『魔法畑の守護者カレイ』八王子戦争編 第2章


第2章 八王子市谷野町

 

爆撃からなんとか逃れたわたしたちのもとに、応援の自警団がやってきた。キャンピングカーみたいな車から男が2人おり、一人は軍服を着ていて、胸に赤、青、黄の三色旗のマークをつけている。

「だいじょうぶか!?」

「ははは」と運転手は「まったく不思議なことがあるもんですね」

「無事、なんだな」

「4人乗せていってほしい」

運転手と50代くらいの男性は目を合わせた。

「わかった」

わたしたちはキャンピングカーみたいなものに乗った。

「すみません。この車はどこに向かうんですか?」とわたし。

「君たちの家に送り届けたいところだけど、実は北野方向と八王子市内で空爆があったらしい。市の中心部は危険だから、ひとまず我々の仲間がいる安全な場所に向かうことにするよ」

「それってどこ?」

「谷野町だよ」

「聞いたことないです」

「あまり有名ではないからね。そうだ。君たちの名前を聞かせてくれるかな?」

「りんごです」

「かれいです」

「りんごちゃんとかれいちゃんか。どっちもかわいい名前だね。自分は柏木だ。自警団第3部隊の部隊長をしている」

「自警団の人、いっぱい死んじゃったんですよね」

「戦争で死ぬのは当然だ。自警団たるものいつだって死ぬ覚悟はできている」

「でも、戦いなんてむなしいだけですよ」

「……自分たちも昔は話し合いで平和を守ろうとしていたことがあった。しかし、戦争が始まってしまったんだ。一度始まってしまったものを止めるのは簡単ではない。八王子では1年前からずっと戦争が続いている。多くの仲間が死んでいった。結局、平和が大切なんて言葉は戦争が始まる前だったから言えたことで、目の前で人が死んでいくなかでそんなことを願っても仕方ない」

歴史について詳しく知っているわけじゃない。でも、目の前のおじさんがさんざん悩みぬいて戦っているのはわかった。

車が廃墟の街を進んでいく。

「本当にここ安全な場所なんですか?」

「谷野町は1年前に空襲を受けて壊滅状態にある。1000人以上の仲間が亡くなった。生き残った人たちは地下に潜って生活しているんだ」

「地下?」

「地上だっていつ空爆されるかわからない。これだけ壊れていると、逆に空襲で狙われることはないんだ」

「ふ~ん」

キャンピングカーは廃墟の一つに近づいていく。柏木さんが無線で連絡すると、前の地面が盛り上がって、地下へ向かうトンネルが現れる。車は地下に潜っていく。

やっと平坦になったと思ったら光が近づいてくる。

「到着したよ」

わたしとりんごちゃんが最初に降りて、そのあとほかの自警団の人たちが降りる。

「よかった。お疲れ様」

4,5人の老女たちが迎えてくれた。

「おかえり」

「その子が例の?」

「ああ」と柏木部隊長が答える。

「お嬢さんたちはこちらへ」

わたしとりんごは2人の中年女性について建物に入っていった。

 

「ここは自警団の施設なんですか?」とりんごちゃんが質問する。

50代くらいに見える女性が答える。「ええ。そうですとも。昔からこのあたりは我々が守ってきた町なんです。2年前に八王子に例の魔法畑が発見されて、1年前から戦争がはじまりました。谷野町は戦争が始まった場所でもあり、もっとも被害が大きかった町なんです」

「戦争が谷野町から始まったってことは、魔法畑はこの近くにあるんですか?」

「魔法畑はこの近くにはありません。が、とにかく八王子を守らなければならないんです」

なんとも要領を得ない質問だ。

「わたしたち家に帰りたいんですけど」とりんごちゃん。

「それはやめておいたほうがいい。八王子市の中心部が空爆を受けています。今晩はこの施設で一緒にやすみましょう。地下なら安全ですからね」

上は危ないということで、ひとまずここに泊まることになった。

夕食にはカレーが出てきた。

「このカレーおいしい」

「そうでしょう。なにせ魔法畑からとれたものですからね」

「魔法畑からとれたんですか?」

「ええ。おかげでわたしたちは大分長生きしています」

「失礼ですけど、何歳なんですか?」

「これでも75歳よ」

「ええ!?」

「全然見えないよね」とりんごちゃん。

「みえない。みえない」

「魔法畑の作物は栄養豊富なうえに若返りの効果がありますからね」

「じゃあ、自警団の人たちも?」

「いえ。男たちは危険を冒してわたしたちのために魔法畑の作物を手に入れてくれるんです。自分ではほとんど食べていないと思います」

「そうなんだ」

「なんだかいい話だね。さすが自警団」

 

わたしとりんごちゃんは2人部屋に布団を敷いて寝転がった。

「だいぶくたびれてるね、この布団」りんごちゃんは不満そうだ。

「しょうがないよ。地下施設の中じゃお布団も干せないだろうし」

「自警団の人たちってすごいよね」

りんごちゃんは自警団に対して憧れがあるみたい。死んだおじいちゃんが自警団で八王子を守ったって話ばっかりしていたらしい。

「でもさ、なんか違和感があるんだよね」

「ああ。確かに。あの胸のマーク? あれ初めて見た。あと、軍服だったよね」

「自警団ってよく知らないんだけど軍服じゃないの?」

「自警団で軍服着ているって珍しいから。まったくいないってわけじゃないと思うけどね。軍服はおじいちゃんもたまに着てた」

「隊長さんはえらいからなんじゃない」

「まあ、そうだろうね。で、あの三色旗どこかで見た気がするんだけど思い出せないんだよね」

「赤と青と黄色の三色だったよね」

「三原色っていうやつだ」

「三原色?」

「赤、青、黄色の三色を混ぜることですべての色を作ることができる、その元の色ってこと」

「きれいだよね」

「ああ、思い出せない」

「それより、りんごちゃん体は大丈夫?」

「ああ、大丈夫。光るにんじん食べてからは体動くようになったし、夕食のカレーもおいしかったから」

「魔法畑で収穫されたものなんだよね」

「そう言ってたね」

「結局魔法畑がどこにあるか聞けなかったな」

りんごちゃんが目を輝かせる。「それなんだよね。魔法畑ってどこにあるかわかってないんだよ」

「みんな知らないの?」

「そうなんよ。おじいちゃんも魔法畑が見つかれば戦争は終わるって言ってたんだけど、どこにあるかわからなくて」

なんか変だと思った。

「どこにあるかわからないものを奪い合っているの?」

「そうみたい」

「それより寝よう。明日は家に帰ってご飯食べようね」

「うん」

電気を消す。

 

翌日。といっても、地下なので日差しが刺さないから時間がわかりづらい。

部屋にある時計を見ると5時。

「あれ? まだ5時なの?」

「まだじゃないよ。もう夕方の5時」とりんごちゃんに言われてびっくり。

「え!?」

「あたしもびっくりしたよ。でもまあ昨日あんなことがあったんだし、疲れて熟睡しちゃうのもしょうがないよ」

「そうだね」

その日も施設で食事をした。夕食はまたカレー。まあおいしいからいいんだけどさ。

食事が終わったあと、2人でトイレに行く途中、扉が開いていた。そこから老人たちの話声が少しだけ漏れ聞こえた。

 

「かれいちゃん。背の低いほうの女の子が守護者で間違いないんだな」と老人が言う。

「大きなにんじんを持っていて、爆弾をにんじんに変えてしまったんです。間違いありません」と柏木部隊長の声が聞こえる。

「守護者を手に入れたことは学会にとって朗報だ。池田先生もお喜びになるぞ」

学会? 池田先生?

どうしてわたしの名前を?

わたしが契約して守護者になったことも知ってるの?

背筋がぞっと冷えた。

「なんかかれいの話してなかった?」

「気のせいじゃない?」

聞かなかったことにしよう。それで、明日こそりんごちゃんと一緒に外に出よう。

しかし、なんだろう。眠い。

夕食を食べた後、わたしは布団に吸い込まれて、そのまま眠った。

 

目が覚めるとわたしは6畳ほどの部屋にいた。

「ここはどこ? りんごちゃんは」

「お目覚めですか、守護者様」

男性の声。昨日の夜の柏木のだ。

「わたし家に帰りたいの」

「いまは夜です。昔と違って夜道は暗くて危険です」

「……わたしが魔法畑の守護者だって知っているから閉じ込めるの?」

「閉じ込める? いえいえ。そんなつもりはありませんよ。個室の方が過ごしやすいかと思って眠っている間に移動させただけです」

「りんごちゃんに会いたい」

「別に構いませんよ。ただ、話をするだけなら電話もあります」

「……あなたたち、本当に自警団なの?」

「はい。創価学会第3自警団です」

「学会?」

「かつて、創価学会の本拠地は信濃町という場所にありましたが、第二次東京大空襲で焼けてしまい、以後、都内の拠点を八王子の谷野町に移動させることになりました。我々は学会の信者であり、学会と八王子を守っています。守護者カレイ。あなたには協力していただきたいのです。いま八王子は危機的な状況にあります。その根本的な原因は魔法畑を守る守護者がいなかったからです。

しかし、ようやく不毛な争いを終わらせることができる。守護者カレイ様。あなたがにんじん畑の守護者になられた。我々学会とともに八王子を守りましょう」

どうこたえよう。この柏木という人物はなんとなく信用できない。でも、この人たちが町を守ろうと戦っていることもたぶん嘘じゃない気がした。わたしはどうしたらいいんだろう。

「少し考えます」

「どうぞ。時間はたっぷりありますからね。良い返事を期待していますよ」

 

わたしはにんじんの妖精と話をしようとした。

でも、なんど心の中で呼んでも来ない。

そういえば、地下に入ったあたりから姿がずっと見えない気がする。

まだいろいろ聞きたいことがあるのに。

 

「だめだ。わかんない」

その日の夜ご飯もカレーだった。

「たまには違うものが食べたいんだけど」

「それは失礼しました。魔法畑の守護者というのは魔法畑の食べ物を食べることで力が出ると伺っていたもので」

「柏木さん。あなたは食べないの?」

「どうせ長くはない命です。殉教するならば本望」

「池田先生っていう人のこと?」

「ええ。正確には十三代目会長で、池田大先生の孫にあたります」

「その池田先生が死ねって言ったら死ぬの?」

「もちろん。喜んで死にます」

「すごいけど気持ち悪い」

「まあ女子供にはわからないでしょうね!」

やっぱり柏木は好きになれない。うまく言えないけど。

「ねえ、外に出してほしいの」

「外ですか?」

「別に脱走とか、そういうわけじゃなくて、外の空気が吸いたい。お日様のあたるところにでたいの」

「いまは夜ですが、守護者様の望みであれば」

扉が開いた。

「あっさり開けてくれるんだね」

「ただし、監視はしますよ」

「できれば一人にしてほしいんだけどな」

「なにか事情でも?」

言っていいのかな、と思いつつ言ってみることにした

「にんじんの妖精みたいなのが見えて、その子と契約したんだけど、地下に入ってから会えないんだ。外に出れば多分会えると思うの」

わたしは車に乗せられて、地上に向かった。逃げられないように、後部座席に座って両脇を老兵が座る。

とにかくいまの状況を変えないと。

 

地上に出るとわたしは外の空気を思いっきり吸った。なんだろう。前は硝煙臭かったのに、いまは嫌なにおいがしない。

「地上ではあのあと一度も爆撃が起こっていないんですよ。爆弾を落としてもにんじんになってしまうんだそうですよ」と笑みを浮かべる柏木。

「そうなんだ」

あのにんじんスコールっていう魔法、まだ発動しているの?

 

ほかの人から少し離れたところで心の中で妖精を呼ぶ。

『来て』

『なに? どうしたのカレイ』

『やっと来てくれた』

『カレイ。君ずっと地面の下にいただろう。あんなジメジメした場所行きたくないし』

『にんじんって土の中で育つんじゃないの?』

『それはふつうのにんじんの話だね。妖精さんは暗いところやジメジメした場所が嫌いなんだよ』

『いくつか聞いていい。妖精さんはどこから来たの?』

『どこからって? 魔法畑からだよ』

『魔法畑はどこにあるの?』

『そうだ! 魔法畑に来てよ。カレイが契約してくれたおかげやっとノルマ達成できたんだけど、部長に早く魔法畑に連れて来いって頼まれたんだ』

『そうなんだ。で、魔法畑はどこ?』

『あるといえばあるし、ないといえばない』

『なに。意味わからないよ』

『とにかく、ついてきて』

にんじんの妖精は空を飛んで山の方に飛んで行った。

「ちょ、ちょっと待ってよ」

「なにが待ってなんですか?」と柏木。

いつのまにか声に出ていたみたいだ。

「柏木さん。あの山の方ってなにがあるか知ってる?」

「山って、どこにあるんですか?」

「え?」

にんじんの妖精が飛び立った山を指さすが、なんだか会話がかみ合わない。

 

その時だ。わたしが指さした方角から何かが飛んできた。

それは地面に突き刺さった。

「何事だ! 爆撃か?」

柏木が突き刺さったものに向かう。

「なんか途中で細長くなったんですけど!」

14,5歳くらいの黒い魔女みたいな服を着た女の子が、にんじんに乗って降ってきた。

「何者だ!」

柏木は銃を構える。

「守護者だよ」

「守護者だと!?」

「霊峰富士のほうから来たんだ。新任の子だよね。あ、かわいいステッキ。いいなあ。それにんじんだよね?」

なれなれしく話しかけてくる魔女っ子系女子。苦手なタイプだ。

「う、うん。かれいって言います。あなたは?」

「しょうぎ」

「将棋? なんだか頭よさそうな名前だね」

「頭よさそうって初めて言われた! うれしい」はじける笑顔を浮かべるしょうぎという名前の女子。

「あなたも守護者なの?」

「そうだよ。富士の麓にある神聖な魔法畑の守護者。パートナーはかぼちゃの妖精、パンプキンちゃん」

「かぼちゃ?」

にんじんに乗ってきたように見えるけど?

「八王子の方から、新任の子がなかなか来ないから迎えに行ってあげなさいって頼まれてね。ほら、いこうよ」

「で、でもりんごちゃんが」

柏木を見る。「守護者様についていってください。守護者カレイがお戻りになられるまで、りんごちゃんは我々の方で預かっておきます」

りんごちゃんが人質だから帰ってこいって意味? なんだか面倒なことになりそう。

「話がついたみたいだから連れていくよ、おじいちゃんたち」

「でも、どうやっていくのしょーぎさん」

「さんってなんか距離感感じるくね?」

「じゃあ、しょーぎちゃん」

「かぼちゃに乗っていくよ」

と、目の前の少女は小さなかぼちゃをポケットから取り出す。するとかぼちゃが大きくなって、人が2人乗れるくらいのサイズになった。

「どういう仕組み?」

「そういうのはいいからさ、とりあえず乗ろうよ」

しょーぎちゃんに言われるがままかぼちゃに乗る。

「出発!」

そうして、かぼちゃは宙に浮いて飛び始めた。

 

 第2章終わり。第3章に続く(次回更新予定は2月末です)。

 


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