「ゆたかさ」なんてだいたい今目の前にある。特に現代日本にはね。
税金納めたら給付金無くなった
コロナ騒動で稼ぎが減った/仕事が無くなった
仕事や家事育児頑張っても頑張っても、生活は大変で楽にならない
生きていくのがしんどい、じっと手を見る…
そんな「金も無い、時間も無い、ゆとりも無い」の無い無い尽くしで苦しいと感じている人は多いらしい。
確かに景気は悪いし、コロナで外出自粛も息が詰まりがちでしんどいし、でも感染拡大も心配だし、不安要素(主に経済的に)も多いし、社会の変化も激しいし、「生きづらい世界をより生きづらく」している輩は一定数居るし(誹謗中傷やらクレーマーやらモンスターやら)しんどい部分は確かにしんどい。
でも本当に「無い/しんどい」だらけなのだろうか?
隣の芝生はよく青く見える。
そして「たら/れば」をつい言いたくなる。
お隣さんみたいに稼ぎがよかったら、向こうの国みたいに我が国ももっと寛容だったら、もっと美人で若くて痩せていれば、もしあの時○○だったら…
でも、
本当にそう???
もしもそれが叶ったとして、その先でも「新たな悩み」は待ち受けているし、その向き合っている「課題」をチートで飛び越せたとしても、やっぱりその先はその先で別の問題に悩まされて結果「あーあやっぱり○○だったらなー」をきっと繰り返すのでしょうね。
お隣さんみたいに稼ぎ良くて綺麗で広い庭付き一軒家で暮らしたらどんなに幸せか?
―あと何年ローン払うんだろうね?正社員でも安泰じゃないのにね、まあ家気に入ってるならいいけど広い住居は掃除大変よね、ご近所問題発生したら賃貸と違ってサクッと転居しづらくて大変だよね!
向こうの国みたいに寛容だったら?
寛容かもしれないけどあの国は治安と衛生やばいよね!保険制度もやばいからお金持ちじゃないと医療受けるの厳しいよね!
自分がもっと若くて美しくて痩せていたら?もっとモテて玉の輿にのってたかも?どうかなー もっと若くて痩せてて綺麗だけど拗らせてる人いるよねーもしそうだったとしても玉の輿に乗れたかどうかは怪しいよねーていうかその先にしか幸せはないの?もっと年齢重ねてもファン沢山いて幸せな人もいるのにねー
…さておき何が言いたいかというと、
幸せは今目の前に転がっていて気付くか気づかないかの差でしかないかもよ
ということ。
特に現代日本は、
水は綺麗、公衆衛生も治安も(他国に比べれば)かなり良い、サービスクオリティも良い、電車もバスもほぼ時間通りに来る、インフラも大体整っているし、最低限社会福祉も整ってる(ちゃんと手続きすれば貧困で飢え死にしない、義務教育も受けられる等)さらにインターネット技術も進歩して、本気でやろうとすれば本当に老若男女(下手したら小学生でも)稼げる/仕事ができる、
さらにインターネットの発達により「告発」する人が増えて社会の透明化、理不尽への対抗が一個人でも可能になってきている(まだまだ改善の余地は多分にあるけれど…)
マズローで言う「生きる最低限の欲求(生存と衣食住)」はほぼみんな享受できる、あとは承認欲求を拗らせずに(苦笑)何かをやろう、挑戦しようと思うのならだいたいのことはできるようになってきている。
「周りの国や過去の時代に比べればまだマシ」と言いたいんじゃない、
大真面目に、
今現代日本に暮らしているなら「豊かさ」はそこら中に転がっている、
あとは気付いて認識して享受して感謝できるかどうか?が今ここでは十分すぎるほどに可能なのだ、
なのになんでみんな「無い無いづくし」って感じているのだろう?と。
「天国と地獄の長いスプーン」の有名な話を貴方はご存知だろうか。
天国も地獄も「食事は(自分一人ではそれで食べ物をすくって食べるのが不可能なほど)長---いスプーンでする」のが決まりで、
天国では全員お腹を満たしているが地獄では全員が飢えている、という。
知らない人がいたら、それは何故か想像してみてほしい。
そしてググってみてその意味を咀嚼してみてほしい。
私はその話、「実は天国や地獄と思っていた場所は同じ世界線のただ異なる現生世界だった」って思っている。
与えられたものは全て一緒。何の変哲もないリアルな世界。
そこに満たされ豊かで幸せいっぱいの人と、
あらゆるものに飢えて貧しくていつも不幸だと感じている人がおりました。
そこは同じ世界の同じ国でした。
さて、豊かさってなんでしょうね。
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