汚い排水溝の思い出しかない男
上京することは決まっていたけどまだ名古屋にいた頃。深夜に突然「正装してドライブしようよ」と連絡をくれる友達がいた。名前はO君。すっぴんパジャマ、もしくは部屋着の事を「正装」と言っていたので、その時間ほぼ正装していた私はしょっちゅうドライブに駆りだされていた。 O君はいつももれなく正装だった。
私は大学を卒業したてだったけれど、O君は4つ上で確か国試浪人だった。ちゃんと勉強はしていると思うけどすごく暇そうだった。
そんなO君は変な森、変な塔の下、変な音楽をかけながらのドライブ、勇気を出してファミレス、深夜の川縁で釣りなど、色々なところへ連れて行ってくれた。
そんな中、国試浪人仲間の家にドライブがてら行ったことがあった。名前は覚えていないけれど、彼も正装していた。手を洗った流しがハチャメチャに汚いアパートだった。男の一人暮らしなんてそんなもんだと思うけれど、恐らく入居して以来一度も掃除したことがないんだろうなというくらい汚かった。
全然知らない友達の友達の家だけど、掃除したい欲がどんどん募り、そのまま勢いでヘドロまみれの排水溝に手を突っ込んだ。当の家主は「おえええええ!」と叫んでいた。O君はニコニコ見学していた。
朝日が昇る頃、掃除は終わった。ピカピカの流しを見て、O君の友達に感謝された。何してんだろうと思ったけれど、すがすがしい気持ちではあった。そして、その人の家を後にした。
そんなO君の友達は、国試浪人中か社会人なりたてかそこらにデキ婚したと聞いた。顔も名前も知らない。正装している時、度の強そうな黒縁メガネをしていたので目は悪かったんだと思う。元気かな。
ちなみにO君の家の掃除もしたことがある。汚いわけではなかったけれど、片付けられない男だった。またもやスイッチが入り朝まで部屋の整理整頓をした。男の友達の家の実家に夜中行ったのは後にも先にもこの人だけだと思う。
正装であればあるほど喜んでいたので、私のズボラなところも肯定してくれる友達だった。しかし、パンツのボタンとベルトを開けっぱなしでトイレに出た時と、眼鏡が手垢で汚かった時は、さすがにそれはダメだよと教えてくれた。当たり前のことだけどズボラに寛大な男に指摘されるとすごく刺さるんだなと思った。今もそれは守っている。
一年くらい前だろうか、テレビに片岡愛之助が出てて、O君に似ていることを思いついたので「久しぶり! 片岡愛之助に似てるって言われる?」とメールしたら無視された。
あれから何も変わっていないのは私だけなんだろう。
アルバイトのうたのちゃんが、イヤフォンを猫の吐き出した毛玉ぐらい絡まってるのにそのまま使ってて、その姿から連想されて思い出した話でした。ズボラちゃんなのかな、長いからわざと絡ませてるのかな。後者だったらごめんなさい。