「家庭」という社会 第1子と第2子以降で能力の違いはあるのか?
この資料も十分日の目を見なかった資料である。
2023年に作成した。分科会が残り10分というところで順番が来てしまった。今,思えば翌日回しにも出来たのかなぁ。
● はじめに
「鬼滅の刃」という作品を知っていますか?
吾峠呼世晴と言う作者の作品で『週刊少年ジャンプ』誌上で2016〜2020年に連載されました。舞台は大正時代,主人公の少年は家族を鬼に惨殺され,生き残った妹も鬼にされました。妹を元の人間に戻すために修業を重ねて,仲間と力を合わせて鬼を退治する物語です。テレビアニメや映画化もされたので知っている人も多いと思います。
作中には印象に残るセリフがあります。「全集中の呼吸」は総理大臣の国会答弁にも使われるほど流行しました。
その中で気になったセリフがありました。物語の最初の方で,主人公の竈門炭治郎が「俺は長男だから我慢できたけど 次男だったら我慢できなかった」と言うのです。〈えっ,ここで長男?〉と論理の展開に一瞬戸惑ってしまいました。現在,公の場で「俺は男だから我慢できた」とか「俺は日本人だから我慢できた」などと言えば,いろいろと問題になります。
でも,作品の時代背景が家父長制度の強く残っている大正時代だから,長男の地位は高かったわけです。長男は早くから家の手伝いをして,兄弟がいれば下の子の面倒を見ていました。現代でも兄弟げんか等では〈お兄ちゃんなんだから…〉と我慢させられることがあるのではないでしょうか? そのため,長男は〈責任感〉や〈我慢強さ〉に優れている・・・というイメージを多くの人が持っていたから,このセリフが問題とならなかったのでしょう。
2020年に映画化された「無限列車編」でも,強い責任感とリーダーシップを発揮して活躍した煉󠄁獄杏寿郎は長男でした。一方,その弟・煉󠄁獄 杏寿郎には甘えた感じの性格付けがされています。多くの人は「長男」に強さと責任感を思いうかべるのでしょう。
● 2023年ワールド・ベースボール・クラシック
ところで,この春(2023年),野球の国際大会ワールド・ベースボール・クラシック(略称,WBC)が行われ,日本代表が優勝したことでたいへんな盛り上がりを見せました。彼らの中に長男はどれくらいいたでしょうか? 国際大会で活躍した彼らの家庭環境について興味を持ち,気になって調べてみました。みなさんはどう思いますか? 長男が多かったと思いますか? それとも,普通だったと思いますか? むしろ,長男は少なかったと思いますか?
有名スポーツ選手でも家族は一般人です。家庭環境は個人情報であり保護されるものです。それでも活躍するとインターネット上で話題になり,SNS等で知られてしまいます。これらネット情報には怪しげなものも多数あります。それを元に調べたので,半ば信用できない怪しげな話として聞いて下さい。
● 「多い」「ふつう」の基準は彼らが産まれた年で
すぐに気がついたのですが,「多い」とか「ふつう」はどうやって判断をしたら良いのでしょう?
選手の半分が長男だったとして,それは「多い」のでしょうか? それとも「ふつう」なのでしょうか?
そこで彼らが産まれた頃の出生状況について調べてみました。厚生労働省の人口動態調査のでは出生順位別の出生数も調べています。その年に生まれた子どもが母親にとって初めての子か?(第一子か?) 二人目の子どもか?(第二子か?)と調べているのです。データはすべてwebページで見られます。男女の区別をしていません。たとえ,長男であっても母親がすでに女の子を産んでいれば,「第一子」になりません。この調査を元にするので,今後は「長男」「次男」ではなく,「第一子」「第二子」と呼ぶことにします。
WBCに選ばれた選手31名の平均年齢は26.5歳でした。(初戦時の年齢)そこで,彼らの産まれた頃…1995年について調べてみました。この年の出生数は118万7064人です。
【質問 1】
1995年に産まれた118万7064人のうち,第一子はどれくらいいたと思いますか?
ア,半分よりも多い。(55%以上)
イ,約半分。(45〜55%)
ウ,半分よりも少ない。(45%以下)
● 約半分が第一子
1995年生まれの第一子は56万4964人で47.6%を占めていました。正解はア(約半分)でした。
【質問 2】
それでは,WBCに登録された31名のうち,第一子はどれくらいいたと思いますか? 1995年の47.6%と比べて多かったと思いますか? 少なかったと思いますか?
ア,多かった。(17名以上)
イ,同じくらい。(14〜16名)
ウ,少なかった。(13名以下)
ア,○○○○○○○○○○○○○○○○○・・
イ,○○○○○○○○○○○○○○・・
ウ,○○○○○○○○○○○・・
● 第一子が少なかった侍ジャパン
私の調べた結果は次のようになりました。
第一子 7名(23%)
第二子 17名(55%)
第三子 6名(19%)
第七子 1名(3%)
正解はウ(少なかった)になります。
● サッカーでは?
昨年(2022年)はサッカーでも大きなイベントがありました。FIFAワールドカップ・カタール大会です。日本代表は優勝経験のあるドイツ・スペインを予選リーグで破って,ベスト16まで進出したのです。こちらも大変な盛り上がりを見せました。
【質問 3】
日本代表に登録された選手は全部で26名です。このうち第一子で生まれた選手はどれくらいいたと思いますか? 1995年の47.6%と比べて多かったと思いますか?少なかったと思いますか?
ア,多かった。(15名以上)
イ,同じくらい。(12〜14名)
ウ,少なかった。(11名以下)
ア, ○○○○○○○○○○○○○○○・・
イ, ○○○○○○○○○○○○・・
ウ, ○○○○○○○○○・・
● サッカーでも少なかった第一子
私の調べた結果は次のようになります。
第一子 8名(31%)
第二子 8名(31%)
第三子 10名(38%)
● 女性のスポーツ選手は?
今までのスポーツは男性に偏っていました。女性のスポーツ選手はどうなのでしょうか? そこでオリンピックの金メダリストで調べてみました。
2022年には冬季オリンピック北京大会がありました。その半年前の夏には延期されていた東京オリンピックもありました。日本人選手は冬季・夏季合わせて30種目で金メダルを獲得しました。団体で獲得した種目があるので,全部で69名の選手が金メダルを手にしました。そのうち女性は29名です。
【質問 4】
女性金メダリスト29名のうち,第一子で生まれた選手はどれくらいいたと思いますか? 1995年の47.6%と比べて多かったと思いますか? 少なかったと思いますか?
ア,多かった。(17名以上)
イ,同じくらい。(14〜16名)
ウ,少なかった。(13名以下)
ア,○○○○○○○○○○○○○○○○○・・
イ,○○○○○○○○○○○○○○・・
ウ,○○○○○○○○○○○・・
● 女性も少ない第一子
私の調べた結果は次のようになります。
第一子 5名(17%)
第二子 16人(55%)
第三子 6人(21%)
第四子 1人(3%)
第五子 1人(3%)
正解はウ(少なかった)です。
男性金メダリスト40名についても調べてみました。
オリンピックでは野球でも金メダルを取っています。野球についてはWBCで調べてあるので,野球で取った24名をのぞいた16名で調べてみると次のようになります。
野球代表の 24 名は WBC とは違う選手が選ばれており, 重複しているのは9名です。24 名の内訳は次のようになります。
● 家庭と言う社会における立場
第一子はスポーツに向いていないのでしょうか?
〈運動能力は第二子以降が高くなる〉とは遺伝的に考えられません。育った環境だってきょうだいに差があるとは思えません。第二子以降が目立つのは何が違うのでしょうか?
これは家庭と言う社会における立場の違いだと思いました。
競争をするのであるのなら,最初にスタートした方が優位です。第一子は最初に産まれることで写真や記録などがたくさん残ります。それだけ親の期待を受けて育ちます。
家父長制度の強かった時代ならば,家の財産や特権は第一子が引き継ぎます。第一子が女子であっても,その後男子が産まれなければ婿養子をとることで家の財産や特権を守ることができます。結婚ができるのは長男と女性の時代がありました。家を引き継げない第二子以降の子は優秀な成績を修めて婿養子をねらうしか結婚することができませんでした。現在ではそういうことはありません。誰でも結婚できる社会になりました。スポーツだって第一子であろうと第二子以降の子であろうとできます。
しかし,第一子と第二子以降が競争すれば,当初は第一子が優位だったはずです。第二子以降の子にとって,どうしても勝てない相手が第一子で,最初に意識する競争相手でした。
両親の期待に応えようとスポーツに取り組む第一子と〈第一子に勝ちたい〉と思って取り組む第二子以降の意識の違いがありました。スポーツの世界は勝負事であるため,競争意識の強さが重要なのかもしれません。第二子以降の子は先行する第一子を見て,良いところをマネて,失敗をさけて要領良く(?)育っていくわけです。
「鬼滅の刃」の作品中でも不死川玄弥は第二子です。彼にとって兄である不死川実弥の存在は大きなものでした。兄に憧れ,少しでも追いつこうと行動します。
逆に,いつのまにか自分よりも優秀になった弟・継国縁壱に嫉妬する兄・継国巌勝(黒死牟)の姿もあります。読者はそうした姿に共感をするから,作品を受け入れて読んでいるのだと思いました。
そんなことを考えると,明治期の日本を思いうかべました。 欧米に比べると日本は遅れていました。それを自覚して,早く追いつきたいと近代化をしました。英国が200年,米国が100年掛かったことを50年でなしとげたのです。
追いかける時には先頭を走る1番をマネすれば良いです。進む方向ややり方が分かっているからです。日本は欧米と言う手本があったので,短期間で世界の列強の仲間入りをしました。この明治期の日本の姿勢が,第一子を追いかける第二子以降の子どもと重なったのです。
● 先頭の生き方
このことを話題にすると,〈では,第一子の立場はどうなるのか? 第一子が活躍する分野があるのか?〉と言う反応があります。気にするのも当然です。第二子がいるということは必ず第一子がいることになります。人数としては第一子が多いのです。
スポーツの世界ならば〈競争意識の強い者が勝つ〉のは仕方がないです。しかし,それがすべてだとは思いません。〈他人に勝つ〉よりも,自分の好きなことを見つけて夢中になる生き方があるはずです。
明治期の科学者たちがすべて欧米への競争意識で研究をしていたわけではありません。例えば,小倉金之助(1885〜1962年)です。彼については板倉聖宣さんが『かわりだねの科学者たち』(仮説社,1987年)で紹介しています。
彼は現在の山形県酒田市にある回漕問屋の生まれです。一人息子=第一子なので,小さいときから〈早く家を継いでほしい〉と期待されながら育ちます。そのため,出世を考える必要もなく,自分自身の興味のために勉強しました。他人と競争する意識はありません。「国語はつまらないから勉強しない」と教科書も買わなかったそうです。
現在(2023年),朝の連続テレビ小説「らんまん」では牧野富太郎(1862-1957年)をモデルに作られています。彼の生涯も小倉金之助さんと似ています。家は造り酒屋で唯一人の跡取りとして育ちます。しかし,学校にも行かず植物に夢中になって独学で知識を身につけました。
一人っ子として育った小倉や牧野は競争相手を意識せず,自分の興味関心を優先して行動していたのです。今後,少子化が進んだ社会では,競争原理では動かない人が多くなると予想するのですがどうでしょうか? それはなかなかおもしろい時代だと思います。第一子は先駆者として道をひらけば良いと思います。