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はじめてのどうぶつえん。

今月末、名古屋に住む妹が赤ちゃんに会いに来ることになった。
小学一年生の娘といっしょに来るとのことで、みんなで過ごす場所を考えていて「動物園はどうだろう?」と思いついた。ちなみに赤ちゃんと動物園に行ったことはまだない。

妻に話すと「いいね」と話が盛り上がり、午後から急遽、下見に行くことに。赤ちゃんの朝食や身支度を済ませた後、地下鉄とバスを乗り継いで1時間弱で福岡市動植物園に到着した。

最初に入園口そばの窓口でベビーカーを借りる。買おう買おうと言いながら、抱っこひもでいいやと買いそびれていたベビーカー。赤ちゃんにとっては初乗車になる。肩紐をつけるのに苦戦したけれど、なんとかベルトも装着し、いざ出発。軽い。ベビーカーとはこんなにも軽いものなのかと感心する。赤ちゃんも気持ちよさそうに体を預けている。

次に行ったのはレストラン『カフェ・ラソンブレ』。動物園の中とは思えないきれいな内装で、食事もけっこうおいしかった。僕は「華味鷄のシュニッツェルカレー」という何が入っているのか分からないカレー(いま調べたらシュニッツェルは「ウィーン風トンカツ」という意味らしい。おしゃれカツカレーってことか)をたいらげた。妻はリゾート気分を味わうためにチュロスを買ってニコニコし、赤ちゃんはベビーカーのまま置いておかれるのを嫌がって子ども用の椅子に移り、バナナを食べていた。

さて、腹ごしらえも済んで、いよいよ園内をまわる。どの動物のところに行くにも坂が多く、ベビーカーを押すと赤ちゃんの成長を手元にずっしりと感じる。これは筋力トレーニングになるなあと思いながら、ひたすらベビーカーを前進させ、動物の姿を探す。

記念すべき第一動物となったのは、キリンだった。あんなにでかい動物はさぞかしビックリするだろうと思いきや、赤ちゃんは周りで歓声をあげる子どもたちや下に生えている草なんかをずっと見ていて、ちっともキリンを見ない。「人間は想像できないものを意識することができない」と聞いたことがあるが、5メートルを超えるあんな大きさの生き物がいること自体、意識に上らず、壁かなにかに見えていたのかもしれない。

ベビーカーが止まると赤ちゃんがぐずるので、足早に次の動物へと進んでいく。サル、キョン、テン、シマウマ、バク、サイ……。

最初に反応らしきものが見られたのは、ダイアナモンキーだった。サルなのだけれど、やたらシュッとしているモード系(?)のサル。このあまり著名でない動物が赤ちゃんの関心を惹いたのは、とにかくよく動いていたからだ。最初は?マークを出しながら見ていた赤ちゃんだったが、次第に動きに目が慣れ、最後には「うおお!」と叫びながら見ていた。ここで動物園の「見方」を学習したと思われる。

その後はどの動物を見ても、それなりに楽しそうにしていた。じっと見たり、声をかけたり。動物園で飼育されていないカラスや飛行機にも、空を見上げながら歓声を上げていて「そうか、赤ちゃんには仕切りがないんだな」と思った。

そして、今日のハイライトはペンギン。深さ4メートルもの巨大な水槽があって、エサをもらうために地上を歩く様子を間近で見ることも、泳いでいる姿を下から見上げることもできて、とても見ごたえがあった。赤ちゃんはうれしそうにうふふふと笑ったり、あー!と声を出したりして楽しんでいた。

以上が今日の動物園の一部始終だ。だいたい2時間ちょっとの滞在。
でもなにより印象的だったのは、僕たちが「親」として動物園に来たという事実そのものだった。

赤ちゃんをベビーカーに乗せ、赤ちゃんの反応をうかがい、赤ちゃんの見たい場所に連れていく。それは、かつて自分たちの親がしてくれたことだった。

親に連れられて見た景色の、親の役を今日は自分たちがしている。それは大人と子供の自分が交差するような、とても不思議な感覚で、夫婦でベビーカーを押すお互いを見ながら「おれたち ”家族” してるねぇ」と声をかけ合い、なんとも言えない感慨に浸った。

以前、赤ちゃんを抱えながらごはんを食べると味がしない、と書いたことがあったけれど、

今日の動物園も自分としてどの動物がよかったとか、どこが楽しかったという印象はほぼない。ごはんを食べるときと同じように、自分の感覚はどこかに行って、そのぶん「赤ちゃんは楽しんでいるかな」「どんな顔してるかな」といったことにすべての注意を向けていたように思う。

だからといって楽しくなかったわけではない。むしろとっても楽しかった。それは赤ちゃんの楽しさをこちらに伝播させるような楽しみ方で、そんなふうに動物園で過ごしたのは、はじめてのことだった。

「これからどこに行ってもこんな感じなのかもねぇ」と妻と話す。赤ちゃんのよろこびが自分のよろこびになるような、赤ちゃんの目のところまで自分の目が延びていくような、そんなふうにしてこれからいろんなことを経験することになるのかもしれない。それはいまだかつてない感覚だった。

それが「親」ってもんなのかー。
まだしっくりこないその呼び名を自分に当ててみる。ころん、と「子」だった頃の記憶が転がり出て、なんだかなつかしいような、しんみりするような、なんとも言えない気持ちになる。

手を引かれて歩いた、あのちいさな僕のところに、いまは赤ちゃんがいる。
赤ちゃんの手を引いているのは、僕だ。

それから、今日見た秋の空を思い出す。
赤ちゃんと妻と僕と、ベビーカーを押しながら見た、青くて高くて、どこまでも広いあの空を、渡り鳥がM字のきれいな隊列を崩さずに横切っていく。

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澤 祐典
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