08 生物は進化する
栗ーチャーは、突然、倍になる。どのようなメカニズムなのかは依然として不明のままだ。
今後の展開予測は、人により様々だった。
「栗ーチャーが、指数関数的に増えているではないか」
「倍々ゲームだな」
「栗ーチャーが10回増えると、1024倍になります。2の10乗。これがどれほど恐ろしいことなのか、みなさまお分かりになられますか?」
「バイバイゲームだな。この星から」
「うるさい、だまれ」
「ヤツらが増えるには、元となる原料が必要なはずだ。質量保存の法則もある。何を原料にして増えているかわからないが、やがてそれが尽きて止まるだろう」
「もし、その原料が、酸素や石油だったらどうする?」
「栗ーチャーが球状に分布して増えるとすると、その表面の増速はすさまじいことになるのではないか? ソニックブームを発生させる程に」
「待て、チョビヒゲ。奴等は独自にモゾモゾと動く。静止したMANJUであれば球が大きくなるだけだが、複数のコロニーに分散しながら……」
「この星より大きくなっちゃったりして」
「……俺の話の途中だ! 割り込むな。ヤツらは動くのだから、それぞれのコロニーができ、それが分散しながら増殖していくわけだ」
「覆(おお)われるわね……地表が」
「その先だ。検体群ボックス26の観察では、栗ーチャーが層状に分布していただろう? PUYOPUYOのようにどんどん積まれる。そうしたら……」
「栗MANJUが、地表を包むパイの皮になるわね。あたしたちはその具になる」
「そのパイの皮の厚さが、指数関数的に増大していくのだ」
「楽しい未来図ですな」
「栗ーチャー五回分裂、星滅亡のサインか」
「HAHAHA. 星をまるごと食べる巨人でも出てきたらもっと面白いのだが」
「これはSF小説ではない。現実だ。くだらない妄想はやめろ!」
ロックフォード上長の一喝で、テーブルは鎮まった。
「ブンタ、検体の数の調整、ちゃんと管理しているんだろうな?」
「は、はい。コロニーの検体OMJの数が16に達する毎に、テスト用の1を残して15を処分するようにしています」
「どうやって? 焼却では死なないんでしょ?」
と言って、イヴァンカ女史は立ち上がった。
私ではなく、ロックフォード上長が返事をした。
「その通りだ。資料の276ページを見ろ。奴等は火では殺せない。まるで、火への耐性を手に入れた進化生物のように」
「まさにクリーチャーね」
「どうやって殺すんだ? 食うのか?」
「バカが。食ってどうする」
「お前は食うことばかりだな」
「うまいもの食わなきゃ生きてる意味ないだろうが」
「……お前と同様のことを考えた研究者が、東棟に居たんだが」
「ほう、食ったのか? OMJを」
「……ああ。15体の処分担当のヒロとゲイリーが」
「はは、勇気あるな。うまかったか?」
「いや、死んだよ」
「は?」
「死んだよ。増殖したOMJに、腹を突き破られてな」
「ゴッド」
「なんてこと!」
皆一様に、色めき立った。
「コーノード博士が言っていたよ。『ヒロは、OMJに敵認定されたのだ』ってさ」
「敵認定?」
「OMJが嫌がる何かをしたらしい」
ヒロの顛末を私は知っている。ヒロと私は東洋系という共通点もあり、ヒロのところの娘と、うちの息子であるカナタとを一緒に遊ばせたりもしていたからだ。ヒロの家族には、葬式の時に会った。しかし、なんと声をかけてやれば良いかもわからなかった。
体内の消化酵素が、栗ーチャーの増殖を抑えるのだろう、という消化酵素仮説。栗まんじゅうに擬態した生物ならば、まんじゅうと同様に処理する、すなわち胃で消化する。そのような手筋は、東洋出身者なら誰しも第一に考えるだろう。
しかし、あの検体はそんな甘い存在ではなかった。味の話ではない。厳しいという意味だ。宇宙の酷悪な環境にも耐え、大気圏降下の摩擦熱を突破してきたのだから、胃酸程度の悪環境への耐性は備えていてもおかしくない。
目の下に隈のできたロックフォード上長が、皆に言った。
「奴らに消化酵素は効かないんだよ。いや、消化酵素への耐性を獲得したらしい、と言うのが、より正確な現状の理解だが」
「モンスターじゃねぇか」
「その通り。火も消化酵素も効かない。やつらを止めるには……その中のコアを潰すしかない」
「コア?」
「ああ。ブンタの功績で、検体OMJの中にはコアとなる寄生生物(パラサイト)が居ることがわかった。クリムシンと名付けられた生物だ」
「クリムシン」
「マロンの中にいる虫に似ているから、そう名付けられた。今わかっている対処方法はただひとつ。クリムシンをOMJの中から引き出して、そしてこの、緑色の液体をぶっかける」
「なんだそれは?」
「グリーンティから抽出した成分に、放射線を当てて、変異させたものだ。コーノード・チャカテキン博士が開発したアンチ・クリムシン薬さ」
「ティ? コーノード博士、コーヒー党だったはずなのに」
「嗜好と研究成果は関係ない」
「念の為、君らにも配っておこう 」
意匠も簡素な、スプレー式のボトルが、ロックフォード上長の美人秘書から手渡された。口元に黒子のある秘書だ。
「俺達が持っていて、意味あるのか? この施設の検体は完全管理なんだろ?」
「まあな。確かに施設は完全管理だが、念のためだ」
所員は皆、不思議がったが、とりあえず受け取った。
箝口令後に入った所員は知らないのだ。この検体がどのようにこの施設に持ち込まれたか。あの流星群の生き残りであるという事実を。
その事を知っている者達は、「これは何本配給されるんだ?」「補充はどうしたらいい?」と、神経質な程に質問をしていた。
私はもちろん、チャカテキン博士の開発した、液体の入ったスプレーを受け取った。
自衛のために。
たとえ何があったとしても、家族を守るために。
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次回(最終話):2のn乗のまんじゅうこわい
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