ただある、それだけで一つになる②
祈りとは『意を宣る』と聞いていた
ただこれだけじゃ不十分だった
祈りとは『意を宣り、意に乗る』こと
私であり、私を明け渡すこと
とことん私をこだわり、
とことん私をなくすこと
この両面が必要。
この微妙なさじ加減、塩梅
ここを読み取るために
手放して手放してときていたの
思ってる以上に人は持ちすぎた
モノのことだけじゃない
情報も、地位も、変なプライドも
そんなに持ってたんじゃ
読み取れないよ。
そして今、
まだ社会は持つことが良しのように作られている
変わっていってる途中。
だから、社会から離れて
自分に今に集中する必要がある
そのために
モノを減らすの
人付きあいを減らすの
情報を減らすの
スマホの時間減らすの
そして自分に今に集中するということは
力を入れることではないの
力をぬくこと
両面だけといわず
すべての面を許すこと、受け入れること
①の記事の5円玉のように、
それらはただあるだけなんだ
いろんな思考、概念
付け足さなくていい
そのまま丸っと受け入れて
5円玉は、
裏を受け入れたところで
表は表
表を受け入れたところで
裏は裏
そして、表と裏で5円玉
表と裏がなくなるわけじゃないし
5円玉、一つである
調和して融合する