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「生きること」が妨げられない場所。
ついに保育園見学当日を迎えた。
朝7時に起床し、身じたくを整え、緊張しながら車に乗りこむ。下見を入念にしていたこともあって、若干のイレギュラーはあったものの、無事、園に到着。
僕たちが見に行ったのは、モンテッソーリ教育を行っている保育園。
オルタナティブ・スクール、デモクラティック・スクールなど、子どもがいきいきと生きられる場所に興味をもっていた僕にとって、本格的なモンテッソーリ教育の施設が見られるのは、とても楽しみだった。
結論から先に言うと、素晴らしかった。
スタッフのみなさん、空間のつくりかた、カリキュラム、教具(おもちゃ)、雰囲気、何をとっても非の打ち所がない。
特に目を見張ったのは、園に通う子どもたちの姿だった。
玄関から入ると、誰からも何も言われなくても、荷物をカゴに入れて、ロッカーにしまう子たちがいた。
1・2歳児クラスの部屋をのぞくと、ベランダで女の子が、テーブルをたわしでこすっている。向かいの部屋では、男の子がほうきを振っている。そんなふうにして、大人のしていることを真似したいのだそうだ。
別のところには、クッキーをちいさな指でお盆に並べている女の子がいる。この後、先生といっしょに焼くらしい。朝ごはんを食べている子もいる。あんなに小さいのに、ガラスのコップに上手にミルクを注いでいる。それぞればらばらにしたいことをしているけれど、孤立している子やわめいている子は一人もいない。
3〜5歳児クラスになるとさらに高度になって、編み物をしている男の子がいたり、動物の写真や解説のシートを持ってきて、書き写してる子がいたり、一人ひとりが興味の赴くままに過ごしている。集団でする活動もなくはないそうだが、基本的にその子のやりたいことを、やりたいようにできるようサポートしているのだそうだ。
その年齢までは、モンテッソーリの教具に囲まれた、日常とかけ離れた部屋にいたけれど、まもなく小学校入学という6歳の子たちは、ぐっと実社会に近い、図鑑などが並んだ大空間(ホール)にいた。
銀河が描かれた図の上を、男の子の指がすーっと動いている。この小さな天文学者は、星のかたちのシートを動かして、なにかの法則を確かめているようだ。
ほかにも絵本を読んだり、折り紙を組み合わせてカラフルな作品をつくったり、画材で絵を描いたり。それぞれの興味・関心が、ホールいっぱいに広がっている。みんなが自分のやりたいことに集中している。そこはなんだか、小さな宇宙のように思えた。
そこにいた6歳の女の子たちが、僕の抱いている赤ちゃんに興味を示した。近づいていくと「うわぁ」と言って、うれしそうに顔をのぞきこんでいる。
「何才?」「4か月だよ」。話がはずみだすと、そばにいた男の子が今日はこんな折り紙をつくったよと話しかけてくれた。その隣りの女の子はいま読んでいる絵本を紹介してくれた。
仕事柄、子どもと接する機会は多いのだけれど、ここの子たちはとても落ち着いた口調で話す。うれしそうで、楽しそうなのだけれど、興奮しすぎておらず、声の中に常に心地よい静けさがある。
この静けさは6歳児だけでなく、園全体の特徴でもあった。大人が「あれしなさい、これしなさい」と指示しないことで、子どもがしたいことをしたいようにして、自立していく。自分のしたいことをしていると、子どもは自然と落ち着いていく。話しながら「大人っぽいな」と感じたのは、彼らが自立を達成しているからかもしれない。
常日頃から、子どもになにかを指示することに抵抗を感じていた僕にとって、この園と子どもたちとの出会いは静かな衝撃だった。あんまり静かすぎて、帰りの運転を終え、奥さんと話してみるまで気づかなかったくらい。でも感想を話しているうちになにかがあふれて、わけもなく涙が出てきた。
大人が子どもを指示まみれにして抑えつけるのではなく、したいことが自然と伸びゆくよう支持する。ずっと頭の中で思い描いていた理想が、いきなり目の前に現れると、感動は遅れてやってくる。その感じは、赤ちゃんがうまれたときに似ていた。
そんなわけで、はじめての保育園見学は、運転も含めて大成功だった。
実のところ、大事なわが子を他人に預けることについては、人一倍抵抗があった。でも、こういう環境ならお任せできるし、自分たちだけでは作り出せない経験をさせてあげられる、とうれしくなった。
「生きることが妨げられない場所」って、本当に実現できるんだ。
園には定員があるから、入れるかどうかはまだ分からないのだけれど、ただただ、静かな衝撃と感激で胸がいっぱいになっている。
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