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葉隠の里から⑥ 憲法9条改正―2項改正か?自衛隊明記か? 「自衛隊明記」こそ、安倍首相の遺言だ! 彌吉博幸/コラムニスト(「日本の息吹」令和5年7月号掲載)

彌吉 博幸(やよし ひろゆき) コラムニスト (佐賀市在住)
地元FMラジオなどで情報発信しています。葉隠の里から世の中のあれこれについて語りたいと思います。

◆安倍晋三元首相の功績

 一年前の令和4年7月8日、安倍晋三元首相が銃撃され亡くなりました。正に痛恨の極み、持って行き場のない悲しさ、悔しさに押し潰されんばかりの気持ちとなりました。

 安倍元首相の功績は枚挙に暇がありません。新教育基本法や憲法改正のための「国民投票法」を制定、防衛庁を「省」へ昇格させ、北朝鮮に拉致された日本人を救出するための「拉致問題対策本部」もつくりました。日銀による大規模金融緩和等で経済の再生をはかり、「特定秘密保護法」「安全保障関連法」等の国防上の重要な法律も次々と制定、国際的には「自由で開かれたインド太平洋構想」を提唱し、自由陣営のリーダーとして中国などの覇権主義に対抗しました。


安倍晋三元首相 (イラスト/熊谷美加)

◆政治家の二つの資質

 私は、安倍氏は政治家として大事な二つの資質を持っておられたと思っています。

 まず一つ目は、目指すべき目標をきちんと把握しておられたことです。「皇位の男系継承や伝統的な祭祀が守られる制度」、「外敵や自然災害から国民を守れる制度」、「家庭家族が守られる制度」等の構築整備や「拉致問題」、「領土問題」の解決、「デフレ脱却」等がこれに相当するでしょう。

 もう一つは、着実に手順を踏んで、これらの実現のために前進することができる人であった ことです。

 我々保守派は、我々と考えの近い政治家に喝采を送ります。「あの議員は、はっきり言ってくれて気持ちがよい!」という声をよく 聞きます。それはそれで大事ですが、どんなに立派なことを言っていても、もし出来もしないことを今すぐ実現できるかのように主張しているのであれば大問題です。この点安倍氏は、正しい目標をきちんと把握しているだけではなく、手順を踏んでこれに近づいていく政治家であったと思います。

◆「国民の会」への期待

 例えば憲法9条の問題です。9条の現在の条文をそのまま残して、「国と国民を守る組織としての自衛隊」の存在を明記する一項を追加するという案を示されたのは、他ならぬ安倍晋三氏でした。当時、9条改正については「陸海空軍等の戦力保持を禁止した9条2項の全面改正が必要」との意見が主流で、安倍氏の提案は全く新しい内容でした。安倍氏は、「勿論2項改正は正論だが、その案では憲法改正の発議に必要な衆参両院の全議員の三分の二の賛同を得ることができない。であるならば、公明党を含めた他党が賛成に乗れる形で改憲し、自衛隊の違憲状態を一刻も早く解消しなくてはならない。憲法の他の不備な点は、機が熟せば、順次改正してゆく」というお考えだったと思います。

 この案が最初に発表されたのは平成29年5月3日、読売新聞の紙面と、日本会議が事務局を担う「美しい日本の憲法をつくる国民の会」(櫻井よしこ・三好達・田久保忠衛共同代表)の行事においてでした。政府や自民党の行事ではなく、何故安倍氏は「読売新聞」と「国民の会」でそれを最初に発表したのか? おそらく「読売」は、発行部数最大の新聞だからでしょう。では、「国民の会」は?

 会のある役員はこう解釈しました。「安倍首相は我々に、保守派の意見をまとめてくれとおっしゃっているのではないか」と。 安倍氏の9条改正案の前に立ちはだかるものは、左翼やリベラル派ばかりとは限りません。保守派から反対論が出る可能性もあるのです。すなわち、「自衛隊明記だけなら、平成 24 年の自民党憲法改正草案より後退している」「2項を削除しなければ自衛隊は軍隊になれず、ネガティブリストで行動できない。こんな改正ならもうやらない方がよい」という意見が保守派から出て、国民投票で「自衛隊明記」に反対票が投じられ、その結果、僅差で改正が実現できない危険性もあるのです。私がもし、中国やロシアの諜報機関の責任者であるなら、善意の保守派も巻き込んで「安倍案なんか実現しても意味がない!」という主張をドンドン宣伝するでしょう。安倍氏は、このような事態を危惧して、保守派の意見をまとめてくれるように「国民の会」に期待されたのではないでしょうか。

◆「自衛隊明記」の重要な意義

 憲法学者の大部分は「自衛隊は違憲の疑いがある」と主張し、大学でも公然とそのような授業を行っています。左翼諸セクトは、自衛隊の基地や駐屯地の周辺で、「自衛隊は憲法違反!」と書いた大きな横断幕を掲げて情宣活動をしています。命をかけて任務に従事している自衛隊員に対し、日常的に罵詈雑言を浴びせているのです。

 そもそも現在の自衛隊は、憲法に設立の根拠となる規定がなく、「自衛隊法」や「防衛庁設置法」等の単なる法律に基づいて存在しています。要するに国会で、出席議員の単純過半数の賛成があればこれらの法律を改廃でき、自衛隊をいつでも廃止できるのです。このような理不尽、不安定な状態を一刻も早く解消しようと安倍氏はお考えになったのだと思います。憲法に自衛隊の存在を明記すれば、 これらの問題は一気に解決されます。

 勿論、憲法に自衛隊が明記されても「陸海空軍その他の戦力は一切保持しない」という憲法9条2項が残るので、自衛隊の扱いは以前と同じく警察組織に似たような性格になります。しかしさしあたっての課題である「グ レーゾーン事態」への対処としては、織田邦男氏(元空将)や百地章氏(国士舘大学客員教授)らが指摘されているように「自衛官職務執行法」の制定や「マイナー自衛権」に基づく自衛隊法への「領域警備規定」の設置でかなりカバーできます。

 「自衛隊明記」は安倍氏の遺言です。必ず成就しなければならないと思います。

※日本国憲法第9条2項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

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