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01 英雄(ヒロ)の食事会

(まんじゅう怖い、まんじゅう怖い)

 緊張の一瞬を迎えていた俺に、禿げ上がった筋骨隆々の研究員、ゲイリーが声をかけた。
「まだためらってるのか、ヒロ」
「ああ」
「MANJUって言うんだっけか? お前の国の食い物に例えると。ソレだと思い込めば大丈夫だ。思考は現実化し、ソレはMANJUになる」
「はあ、そんなものかね」

 食べた。

 モサモサとして、ほのかに芋のような匂いが鼻腔に広がった。
「意外にいけるな、これ。甘すぎることもなく」
「ほう」
 血色の良い、ヒゲ面研究員のゲイリーは、白い液体の入ったカップを俺に差し出した。
「飲むといい」
 ミルクだった。
「ん」
 俺はそれを拒絶した。近くに配置された水サーバーから、紙コップに水を入れて2杯飲んだ。
「乳製品が苦手なのは知っているだろう?」
「乳製品じゃない。この白いのは、乳そのものだ」
「乳そのものもダメなんだよ、バカか」
「HAHAHA」
 悪友のゲイリーは口を歪めていた。

 今俺が口に入れたのは、まんじゅうそのものではない。
 言わば、まんじゅう2.0。細い足でモゾモゾと動く、まんじゅう、のような新種の生物。

 昔の文化では、『おどりぐい』と言って、生きたままの食材を食べる習慣もあったらしいが、やはり、気持ちの良いものではない。また、かつての時代の資料によると、生きたままのパンが「さあ、俺の顔を食え」と迫ってくる、そんなクリーチャーも居たらしい。イースト菌ではなく、パンが生きているのだった。体の中に餡を仕込んでおいて、腹を押すとその餡が顔に向かって広がり、充填される。そして、貴重なエネルギー源である餡を、毛穴から鼻から、武器として噴射する。そんなクリーチャーが。恐怖が100倍どころの話ではない。

 そんなとんでもない奴と比べたら、俺の口に放り込んだ、モゾモゾ動くまんじゅう風の生物など、かわいいものだろう。しかし、実際に食うには、やはり勇気が要った。

 まだ、口の中には芋のような味が残っている。
 発酵食品として定着した納豆も、最初は勇気が要っただろう。「こんな腐ったもの、食べても大丈夫なのか?」と。無謀な冒険の結果として、我々の食文化は広がりを見せている。今回だって同じはずだ。

 この実験に成功すれば、俺達はヒーローになれる。

 親からもらった「英雄(ヒロ)」の名に恥じない業績。新種のクリーチャー問題と食糧問題とを、同時に解決することになるのだから。
「さぁ、食い終わったら、横になるといい」
 白衣姿のゲイリーが座布団を手にしていた。俺は、濃い緑茶の入ったペットボトルを鞄から取り出し、ゴクリとやってから座布団を受け取り、一段上がった畳に横になった。収納ボックスの上面が畳になっているやつだ。天井を見上げる。ここで1時間、経過観察が必要だった。いわば食休み。
「そういやこの前、どこから覚えてきたのか、うちの娘が斬新な『いないないばぁ』をしたんだよ」
 膝を立てた、寝たままの姿勢で、俺はそう言った。
「ふん? なんだそれは?」
「目をつぶって、『いない』っていうんだ」
「HAHAHA。相手が見えなければ、自分が居ないことになるってか」
「存在論に一石を投げる子だよ、うちの娘は」
「完全に親バカの顔だな。まあ、思考は現実化するかもな。ほんとに居なくなったりして」
「またそれか。自己啓発本オタクが」
 そんなどうでもいいことを話し合っていると、しばらくして、腹が膨れてきた。
「食ってみて、どんな感じだ?」
「そうだな、なかなかの満腹感だな」
 まんじゅう1個でこれほど腹にズシリと来るのなら、コストパフォーマンスは文句無しだろう。最近売り出された『三個満足球』を凌ぐ携帯食になり得るポテンシャルを秘めている。すなわち食糧問題の救世主。
「宇宙食に良いかもしれないな」
「いや、そもそも宇宙から来たんだろ? このクリーチャー」
「そうだった。HAHAHA」
 あの流星群の夜に、空から降り注いだクリーチャーは、宇宙でも問題なく生き続けて来たのだろう。つまり、食糧として考えた場合に、賞味期限が切れるどころか「そもそも賞味期限がスタートしない」ことになる。
「実験結果が楽しみだな」
 言ったゲイリーが、そのたくましい腕に不釣り合いな小さなカップをあおった。
「ぷは。ミルクは冷たいうちに飲むに限るぜ。うまさは温度に反比例するからな」
 ゲイリーのヒゲに、白い環が載った。コールドだから膜ではない。

 旨さ=K/温度

「それがお前の冷たい方程式ってか。定義域はあるのか」
「絶対零度とかは無理だな」
「凍るもんな。口が」
「HAHAHA」
 ミルクの白い環を袖でぬぐったゲイリーの笑いが、途中で止まった。
「ヒロ、どうした?」
「いや、別にどうと言うこともないが」
 俺は寝たまま、曲げていた膝を伸ばした。
「ふん、なら良いんだが」
 冷蔵庫にミルクのお代わりを取りに行く悪友の背中に、俺は呟いた。

「ただちょっと、さっきより、満腹感が増した気がするんだがな」

――――

次回:丸顔の文太と流星群の日

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