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【バロクラ】カイリの放課後レッスン Short Story

このお話は【バロッククラウン】の番外編、ヒロイン(桃園ニナ)目線のお話になります。

1.


「問題文によく出てくる文章はこれとこれで、あとは単語を入れ替えて……」

その日の放課後、私はカイリにラテン語を習っていた。魔力を使う科目のほとんどが問題文にラテン語を使うため、私はそもそも問題文が読めないという壁に突き当たっていたのだ。

「なるほど。これで半分くらいは問題文が解読できそうです」

「今からラテン語を基礎から覚えてたら、大変だろ? とりあえず問題文だけ読めるようにしないと、これからのテストに全部落第しちゃう」

カイリは私の頭を慰めるように撫でた。

「記憶喪失になったばかりで、テストなんて大変だけど。僕も協力するから、いっしょに頑張ろう」

現代日本で事故にあった私は、目覚めると――魔族や魔法が存在する、この異世界で生きる少女「桃園ニナ」になっていた。

(確かに、桃園ニナの記憶なんてないし、記憶喪失みたいなものよね)

日本で普通のOLをしていた私は、もちろん今まで一度もラテン語に接したことがない。そんな私のためにカイリが編み出した作戦は……「とりあえず、よく出てくる問題文と単語を暗記」だった。

「はー、助かりました! 本当にありがとう! 何かお返ししないといけないですね」

すると、カイリがふっと表情を曇らせる。

「あのさ。もし、本当にお返しをしたいと思っているんだったら、その敬語をやめてもらってもいい?」

「すみません。まだ慣れなくて……」

「なんだか敬語だと、僕のことを他人だと思ってるんだなとひしひしと感じてしまって……すごく辛い」

「えっ」

「だから、普通に友達同士みたいに喋って。ね?」

そう言って、カイリは私の手を上から包み込むようにして握る。そのぬくもりが優しくて、心臓がぎゅっと掴まれるような甘い痛みを感じる。

「う、うん、分かった」

頷くと彼女はパッと華やかな笑顔を見せた。

「良かった!」

(うーん、女性だと分かってはいるんだけど、どう見ても美少年でドキドキしちゃう)

「あと、来週の魔法陣学のヤマを教えてあげる。ロッカーからノートをとってくるから、ちょっと待って」

彼女が教室を出ていくと、少し離れたところにいた女生徒たちの声が聞こえてきた。

「記憶喪失だなんてウソついて、カイリさんの気を引こうとしてるんじゃないの?」

「ホント、<花嫁>って得よね。なんでも欲しいもの独占するつもりなのよ」

「お待たせ。……ニナ? どうしたの? 顔が強張ってない?」

「あ、ううん。なんでもない」

「そう?」

優しい手が伸びてきて、私の頬を撫でる。

「そういえばさ、もうすぐ演劇授業だね」

「演劇授業?」

「そっか。それも忘れてるのか。芸能の科目が来週から演劇に切り替わるんだ。課題になっている脚本の中からひとつ選んで、各クラスで舞台をやるんだよ」

「そんな授業があるのね」

(さすが魔族の学校……私の中学や高校には無かったなあ)

文化祭の出し物で演劇を選択するクラスもあったけど、あくまでお遊戯会レベルだ。

「うちのクラスはシンデレラをやるんだけど、あらすじは覚えてる?」

「えっと、シンデレラは継子イジメを受けていてんだけど、魔法使いの魔法で豪華なドレスを手に入れて、舞踏会に行って、ステキな王子様に求婚される話」

「えっ、違うよ?」

カイリが目を丸く見開く。

「シンデレラはひとりの王子様を巡って、10人の姫たちがプレゼンテーションをするんだ。で、そのなかから真実の愛に出会い、王子様は運命のお妃を選ぶんだ」

「えっ、そんな婚活サバイバル番組みたいな内容だったっけ?」

「きっと記憶が混乱してるんだね」

(シンデレラもどうやら、私の世界とは内容が違うみたいだな)

「ニナは何の役がやりたい?」

「ははは……私は裏方のほうがいいかな。舞台に立つのはあんまり」

「でも、姫役は10人必要だから、クラスの女生徒の半分は出ることになるじゃないかな。僕も出るのかと思うと憂鬱」

「カイリのドレス姿が見られるんだね。楽しみだな」

「僕はニナのカワイイお姫様姿が見られるほうが楽しみだよ。ま、いつもの制服姿でもカワイイけどね」

そんなのんきなことを言っていた私たちだったけど──


2.


教室にて――幼馴染の天王寺キオくん、クラスメイトの鱗川アリミツくんが悲痛な声を上げた。

「ウソだろ?」

「誰かウソだと言ってくれ……」

クラスの委員長がメガネをくいっと持ち上げる。

「仕方ないだろ! 霧島くんがダントツ1位で王子様役に決定したとたん、お姫様役に女生徒が殺到して、死人が出かけたんだからな!」

「だからって、男が姫役をすることなくね?」

「俺は外してくれ。頼む。他の仕事なら何でもするから」

キオくんとアリミツくんの懇願を、委員長はにべもなく突っぱねる。

「あみだくじで決まったことだ。文句言うな。シンデレラ1号、2号」

「舞台なんか上がりたくない……しかも女装……」

頭を抱えるアリミツくんの肩を、キオくんがポンと叩いた。

「ミツ、決まったことは仕方ねーよ。やりきろうぜ、シンデレラ役を」

「やりきれない。そもそも、どうして霧島が王子様なんだ? 女だぞ」

「鱗川、うるさいぞ」

カイリがアリミツくんの膝を後ろから蹴る。

「まあまあ、男女逆転劇って楽しそうじゃない?」

「お前は何の役になったんだ?」

キオくんの問いかけに、私は笑顔で答えた。

「衣装係だよ」

「希望通りで良かったな」

「うん」

すると、アリミツくんが心配そうに話しかけてきた。

「お前、縫えるのか? 自分の指まで針を通すなよ?」

「私、手芸は好きなの。だから、こっちのほうが頑張れそう」

「そうか」

「アリミツくんとキオくんに、ぜひ素敵なドレスを……」

「縫わんでいい」

険しい顔をするアリミツくんとは対照的に、キオくんは笑顔を浮かべる。

「え、なんでだよ。ガッツリ派手なのを作ってもらおうぜ。たとえば総水玉柄とか」

「頼むから、普通にしてくれ……」

「えっ? ニナは僕の衣装を作ってくれるんじゃないの?」

驚くカイリの前で、私は首を振る。

「カイリの衣装係は希望者が多いから、私は作れないわ。その分、きっとみんなが素敵な衣装をデザインしてくれると思うし」

「そうなの……」

カイリはガッカリした顔になった。

「それにしても、やっぱりカイリはものすごく人気があるのね」

「女子にな。なんたって、第10学年の抱かれたい男ランキング、ぶっちぎり1位だから」

キオくんが教えてくれた事実に、私は目を丸くする。

「そんなランキングがあるの?」

「毎年投票があるんだよ。正直、うちの学年はカイリ以外は目クソ鼻クソ」

アリミツくんが眉にしわを寄せる。

「勝手にクソにされたくないんだが?」

「ホントにもー、うちのモテキングときたら」

キオくんはそう言って、カイリの背中を叩いた。

「そんなランキング、煩わしいよ。それに僕が欲しいのは普通の友達で、彼女じゃない。王子様だって僕には荷が重いし、ニナが衣装係なら僕も衣装係が良かった」

確かにカイリはお世辞にも嬉しそうとは言えない表情だった。

(もしかして、カイリは本当に特別扱いされるのがイヤなんじゃ……)

「でも、カイリの王子様はきっと素敵だと思うし、私、応援するね」

「ホント?」

「うん! いっしょに写真を撮りたいな」

そう言うと、カイリはぱっと笑顔になった。

「じゃあ、頑張ってみようかな」

その時、アリミツくんがおもむろに口を開いた。

「霧島、お前、王子がイヤなら、彼氏を作ったらいい」

「は?」

「いや、お前なら男にもモテるだろう」

「鱗川、ちょっと外に出ないか?」

「どうして」

「ミツ! このバカ!」

カイリがアリミツくんの胸倉をつかもうとするより一瞬早く、キオくんが後ろからカイリを羽交い絞めにする。

「うわ」

「鱗川! お前はいつもいつも!」

「ミツ、逃げろ! 俺が抑えている間に!」

その言葉に慌ててアリミツくんが教室から逃げ出す。

「キオ! 離せ!」

(なんだか舞台も荒れそうな予感がする……)



3.


「なあ、まだ?」

「待って、待って。まだ丈が採寸できてないの」

放課後、私は屋外でキオくんのシンデレラ衣装のための採寸をしていた。

「服着ててもいいのか? 脱いだほうがいいなら脱ぐけど」

「ここは屋外ですよ?」

「別に気にしないけど」

「たぶん、キオくん以外の人が気にするかな……」

「なあ、ミツのドレスを見たけど、ちょっと地味じゃね?」

「私もそう思ったけど、アリミツくんがレースもリボンもいらないっていうから」

「あいつ、バカだな。リボンついてたほうが、ゴツさが目立たなくなるのに。俺はがっつり全部乗せで頼むわ」

ドレスはアリミツくんのを先に仕上げ、今はキオくんのほうに取り掛かっているところ。

(演劇に出るのは苦手だけど、こういう作業なら楽しいなあ)

「ふたりとも、こんなところにいたのか」

カイリが紙袋を下げ、少し肩で息をしながら立っていた。

「おー、どうした、モテキング」

「ふたりともひどいな。僕を置いて教室からいなくなるなんて」

「お前の周りに女生徒が群れ集まってたからな。俺らは居にくかった」

「ごめんね。教室だと、私が作業スペースをとれなくて」

「ニナがここで作業するなら、僕もここで衣装を作る」

カイリは私の横に座り、紙袋から白い布を取り出した。

「あれ? カイリの衣装はみんなが作ってくれるんじゃ」

「インナーだけは他人に作ってもらうの、ちょっと気持ち悪くて」

「あー、なんか髪の毛とか縫いこまれそうだもんな。もしくは念をこめられたり」

「よし、キオくん、もういいですよ。採寸、終わりました」

「あ、そう?」

そう言うと、キオくんはカイリの横にゴロリと寝転がった。

「キオ、ここで寝るの?」

「うん。今日は部活休みだし、ひさしぶりに芝生で昼寝」

「割としょっちゅうここで昼寝してると思うけど……痛っ!」

カイリが小さく悲鳴を上げて、布と取り落とす。

「大丈夫? 針を刺した?」

「うん……僕、家庭科全般が苦手でさ……」

なるほど、インナーシャツの縫い目を見ると怖いくらいガタガタだった。

「カイリ、血が出ちゃってる。ちょっと待っててね」

私はお裁縫箱に入っていたガーゼでカイリの指先を押さえる。

「痛い?」

「ううん」

「確かここに絆創膏が……あった!」

私はポーチから絆創膏を取り出した。

「でも、ごめん……ネコちゃん柄と水玉柄しかないの。どっちがいい?」

「ネコで」

私が指にネコちゃん柄の絆創膏を巻いてあげる間、カイリはニコニコしていた。

「その絆創膏セット、僕があげたんだ。記憶喪失になる前」

「そうなの? 気に入って、もうだいぶ使ってしまったの。ごめんなさい」

「どうして謝るの? 嬉しいよ。ニナは記憶がなくても、前と変わらなくてホッとする」

「え? 変わらない? 前と?」

「うん」

「ところで、インナーだけど、私が縫おうか? その……仕上げる時間もないだろうし」

「え? いいの?」

「あ、でも、ごめんなさい。他人が縫うのは……」

「ニナが縫ってくれるなら、それが一番いいな。だって、キオや鱗川はお手製なのに、僕だけ違うのはズルイ」

カイリは絆創膏の指をすっと私の指に絡ませた。

「前も今も、大好き」

「えっ!」

友達として好き、と言われているはずなのに、胸が高鳴って頬が熱くなる。

(ダメよ、カイリは友達が欲しいんだから。赤くなっちゃダメ)

と、スッと手元に影が出来た。

「日が当たって来たから、借りて来たぞ」

気付くと、アリミツくんが私の上にグラウンド用の日よけ傘をさしていた。

「アリミツくん、ありがとう」

「霧島も使え」

アリミツくんはもう一本の傘をカイリに差し出した。

「キオの分として持ってきたんだが、コイツはいらないだろう。どうせ寝てるし、日焼けしても死なないし」

「僕もいらない」

カイリは不機嫌そうにアリミツくんの腕を払う。

「遠慮するな。女子は使ったほうがいい」

「鱗川……僕はお前が嫌いだ」

「知ってる」

アリミツくんが地面に傘を置き、すっと後ろに下がる。

「ホントにムカつく!」

カイリが衣装を放り出して立ち上がると同時に、アリミツくんがダッシュで逃げていく。

「待て!」

「……なんだよ、うるせーな……って、あいつら、なんで鬼ごっこやってるんだ?」

昼寝から目を覚ましたキオくんが、目をこすりながら聞く。

「えーっと、私もよく分かりません」

その後、私たちのクラスのシンデレラは立ち見が出るほどの大盛況で幕を閉じました。
このお話はまた別の機会に……


END

【登場人物紹介】

男装の麗人×幼馴染 霧島カイリ

キオとニナの幼馴染。女性だが美少年に見紛う程の美形。ニナの事をとても大事にしていて、何かと世話を焼く。

幼馴染×ワイルドルーキー 天王寺キオ

カイリとニナとは幼馴染。ワイルド系イケメンで運動神経抜群。昔からニナの事を色々と気にかけている。

ミステリアス×孤高の同級生 鱗川アリミツ

魔族の名門・鱗川家の次期当主。お家騒動について何かと黒い噂が絶えず、本人も孤高を貫いているが、唯一キオだけがアリミツに何かと絡みに行く。


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