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第6回能登半島物資支援 収支報告&現地レポート

元旦の地震から9ヶ月、そしてあの豪雨災害から2週間が経とうとしています。被害に遭われた方々へまずお悔やみを申し上げます。

今回も皆さんのおかげで、無事に1週間が経つ前に物資がお届け出来たのと、取材が終わりました。
まず収支報告からしていきます。

宿代 17000円(3泊4日分)

飛行機代 76200円(那覇ー小松空港往復)

物資代 27日45360円
    28日39484円

レンタカー代 31020円

ガソリン代 8,240円

高速代 4870円

駐車場代 2600円(金沢市内)

合計22万4774円

皆さんからお預かりした支援金23万6500円

1万1126円の余りです。


ここから先は現状報告となります。

27日は13時過ぎに小松空港に到着しそこからいつものように買い出し、その頃東京では、自民党総裁選挙が行われ、石破茂が自民党新総裁となった。
今後石破総裁が選挙をやるのか否か不安な気持ちの中拠点になる宿へ向かう。

28日初日は朝8時30分から行動開始、まずは今回豪雨被害の大きかった輪島市町野へ向かう。
行く道中も先の大地震の影響による道の損傷はまだ激しい状態が続いており、よくなった事といえば、以前、筆者が訪れた5月頃はのと里山海道は、まだ輪島市と珠洲市方面へ向かう片側1車線のみであったが、今回は上りも下りも走れるようにはなっていたが、まだ前から放置されてる陥没した道にある地震事故の車両はそのままの状態だ。


町野は初めて行く場所だったのでナビ通りに向かうと土砂崩れで町野の中心部に行けず、別の道では砂利で簡易的に舗装されて道で、穴が空いてたので、車から降り足で確認すると、落とし穴のようにまた穴が大きくなったので引き返すことに。
再び折り返して他の道を探してる時に農作業をやっている方を見かけたので町野への行き道を尋ねると「この辺は殆ど行き止まりになってるから戻って6号線を通らなきゃ行けない、この辺りは水害がなかったが、小さな土砂崩れがいくつもあってそれで道が寸断されている」との事で引き返すことに。



引き返すこと1時間やっとの思いで町野中心部に到着、あたり周辺は流木や路面にまるでグランドの土のように真っ白、ずっと砂が舞っている状態プラス震災のそのままの状態が残っている状況だ。
物資を届けた「スーパーもとや」1946年から続く老舗の地元スーパーで震災後も電気が無くとも、なんとか営業を続けていたが、今回の豪雨災害でかなり悲惨な状況。
とにかく「物資が届いてもすぐ無くなるぐらい皆さん物資を必要としてる」と「浸水でタバコの自販機や飲み物の自販機も壊れて買えないのでそういうのもありがたい」とおっしゃっていました。


途中向かいの一軒家の撮影を向こうから「今家に人がいないので撮影しますか?」と聞かれたので取材をさせていただくことに、2mにも及ぶ浸水があったからか一階は全滅で泥が家の中に入り込んでおり、とても人が住める状況ではない。
一刻も早い政府や行政の力で業者を集めてなんとかしないと建物の腐食や、感染症などが起きて大変な状況になるであろう。

水害被害にあったスーパーもとや店内
この辺りまで浸水したとのこと
別館は物資の集積場になっている
スーパーもとや向かいにある被害にあった一軒家



続いて向かった先は今まで2度物資をお届けした珠洲市高屋町の集会場へ向かった。
途中珠洲市内を通るのだが、こちらも流木や砂利の被害も多く見られたのと、本当ならば町野からそのまま珠洲市高屋町へ行けるのだが、土砂災害で大回りせざるえなく遠回りして高屋町へと向かった。

珠洲市内の大通り
高屋町へ向かう道


5月に訪れた際は、漁師の方が、地震の影響で隆起して海に出れない状況だったが、やっと水路の工事日程が決まって、目処が立ちそうだと言っていたが今回の豪雨災害の影響で「砂利が船に入って船も動かせずまた0からのスタートだ、地震よりも今回の雨の災害の方が酷い」と肩をおとしていました。
また別の人は「今回は珠洲市よりも大谷地区からの輪島が酷い」とのこと。
その後沖縄からお願いされた物資を持って「湯宿さか本」へ、こちらでも坂本菜の花さんに当時の状況などのインタビューを撮らせていただいた。
そのインタビューの様子はYouTubeに上げてるのでそちらでご確認ください。

奥能登は最低でも17時ごろに帰らないと暗くなり道も混むのでそのまま次の日の物資の調達後に宿へ。


29日最終日も8時30分ごろから行動開始、最初に向かったのは26日にやっと道が開通して、それまではずっと孤立地域だった輪島市の七浦(しつら)地区へ。
この場所へは日本海側から門前町を通るのだが、先に七浦へ向かった横川さんが一個のルートが通れないと言っていたので、日本海側のルートを行ってみることに、やはりここも土砂崩れで寸断されており、少し行った先には住宅地も目視できる。
作業員や住民は足でその土砂を通り抜け片付け作業に向かっているとのことだ。

門前町もそうだが、今回の豪雨被害で奥能登全域の田んぼ被害も広範囲に渡って悲惨な状況だ、SNSなどでは米や野菜の被害が酷いと農家の方が言ってたが、言葉通りの光景が広がっていた



そうこうしてる内に県道38号線が唯一通れることがわかりなんとか到着。
この辺も流木被害が凄まじく、避難所近くの橋も豪雨被害で崩れる。
避難所の担当者さんは「今片付けのために軍手が必要で、水も断水しているから必要。」とのことだ
こちらは、孤立が解消され小学生や小さいお子さんなどは、門前小学校へ避難したとのこと。


続いて向かったのは輪島市内で輪島市内でも濁流被害で行方不明者の捜索のため自衛隊や消防や警察などが捜索に当たっていた、久手川町でも同じく捜索が続けられ、玄関前にはブルーシートを敷いて行方不明者の家族がその状況を双眼業で確認しながら見守っていた。
後日この場所の行方不明者の方はニュースにもなりましたが、130kmほど離れた福井湾で発見されたとのことだ。心よりお悔やみを申し上げます。


その後、お昼休憩で輪島市役所も訪れたがここも駐車場がグランドのように砂利にようになっていたり、市内の一番大通りにあるコンビニも殆ど食料がなく商品が並んでいなかった。


そしてまた町野へ、この日は物資届けた後に担当者の方が「今社長がいるので是非取材していってほしい」と言われたのでスーパーもとや3代目社長の本谷さんにお話を聞かせていただいた。
「こちらは孤立地域になっており物資を集めて、それと同時に次に災害が来た時のために備蓄もしている」との事だ。
こちらもYouTubeにインタビューをあげているので見ていただきたい。
そんなこんなで全ての物資運びが終わり帰路へ。


今回豪雨災害後初めて能登半島へ行ったのだが、地震の時よりもまた別の種類の被害が出ており、非常に現場は逼迫している状況だ、どこでも今回言われていたのが「人 金 水 物資」がやはり足りていないとの事だ。
10/5には石破新総理大臣が能登半島へ視察を行ったということなのだが、近く衆議院選挙も行われる予定だが、被災地では選挙でさえも考えられない大変逼迫した状況にある。
今後も能登半島への物資運びや取材を続けたいので足繁く通うためにも支援をよろしくお願いいたします。

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