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酸欠のキス(失恋・酸欠・風船)
恋に落ちる前から知っていた。貴方は絶対に手に入らない。
だから私は、初めから失恋している。
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出会い方はよく覚えていない。あの夜は相当に酔っていたのか、気付いたら一緒にいて、気付いたら仄暗い朝を迎えていた。散乱した下着。鈍い頭痛に目眩。そして肌に残る、余韻。どうしてこうなったかの記憶はないが、最中のことは、よく覚えていた。
雨が降っている。ひんやりと湿った空気の中、隣の貴方が立てる寝息。シーツに潜り込み、昨夜さんざんに抱き合った背中を見つめる。肩甲骨の稜線から背骨を一つずつ辿って、白いうなじに鬱血したキスマークが沢山。
それは重篤なキスだった。決して激しいわけではない。優しく、融けるような。ただ包み込まれる感覚が嬉しくて、泣き出したくなるような。息をすることすら忘れて、貴方の唇を求めた。酸欠になっても構わない。ただ、離れたくなかった。
この関係はいつまで続くのか分からない。だけど貴方との夜を思い出すたび、先に起きたこの朝を思い出すたび、私の芯は、熱を帯びるのだろう。
今この瞬間のように。
貴方の鬱血に口づける。
起きて。早く起きて、私と。
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沼。それも底なしの。貴方との日々はそう表現できる。身体に溺れて、深みにはまって。私の全身、余すところなく貴方のために。
だけど私たちはそんな言葉を口にしない。貴方はどうか分からない。私ははっきりと、避けている。肉欲と愛の境界線は何処にあるのだろう。貴方を知りたい。でも、知ってはいけない。それはよく分かる。貴方は達するとき、目を瞑る。
もう一つ分かっていることがある。私の感情は身体を重ねるたびに膨らんで、破裂しそうになっている。でもいつだってほら、貴方の深淵から熱い体温が流れ込んできて、私の出せない声は直ぐに掻き消される。
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ある夜ベッドの上に、真っ赤な風船を膨らませる貴方がいた。頬にいっぱい空気を溜めて、無邪気さすら感じる表情で。口をきつく縛ると貴方は、手の上でぽん、ぽんとそれを弄ぶ。
どうしたの、と言う間すらなく、大きな破裂音。
赤い破片が貴方の周りに飛び散って、驚くよりも先に綺麗だと思った。手には安全ピン。不意に、胸に痛みが。
絞り出すように、なんで、と問うと、貴方はおかしそうに笑う。だっていつかはしぼんじゃうでしょ。
綺麗なうちに? それとも、遅かれ早かれそうなってしまうから? 強まる胸の痛みの中で、前者の方がいいな、と思った。そうでなければ貴方は、あの風船にあまり意味を求めていないことになるから。
まだ沢山あるよ、と貴方は手招きをする。その手つきがとても艶やかで、私の取るに足らない思考は霧散してしまう。
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そうだね。貴方の手に導かれて、いっぱい風船を割ろう。真っ赤な風船を限界まで膨らませて、割って割って、割りまくって、爆発させて、飛び散らせて、笑おう。
そして今夜もまた、貴方と数え切れないくらいのキスをしよう。
愛でなくて良い。
恋でなくて良い。
ただ、酸欠になるくらいのキスを、今夜も。
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