「メタ酔い」
三猿ベイベー:day 21
前回までのあらすじ
いろいろあったが、三猿ベイベーとはおそらく、この文体のことであった。noteに小説を書くのには慣れていないが、私にはこの書き方しかできない。少年漫画のような熱い展開を書くこともできない。綺麗なストーリーを考えるのもできない。書いた後に添削もしない。ひたすら書き散らかし、書き残していくしかない。
とはいえ、「文体」に名前をつけるのはあまり一般的ではない。普通は小説や、詩にはタイトルがつく。何故、「文体」には名前がつかないのか。それはおそらく、人の文体はそうそう変わらないからであろう。さらには、「文体」は自然に繰り出されることが理想的とされている面がある。その人が自然に書いて、その人らしい文体を作っている。だから、夏目漱石といえば文体も含めて夏目漱石なのであり、わざわざ文体だけを切り離して語ることはあまりない。
しかし、私にとって「文体」は自然なものではない。ダンスや演技のように、パフォーマンスの中で生まれるものである。だから、「三猿ベイベー」を書くためには私は精神と体の状態をある特定の形に持っていかなければならない。「今から三猿を書く」という気持ちで臨む。それでやっと「三猿ベイベー」が書ける。私にとって「文体」とは、演目や曲という概念に近い。そして、それはある程度の形を持っていながら、演奏されるたびに有機的に形を変える。ダンサーは踊るたびに「踊り」に命を宿らせる。ミュージシャンはライブで曲を演奏するたびに、曲をその場に合わせて生き生きと蘇らせる。
蘇らせる?
いや、最初から死んでなどいないだろう。楽譜の形で記録された音楽はむしろ殺されている。活字の形で記録された言葉は殺されている。私は、書きながら矛盾を抱える。生き生きと書きたいのに、どうしてか活字を残さなければならない。どうやったら、言葉を演奏できるのか? 言葉を生きたまま書くことができるのか? その一つの希望は「言葉」を書くのではなく、言葉を書こうとするのではなく、「文体」で書くことだと私は思う。(あらすじここまで)
「だってよ。」
石田が言う。
「はいはい。」
舞がスマホを見ながらいう。
「つっこまねえのかよ」
「だって、いつものやつやろ。」
「いや、つっこまねえと始まらねえから。」
「はあ……。しゃあないな。」
舞はソファーから立ち上がると、首を回して深呼吸した。
「なんやねんこれ!」
バイクの音がする。道路に響く低音。白い影が走る。ヘルメットの奥には、凛とした目。道の先を見る。この小説にバイクが登場するのは、筆者の憧れによる。何故か知らないが、いつか小説を書くのならバイクを登場させたいと思っていた。かっこいいからである。しかし、筆者はバイクに乗れない。怖くて乗れない。それに、おばあちゃんが小さい頃に「バイクは危ないから絶対にのっちゃダメ」としつこく言ってきた思い出がある。しかし、小説の世界なら別である。
徳川光乃。
もちろん、その名の通り彼女はかの徳川家康の末裔である。江戸幕府が無くなった後も徳川家は続いている。もちろん、これはフィクションなので、実際の「徳川家」の方とは無関係である。
彼女は訳あって名前を隠している。その「わけ」とは永遠に書かれないかもしれないし、どこかで打ち明けられるかもしれない。この小説の特性上、書かれない可能性が大いにある。
いずれにせよ白バイに乗って、スピード違反の車を追いかけている間の彼女は「葵」という名前で通っている。普段はのほほんとして、舞につっこまれることが多いが、バイクに乗っている間の彼女はちゃんと警察官として職務を全うしている。
今は、目の前を走る黒いスピード違反車を追いかけていた。車は、葵の追跡を振り切ろうとスピードをさらに上げる。葵はサイレンを鳴らし、追いかける。市中で猛スピードの逃走劇が繰り広げられる。
スピード違反の車を追いかけ回すのは、あまりいいことではない。無理にスピードを出されると事故を引き起こす可能性がある。本来ならば、警察は違反車に気づかれないように追尾するそうだ。わざわざサイレンを鳴らして追いかけるのではなく、違反している車に近づいて「違反です」と伝える。
しかし、光乃の場合「追いかける」ことが好きなので、ついサイレンを回して「そこの車、止まりなさい!」と叫んでしまう。
今日もそんなふうに違反車と、追いかけっこをしているうちに夕方になった。
「お疲れ様でーす」
汗を拭きながら葵が警察署に戻ってくると、部下や同僚も「お疲れ様です!」と敬礼する。葵も笑顔で敬礼を返す。ヘルメットを外すと、「じゃあね〜」と手を振って更衣室に消えていく。
「葵さんだけ、なんで5時上がりなんですかね。」
「いいだろ。なぜかそう言う仕組みなんだよ。」
部下たちが、後ろ姿を見てつぶやく。
葵の警察署での振る舞いは、確かに変だった。縦社会のはずの警察だが、葵だけは階級に囚われずに誰とも普通に話している。上司も「葵」と言う名前を聞くと黙って彼女の振る舞いを認めてしまう。とは言え、葵の方もただ好きでバイクに乗っているだけなので、周囲もやがて考えることをやめてしまう。
警察の仕組みはよくわからないので、ここら辺のやりとりは全部カットしたいぐらいだが、仕方なく書く。警察の仕事は公務員とは言え、流石に9時〜5時では済まないだろう。しかし、葵の場合だけ特例が許されていて、夕方5時になれば白バイを降りて警察署から退勤する。
警察署から出ると、空はオレンジ色に光っていた。
「ていうか、このくだり、必要なのかなぁ〜」
葵はひとり呟きながら、夕方の空を見る。
「ああ〜。舞ちゃんがいないと誰もつっこんでくれないし。早く帰りたいなぁ。帰り道のシーン、カットされないかなぁ〜」
と呟いているうちに、いつもの小物屋の前についていた。店の明かりの向こうには、ボクとハルが行儀良くレジカウンターに座っているのが見える。
「ただいま〜」
葵がドアを開けると、2人の顔が安心したようにゆるむ。
『光乃さん。おかえり。』
「おかえり。」
この2人に迎え入れられると、葵は「徳川光乃」に戻る。外の顔を脱ぎ去って、元の姿に戻る。
……ここまで書いてきてなぜか、気持ち悪い気分になってくる。光乃が中心の視点で書くと、何を書いていいのかわからない。それに、なんとなく場面転換してバイクに乗っているシーンを書いたが、特に何も起こらなかった。メタ的な記述を書きすぎると「メタ酔い」が起こってくる。自分の書いているものが一体なんなのか、つまらないのか、面白いのか自分でもわからなくなってくる。
「あ、大丈夫?」
光乃がこちらを見て心配してくれた。
「じゃあ、事務所にカメラ切り替えた方がいいんじゃない? 舞ちゃーん!」
光乃が手を振ると、視点が事務所に切り替わった。
「……」
舞がスマホを見ながら、ソファーにもたれている。正面には、石田。ソファーに寝そべって、沈黙している。
「なんだよこれ。」
石田が言う。
「……知らん。」
「つーか、方針転換して行き先を見失ってるよな。」
「さあな。アタシ、小説のこと全然知らんし。」
「いや、でもさ。筆者が戸惑ってたら、俺らどうなるんだ?」
「知らん。まあ、普通に生活してればええんちゃう?」
「なんで、お前はこうも能天気なんだか。」
「はあ? 別にええやんか!」
「だって、『普通に生活する』って言ったって俺たちがどうやって生活しているのかまだはっきり書かれてねえじゃねえか。」
「だから知らん! 考えるな!」
「考えるな? じゃあ、あの時みたいにボールでも投げて過ごすのか?」
石田が言っているのは、筆者が小説を考えるのがめんどくさくて、彼らにひたすらボールを投げ回させた回のことである。
「いや、知らんけど。そのうちどうにかなるんちゃうか?」
「……知らねえぞ。俺は。」
石田はそう言ったきり、また黙って深く息を天井に向かって吐いた。
舞もため息をしてスマホを見たまま、ため息をついた。
夕食担当はどうやら光乃のようである。午後7時で下の小物屋が閉まるまで店番をして、それが終わると事務所にやってきて鍋などを振る舞う時もある。それが面倒な時は商店街の中華料理屋「龍」に行く。
「何も起こらへん。暇や。」
舞がそう呟くと、事務所のドアが叩かれた。舞は不思議な顔をして、ドアを開けると光乃が立っていた。
「暇なら、わたしが何か起こしてあげよっか?」
最後までお読みくださりありがとうございます。書くことについて書くこと、とても楽しいので毎日続けていきたいと思います!