幸せは歩いてこない。しかし、過ぎ去ってゆくものでもない。
僕は公民館の園芸部で知り合ったナオさんと出会って、メタセコイアを育てながら、子供も育てることにしたのだった。
しかし子供を育てるといっても、初めての子供なのだから全く見当がつかない。だから、それぞれの両親にインタビューをして、自分たちをどう育てたのか取材する計画を立てた。
次の休日に、ナオさんと母に会いに行った。実家に帰る道は、ナオさんにとっては初めて通る道だ。そして、結婚式の日のようにナオさんは、化粧をして綺麗だった。でも笑顔はいつも通りで、それが一層素敵だった。
ナオさんに会ってから、母はうろたえて、お茶をこぼしたり、湿気ったお煎餅を出してしまったりした。
「いやいや、ハルキにこんな人が」
こんなにうろたえている母を見るのは初めてなのだが、悪い方に悩むよりは良いかと思い、静観していた。ナオさんは、笑いながらお茶を拭いたり、お皿に乗ったお煎餅をちょっとかじって、「これでも美味しいですよ」ときれいに微笑んだ。
「ハルキさんって、どんな子供だったんですか」
ナオさんが母に聞いた。
二十年以上一緒に過ごしていたのに、母の口から出る言葉は、僕にも想像がつかないものだった。
「そうだねぇ。手のかからない子だったわね。」
母は応えた。
どんな答えが返ってきても、僕には意外だっただろうけど、心配ばかり掛けたと思っていたのに、「手のかからない子」と言われて、僕は拍子抜けしてしまった。
「図鑑を見たり虫の観察をしたり、工作をしたり、主に一人で何かに夢中になっている時間が多かったのよ。だから、おとなしくていい子でしたよ。」
「分かります。」
僕よりもナオさんの方が冷静に受け答えしていて面白かった。
「そうだ、写真見る?」
母は席を立って、奥の部屋に行った。僕は、自分の実家にナオさんと二人きりで席に着いているのが不思議だった。何やら初めてのことが起こっているみたいだった。
母が持ってきたアルバムには、小さい頃の僕の写真がたくさん詰まっていた。家族で旅行に行ったときの写真。父と母と、僕と、弟が映っている。海の前でみんな笑顔だ。そういえば、そのときは、母が通りすがりの旅をしている大学生みたいな人に、家族の写真を撮ってほしいとお願いをしたのだった。
スマートフォンの自撮りのような構図ではなく、まっすぐに家族を捉えた構図だった。
ナオさんはずっと微笑みながら、僕たちの家族の写真を眺めていた。僕と母は、この写真が撮られている瞬間がほとんどすべて、どの瞬間をとっていたのか分かる。だから、解説をするたびに、ナオさんはへぇ。と興味深そうに笑っていた。
気がつけば、夕ご飯の時間になり父が帰ってきた。僕は、ナオさんのことを紹介した。父は、ああ、とただ息をしただけなのか、深く感嘆したの寡欲分からない声で反応した。
食事のときも楽しかった。ご飯を食べて、二人でアパートに帰った。
「家族になるって、いろいろなことがあるね」とナオさんが感心していて、僕は、幸せだった。
あの、母が持ってきた写真。あれは、ずっと家族の幸せを見返された日のために、とっておいてくれたのだ。幸せは歩いてこない、という歌があるけれど、歩いて行った先に、幸せはずっと僕たちを待っていてくれていた。だから、過ぎ去るものでもない。ただ、僕たちのペースで、それに近づいていけたらいいのだと思った。