
令和最初の日。
23時50分ごろに「“時代越し”で風呂に入ろう」と思い立ち、ひとっ風呂浴びたら令和になっていた。
そして、風呂から上がったら、あまりに普通で拍子抜けした。三十年に一度の過ごし方としてはイマイチだったかもしれない。
「年越しのような気分だ」という人もいたが、そんな感じはしなかったのは、うちにテレビがないせいだと思う。思えば、平成は、新聞やテレビといったかつてのメディアが融解していった時代とも言えるかもしれない。
それらにとって代わったのは、ネットだ。
ウィンドウズが流行ったのが、1995年。以来、仕事のしかたもコミュニケーションの形もお金の稼ぎ方も娯楽のあり方もぜんぶ変わってしまった。いまは中高生でさえ、スマホを持ってネットと接続し、ゲームやアニメを楽しんでいる。
令和の時代にそれに匹敵するものが現れるのだろうか。AIかな。ちょっと想像がつかないけれど、昭和の終わりにもネットなんて想像できなかったもんね。
さて、そんな令和初日の午前中は、新天皇即位の儀式を見ていた。
三種の神器って本当にあるんだな、と思ったら、あそこで引き継がれていたのは、草薙剣の形代(レプリカ)、八尺瓊勾玉、そして国璽と御璽(国と天皇の印)で八咫鏡は「宮中三殿の賢所の神体」ということで別のところで引き継がれていたらしい。
そのあたりのことを書いたこの記事がすごく面白かった。
前の改元の時には小学生だったから何も思えなかったけれど、大人になってから見ると、即位の儀式はとても興味深かった。
『古事記』や『日本書紀』といった日本の神話が現代にも生きて受け継がれていることにうれしさというか、憧れというか、そんな充実した気持ちになった。
令和天皇は、以前より引き締まった表情に見えた。
そして、よく通る声で最初の「おことば」を話された。
観ていた生中継では「自己研鑽」を拾う識者が多かったけれど、僕は途中にさらっと現れた「苦楽をともにする」という言葉が印象に残った。
思えば、上皇陛下は、本当に人々と「苦楽をともにした」方だったと思う。
ビジネスでも人間関係でも「苦をともにする」人がそれほど多くない中で、陛下は進んでそれをされていたように見えた。だから、震災などの大変な時期にも、為政者の動きに落胆する反面、天皇・皇后両陛下のお姿に励まされることが多かったように思う。
この記事にも、そのあたりのことが詳しく書かれていて、さらに感銘を受けた。
そうそう、みながつらい時ほど「人間らしい」方であったと思う。
「目立たないように、しかし強い意志をもって」陛下は天皇という役割を新しく創られていったのかもしれない。
それから出勤した児童館は、忙しかったけれど、やっぱり普通だった。
子どもたちは昨日と変わらず走りまわっている。そりゃそうだ。そして、僕も平成の時にはそうだった。
こんなふうにして、令和最初の日がはじまった。
皇居は晴れていたみたいだけど、名古屋は雨だった。
苦楽をともにしながら、どんな時代をつくっていくんだろうか。
その時代をつくるのは、誰かじゃなくて、僕らなのよね。
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