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「科学的根拠」という枕詞について

最近の書店では「科学的根拠がある」と書かれているハウツー本をよく見かける気がします。
ダイエットや習慣づくり、勉強法など、多種多様な目的を達成するメソッドを紹介する時に、その方法が有効である根拠として論文や大学・研究所の実験結果を引用するわけです。
YouTubeの動画などでも、「こういう実験結果が出ているから、これは効果がある」という言い方をする人がいますね。

こういったハウツー本や動画において、この「科学的根拠」という枕詞はどのような印象を期待して使われているのでしょうか。
また私達はどのような解釈を意識的・無意識的に行っているでしょうか。

(最初に言っておきますがこれはハウツー本等でよく使われる言葉の話で、一般的な科学的根拠というものについて論じたものではありません)

「科学的根拠がある」=「再現性がある(?)」

個人的には「科学的根拠」という言葉に期待されているのは「再現性がある」という印象を与えることだと思っています。
つまり「誰でも同じようにやればうまくいく」と思わせることが狙いなのではないかということです。
同様に情報の受け手側も、「自分も同じようにやれば同じ結果が得られることが保証されている」という印象を持つのではないでしょうか。

科学において再現性は重要です。
「同じ条件で同じ実験をすれば同じ結果が得られる」ということはは、体系的な理論を組み立てるためには欠かせないことだと思います。
(ここでは科学とはなんぞや、といった話は置いておきます)

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しかし、だからといってそういったハウツー本で紹介されている方法で誰もが期待した結果が得られるのでしょうか。
例えば科学的根拠がある、と書かれた本で紹介された食事法を取り入れてもダイエットが必ず成功するとは限らないのではないか、と思うのです。
それが筋トレでも勉強法でも記憶術でも同様です。
(まあ筆者が実際にやって失敗したことがあるだけなのですが)

このギャップはどこから来るのでしょうか。
ここでは、「科学的根拠」がまともである場合について考えてみます。
つまり実験のやり方が真っ当で、実験結果は改ざんされておらず、実験結果の解釈も順当であるということです。
このような前提で、科学的根拠はまともなのになぜうまく行かない場合があるのかについて述べていきます。
今回は2つほど理由を考えてみました。

1. 再現性が期待できるほど条件を揃えられない

当然のことなのですが、再現性を期待するのであれば、引用元の実験と条件を十分に一致させる必要があります。
これが大抵の場合ほぼ無理です。

なぜなら大抵のハウツー本では、どのようなグループで実験したか、そしてどのような結果が得られたかばかりを紹介しているからです。
実験がどのような条件で行われたかを詳細に述べている本は少ないです。
まあハウツー本で実験の詳細な条件を紹介しても仕方ないですから、当然といえば当然なのですが。
(翻訳本は実験に関する記述がやや多い傾向があるように思います)
引用元の論文を参照すればより細かい情報は得られるでしょうが、それでも同じ条件を揃えるのは簡単なことではないでしょう。

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そもそもハウツー本や動画で紹介されるような具体的方法は、基本的に実験結果から帰納的に導き出された方法であることがほとんどです。
つまり、そもそも実験と同じ条件で行う方法を紹介していないのです。
(その「帰納的」の部分がかなりいい加減なこともあります)
なので「この行動が重要因子っぽいので、これやっとけば効果あるだろう」くらいのものでしかないのです。

ある結果をもたらす重要因子は一つとは限りませんし、他の条件と重なることで効果が現れる因子である可能性も十分あります。
その他の条件が違っていれば、違う結果になる場合があるのは当然です。

更に、仮に条件が揃っていたとしても同じ結果が現れるとは限りません。

2. 実験結果が示すのはグループの傾向

ハウツー本で引用されるような実験は大抵の場合、ある程度の人数で構成されたグループに対して行われます。
そのグループに対して行った実験の結果、統計的にどういう傾向が見られたかを示すのです。
この勉強法は統計的に有意な差が確認できたとか、この食事法で何割の人間に期待した効果が現れたとか、そんな感じですね。

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この「傾向」というのが曲者で、その「傾向」があると示されたグループに所属しているからといって、そこで示された「傾向」が全て自分に現れるとは限らないのです。

例えば80%の人に効果があった、みたいな実験結果をもとにしたテクニックがいくつか紹介された本があったとします。
大抵の人は「80%も効果あるなら自分もいけるだろ」とか考えるでしょう。
しかし、ここでは以下のような2つの勘違いが起こっています。

1. 自分に当てはめた時の確率を80%でなく100%のように考える
2. 全ての方法が全ての人に効果があると考える

順に見ていきましょう

2-1. 80%でも外れるときは外れる

こういう時、大抵の人はなぜか「自分は20%側には入らないはず」と簡単に思い込んでしまいます。
仮に条件が十分に揃っていることを想定しても、80%は80%です。
外れる時は外れるのです。

「外れる時は外れる」を実感したい人はファイアーエムブレムとかXCOMとかスパロボとかをやると良いかもしれませんね。
相手がザコ兵士でも必殺の一撃を食らうことはありますし、闘技場では相手の必殺が1%でもあれば降参しておくのが安定なのです。

ともあれ、「自分が常に多数派と同じ結果になる」という思い込みには気をつけたほうが良いでしょう。

2-2. 実験結果が示すのはグループの傾向でしかない

まず実験結果が示しているのがグループの「傾向」である、ということについてを改めて考えてみましょう。

ジェンダーと脳という本がとても参考になるのですが、全体の傾向を見たときの印象は個人に着目した瞬間に大きく変わるのです。
この本では男性脳・女性脳と呼ばれるような分類が可能であるか、ということについて論じています。

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この本によると、脳の特定の領域を複数箇所比較すると、男性・女性それぞれによく見られる特徴というものが確かに存在するようです。
この領域は男性の方が小さいことが多い、といった感じですね。

しかし全ての男性的・女性的特徴を備えた「完全な」男性脳・女性脳はかなり少なかったようです。
つまり、男性・女性というそれぞれのグループにはある種の傾向をいくつか発見できたが、その特徴全てを満たす人はほとんどいないということです。
男性の方が小さいことが多い領域が全て小さく、かつ男性の方が大きいことが多い領域が全て大きい、という男性は実は少数はだったのです。

これと同じように、「ある傾向が見られた」という実験結果が複数あったとして、その傾向全てに当てはまる人というのはそれほど多くないのではないかと思うのです。

ちょっと雑ですが具体例を考えてみます。
80%の人に効果があると紹介された方法が5つあったとして、その本を読んだ五人の人が全ての方法を実際にやってみたとします。
その場合、以下のような結果になるかもしれないわけです。

       Aさん  Bさん  Cさん  Dさん  Eさん
方法1  ✕   ○   ○   ○   ○
方法2  ○   ✕   ○   ○   ○
方法3  ○   ○   ✕   ○   ○
方法4  ○   ○   ○   ✕   ○
方法5  ○   ○   ○   ○   ✕
          [○:効果あり ✕:効果なし]

まあ実際はこんなにまんべんなく結果が現れたりしないでしょうが、この例のように「全部の方法が有効な人が、実際に試した人の中に一人もいない」なんてことも普通にあると思うのです。
もっと言えば、全部効果がない人だっているでしょう。

これは雑な例ですが、こんな感じで「80%なら自分もいけるだろ」とは実際にはいかないのではないかと思うのです。
(頭が悪いことがバレそうなので、細かい確率の計算はやめておきます)

「科学的根拠」との付き合い方

ハウツー本に限った話ですが、「科学的根拠」という紹介は自分に効果があることを保証してくれるわけではない、という話をしてきました。
では「科学的根拠がある」という言葉とはどのように付き合っていくべきなのでしょうか。

まず基本的に、個人の勘や経験論だけで書かれた方法論よりは多くの人に効果のある方法だと考えることはできると思います。
ただ「あなた」が試した時に効果があることが保証されていないだけです。
筆者がこれまで書いてきた記事で提案してきた方法よりは、よっぽどしっかりとした検証が行われているでしょう。

なので「目標があるけど、どういうやり方から始めれば良いか全然わからない」という場合、取っ掛かりにするには筋が良い方法かもしれません。
また、「根拠がある方法でやっている」ということが自信になり、行動を後押ししてくれるかもしれませんね。

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いずれにせよ「何かをやってみる」ということの助けになるような使い方はできるのではないかと思います。
無警戒に信用するのは避けたほうが良いと思いますが、全く意味がないということは無いでしょう。

まとめ

ハウツー本やハウツー動画における「科学的根拠」は、情報の受け取り手に効果を「保証」してくれているかのような印象を与えます。
しかし実際にはそんなことはなく、うまくいかない時はうまくいきません。
失敗の可能性ばかり見てもいけませんが、完全に目を背けてもいけません。

なので「科学的根拠があるからこれさえやっとけば大丈夫」みたいなのは話半分に聞いておいたほうが良いと思います。
信じたくなるのはわかりますが。
これさえやっとけば大丈夫、というのは非常に楽ですからね。

しかし、やってみて効果がないときに挫折したり、意味のないことを延々と続けることになってしまうリスクを考えると、あまり健全とは言えない状態だと思います。
万人に効果のある万能な方法など無いと思っておいたほうが良いでしょう。

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なので「科学的根拠」は行動に移りたい時に役立つかもしれないが、「これさえやっとけば大丈夫」と何も考えなくても良くなるようなものではない、というところが程よい付き合い方ではないでしょうか。

効果があるかはやってみるまでわからない、というのは何事もそうです。
結局は自分に効果があるかは、自分で試すしか無いのです。
あなたについて検証を行う人は、基本的にあなたしかいませんから。

では、またいずれ。

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