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【ガストロノミー】パンと緑川十影の誕生日 Short Story
このお話は【ガストロノミー】のある日のサイドストーリー、緑川十影目線のお話です。
【Gastronomie2~ご主人様とメイドの美食倶楽部~】
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パンと緑川十影の誕生日
みなさん、こんにちは。緑川十影です。
今年も残るところあと3日となった年の瀬だが、今日は俺の誕生日だ。
俺が生まれた時、母は「これで正月の支度をせずに寝ていられる」と喜んだらしいが、どうやら新生児のうちから大人の事情を忖度できたらしい。
「というわけで、味噌汁を作る」
「待ってくれ」
予想通り、静也が一番に抗議の声をあげる。
まあ、そうだろうな。クソ寒い中、教会の庭に強制連行してきたんだ。
文句のひとつも言いたいだろう。
聞くつもりはないが。
「お前の誕生日を祝うために何故味噌汁なんだ?」
「それに寒いぞ。どうして屋外なんだ。家でいいじゃないか」
亜蘭も襟巻を首にぐるぐる巻きながら反論してくる。
「今日は教会の慈善を行う日だ。だから、炊き出しをする。貧しいガキどもに味噌汁をふるまうんだ。俺の誕生日祝いだと思って手伝え」
「教会なのに味噌汁なのかい? パンとスープじゃないのかい?」
弓さんが鼻をかみながら聞いてきた。
「日本人なら味噌汁だ。具沢山にすれば栄養もとれる。それにパンは……」
と言った時、ちょうど教会から肉子が出てきた。
「パンの種ができました!」
「よーし、お前ら、竈を作るぞ。手伝え」
庭に石とアルミ缶で即席の竈を作り、大鍋で味噌汁を作る。
「まったく。美食倶楽部が炊き出しとは……腕の見せ所じゃないか!」
そう言って亜蘭は鍋の中に蟹の脚を入れた。
「お前、その蟹……」
「レストランで残ったものだ。細すぎる脚は使えないからな」
「なるほど」
「味噌汁に入れられないものは静也が天ぷらにしている」
ガストロノミーだけでなく、銀座の他のレストランからも貰ってきた残り物をどんどん入れて煮込んでいくと、美味そうな匂いがしてきた。パンも竈に入り、小麦が焼ける香ばしい匂いが庭いっぱいにたちこめる。
「十影さん、ほら」
肉子に袖を引かれて顔を上げると。
「お早い登場だ」
すでに子どもたちが塀の上によじ登って竈を凝視している。
12時からだと伝えてあったが、待ちきれずに来てしまったのだろう。
「十影さん、私が昨日焼いたクッキーがあります。お味噌汁とパンができるまでそれで我慢してもらってはどうでしょうか」
「そうだな。あと倉庫に脱脂粉乳と卵があるから、弓さんにミルクセーキを作ってもらって飲ませてやれ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
味噌汁、パン、ミルクセーキとクッキー、野菜の天ぷら、ミカン。持ち帰り用の缶詰とチョコレート。あまり統一性のない炊き出しとなったが、12時から始めて1時過ぎにはすっかり食べ尽くされていた。
「十影さん、自分のお誕生日なのに炊き出しをするんですね」
「誕生日だからだ。徳を積まないと祝いにならない。こう見えても一応聖職者だからな」
「ふふっ、さすがです」
本当のところ、そんなに良い心がけではない。
何もできない無力な自分への言い訳の日を作っているだけだ。
「ところで肉子、俺のパンは残してあるだろうな?」
「もちろんです。十影さんの誕生日ですからね。好物のクルミと干しイチジク入りパンを焼きましたよ」
「おお、これこれ!」
俺は肉子が差し出したバスケットに残っていた二切れのパンを両手につかみ取った。
「労働後の焼きたてパンが美味いんだ。俺はパンのために働いているといってもいい」
と、その時。
「あのう……」
振り向くと、3歳くらいの女の子を連れた少年が俯いていた。
「お前たち、まさか食べ損なったのか?」
「僕たち隣町に住んでいるので、食べてもいいのかどうか分からなくて……。でも、妹が欲しいみたいで……」
語尾が小さくなって消えていく。
「肉子、パンは残っているか」
「それが最後の二切れです」
「……少年、これをあげよう。妹と分けなさい。肉子、味噌汁が残っていたら出してやってくれ」
「はい」
こうして最後のパンは少年たちの手に渡った。
「十影さん、また焼きますから。クルミと干しイチジクが次はいつ入手できるか分かりませんけど……」
「そうだな。次の楽しみにとっておこう」
今日は俺の誕生日だ。
徳を積めたことが神様から俺へのプレゼンントなのだと思うことにしよう──。
END
(桃川藤緒 書下ろし)
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