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ぬくもりを覚えている

…ウエッティなタイトルだけど…漫画の話

子供の頃読んだ漫画=北斗の拳のセリフの中に「人は愛ゆえに苦しまねばならぬ、愛ゆえに悲しまねばならぬ。なのになぜお前は愛を背負おうとする?」という敵キャラ(=サウザー)問いに対し。

「苦しみや悲しみだけではない。お前はぬくもりを覚えているはずだ。」と主人公ケンシロウが答えた場面。

多感かつ人間的包容力の欠如した高校生の頃にこのセリフに触れたので、その他大勢の雑魚キャラについては悪に染まった事情を斟酌せずに瞬殺するのに敵のボスキャラに対してはえらく寛容だな?という(笑)…特にサウザーについては私の贔屓のキャラ=シュウを惨殺した敵役だったのでムカっとした記憶があるが。

30年以上経過した今、高校2年生の時に週刊少年ジャンプで読んだ漫画のセリフに教えられている。

愛犬を失った悲しみ。死にむかって確実に歩みを進めていることへの苦しみ。…そして失った今の気持ち。

記録の中の愛犬は、とても元気で我ら飼い主を愛してくれていて。我ら飼い主も愛しているのはよくわかる。家の廊下を全力疾走したり。大好きな歩道橋の階段を駆け上がる姿など、思い出そうと思えばいつでも思い出せるのだが。

でも、今は「失った気持ち」ゆえ、悲しみや苦しみの気持ちの方が勝る。

でも、それでも10年以上、一緒のベッドで寝ていた身として…どこかでぬくもりは覚えている。感情ではなく身体に染み付いた記憶。愛する存在の体温を、体毛の感触を、寝息を、体臭を…そばに感じて眠っていた記憶=幸福とするならば、悲しみや苦しみの記憶だけ残っているわけじゃない。

愛犬はすでに「お骨」になってしまった。そこからぬくもりをもらうことはできないけど、我が肉体のそこかしこに愛犬のぬくもりの記憶は残っている。その記憶を大切に。忘れぬよう今日も生きていこう。

「漫画なんかくだらない!」…昭和時代の大人は漫画を読む子供を馬鹿になる!と言って叱っていたが。52歳にもなって16歳の頃に読んだ漫画のセリフに少し救われることもある。

心の引き出しに何かを入れて持っておくことの大切さを感じている。

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