お昼休みの後はいつも眠い。秋子は目をつむって机に突っ伏したまま、教室のガヤガヤした音を聞いていた。
おしゃべりの音、笑い声、イスがガタガタする音、机の上で何かしていたり。
そんな音をぼーっと聞いているのが、秋子は好きだった。
突然、音が止まった。
(どうしたんだろう?)
秋子は気になって顔を上げた。
すると、教室の前の方、ドアから入ってすぐの所に、見たことのないおじさんが立っていた。
(え、誰?こんな先生いたっけ?)
一瞬考えたけどやっぱりこんな先生はいないし、そもそもどう見ても学校の先生には見えなかった。
そのおじさんは、シャツも、ズボンも、靴も、着ているものが全部真っ黒で、コナンに出てくる悪の組織の人みたいだった。
そんな格好でニコリともせずに教室の中をじーっと見ているものだから、みんな固まってしまって、声も出せずにいた。
いつもうるさい恭平も、さすがにびびっておとなしくしている。
嫌な沈黙が続いて、誰か何とかしてよと思っていたら、「悪い悪い」と言いながら担任の山本先生が入ってきた。
「今日から総合の時間を担当して頂く、西田先生です」
山本先生によると、黒ずくめのおじさんは西田という名前で、そして、全然そうは見えないけど、先生だった。といっても小学校じゃなくて大学の先生、大学教授ってやつらしい。
経済の専門家で、わたし達にお金について教えてくれるとのことだった。
「西田です。よろしく」
おじさん、じゃなくて西田先生は、相変わらずニコリともせずに話し始めた。
「今、山本先生が言われた通り、僕は大学で経済の研究をしています。経済と言うと難しく聞こえるかもしれませんが、簡単に言うと、世の中の人達がお金をどう使うか、ということです」
「そもそもお金とは……」
それから西田先生は黒板に色々書きながら何かをしゃべっていたけど、秋子には難しくて何を言ってるのか分からなかった。
真面目に聞こうとは思っても、訳のわからない話が5分、10分と続くと、退屈になってくる。
お昼休み後の眠気もあって、秋子はつい、「ふぁ〜」と大きなあくびをした。
あくびが終わって目を開けると……
(あ、やばい)
西田先生とおもいっきり目が合った。
しゃべるのをやめて、じーっと秋子を見ている。
(絶対怒られるやつだ……)
やってしまった、と思ったけどもう遅い。
秋子は覚悟を決めた。ところが。
(え?)
秋子は目を疑った。
西田先生は怒るわけでもなく、逆に、ニヤリと笑ったのだ。
そして、きょとんとする秋子を尻目にこう言った。
「退屈な話はこれ位にして、本題に入りましょう」
西田先生は服のポケットの中に手を入れて何かを取り出した。
それは財布だった(やっぱり財布も真っ黒だった)。
財布の中からお札を1枚取り出す。
一万円札だ。
「ここに1万円があります。私のお金ですが、これを、5年2組の皆さんに差し上げます」
教室がざわついた。
どういうこと?とみんな顔を見合わせる。
「この1万円を、このクラスのために使ってください。その使い方を考えるのが、私の授業です」
<続く>
登場人物紹介
・月島 秋子(つきしま あきこ)
本作品の主人公。小学5年生。真面目な性格だが、逆に考えすぎてぼーっとしていることが多く、周りからはそう思われていない。
・笹本 恭平(ささもと きょうへい)
秋子のクラスメイト。いつもうるさいらしい。お調子者で、クラスのムードメーカー的存在。
・山本先生
秋子のクラスの担任の先生。28歳男性。温和な性格でなめられ気味だが、生徒思いの良い先生。
・西田先生
大学教授。経済学が専門。ポリシーで、身に着けるものは全て黒。モデルはロボット研究者の石黒浩先生。