『魔法畑の守護者カレイ』八王子戦争編 第1章

著者 松江駿
※この作品の著作権はすべて著者に帰属します。


その日はよく晴れた日だった。弾薬の雨が降り注ぎわたしの大好きなお母さんは跡形もなく爆弾で吹き飛んだ。

お母さんの唇がわたしの頬に飛んできて、まだ温かかったことを覚えている。

 

1回忌。その日はよく晴れた日だった。そう、あの日と同じような。夏みたいな暑さ。

おじいちゃんが笑顔で飴を差し出した。

「いらない」

「そんなこといわないでもらっておくれよ」

「いらない」

2度繰り返したが、おじいちゃんは飴玉をポケットに突っ込んで立ち去った。

ポケットの中の飴玉。色はオレンジ。爆弾が破裂したときの光に似ている。

えいっと、袋から取り出して口に放り込む。

「爆発しないかな」

ドン

遠くで爆弾が落ちる音がした。

「またか」

庭に出ると爆炎が上がっているのが見える。

そう。これは戦争だ。

日本という国は2036年に一度滅んだ。2020年代の後半に地震とか、経済恐慌とか、様々な災害がたくさん起きて耐えられなくなってしまったらしい。

たくさん人も死んで、たくさん人が日本から出ていった。

食べ物が食べられなくなって、1日1食が当たり前の時期もあったらしい。

わたしが生まれたのは日本が滅んだ次の年だった。戦争でお父さんがいなくなったあとは、お母さんが一人でわたしを育ててくれた。

貧しくて、お腹もいつもすいていたけど、それでも幸せな日々だった。

ある時、魔法畑というものが日本で見つかるようになった。

魔法畑っていうのは、通常の100倍の収穫できる魔法みたいな畑で、この畑のおかげでみんな1日3食食べられるようになった。

でも、今度は魔法畑をめぐって争いが始まった。魔法畑を狙って、中国とか朝鮮とか、アメリカとかの外国が戦争を仕掛けてきた。

いまでも日本のどこかで戦争は続いている。

わたしが住んでいる八王子、新東京第24管理区域は魔法畑が見つかる前は平和な町だった。でも、八王子に魔法畑が見つかってすべてが変わってしまった。

それまではご飯が食べられなくて苦しいこともあったけど、平和だった町は突然争いに巻き込まれてしまった。

お母さんはその戦争の爆弾で死んだ。

その日、お母さんはお仕事で学校に向かう途中だった。

危ないから家で待っているようにって言われたけど、お母さんが向かった学校の近くで警報が発令されていてもたってもいられなくなってお母さんのもとに走った。

お母さんが見えた。振り返って、わたしをみたお母さんは

「来ないで!」

と叫んだ。でも、わたしの足は止まらない。

なぜかわからなかった。でも、そのときわたしはこれがお母さんに触れあえる最後なんじゃないか、そんな気がして急いだ。

お母さんに触れたくて触れたくて走った。

でも、途中で転んでしまった。

そのときだ。爆弾が雨のように降り注ぎ、その一発がお母さんに直撃した。

わたしはたまたま近くで爆発した衝撃で裂けた地面に飲み込まれて、下水道に落ちて一命をとりとめた。

そのときに死んだ人は100人を超えた。

今日はその死んだ人たちの合同一回忌が八王子市内にある公民館の一室を借りて執り行われる。

犠牲者一人一人の顔と名前が読み上げられて、みな黙とうする。

その後にお焼香を上げていく。

わたしの番が来た。お焼香を上げて軽く手を合わせる。

どうしてお母さんが死ななくちゃいけないの?

わからない。お母さん、悪いことなんてなにもしてないのに。

どうして争いが起こるの? きっと戦争が続いているからで、戦争が起きるのは魔法畑があるから。

「魔法畑なんてなくなっちゃえばいいのに」

席に戻ってぽつりとつぶやくと、右隣の女の子が「それいいね」と笑った。

左隣の男の子は「魔法畑がなくなったってどうせ争いはなくならないよ」とむすっとした顔でいう。

男子は無視して、女子に話しかける。「魔法畑ってなんで存在するんだろうね?」

「さあね。昔はなかったみたいだけど」

「日本にだけあるんだよね」

「実はあたしもおんなじこと思ってたんだ。ねえ、友達になろうよ」

「うん。いいよ」

「でも、ほかの人にはあんまり言わない方がいいかもね」

「どうして?」

「前に『魔法畑なんてなくなっちゃえばいい』って言ったら、おじいちゃんに『魔法畑のおかげで飯が食えているんだ』って言い返されてけんかになったんだ」

「そっか」

女の子は泣いていた。おじいちゃんが死んだんだとすぐに感づいた。

わたしは、おじいちゃんを亡くしたりんごちゃんと友達になった。一回忌の後に死んじゃったわたしのお母さん、りんごちゃんのおじいちゃんの話をいっぱいして、それからりんごと毎日遊ぶようになった。

少子化が進んで、ほとんどの学校は廃校になった。わたしもりんごちゃんも学校には通っていない。学校は人が集まるという理由で軍隊に狙われやすいらしく、ネットを使って通信教育を受けるのが普通だ。だから同世代の友達はほとんどいない。そもそも、急激な少子化で子供の数が少ないんだけど。

いまの八王子の半分以上が65歳以上のおじいちゃん、おばあちゃんなんだって先生が言っていた。

りんごちゃんと遊ぶのは楽しかった。トランプとかのアナログゲーム以外にも、パソコンゲームをしたりした。戦争中っで外に出るのが危ないので屋外で遊んだりはできない。

通信教育が1日4時間くらいで終わったらすぐにりんごちゃんの家で遊ぶ。そんなことが2か月ほど続いた。

 

2050年7月1日。

「かれい、勉強した?」

「勉強? どうして」

「今日の9時から新東京模試」

「あ!」

「その様子だと勉強してないね」

「……してない」

「とにかく受けるだけ受けておきなよ」

「りんごちゃんは10年生クラスだったよね」

「かれいは7年生クラスだったよね」

「同い年なのに学年3つ違うなんて」

「習熟度別だからね。できる子はどんどん上がっていく」

「赤点は嫌だし、ちょっとだけ勉強しようかな」

8時から40分くらい勉強して、9時に模試が始まる。パソコンを使って選択肢を選ぶ。数学だけ計算しないといけない。

数学は苦手。方程式にXとかYとか出てくるのがもうなんか無理。

「終わったあ!」

「よし、多分満点取れた!」

「満点!? すごいなあ」

「かれいは数学の時手が止まってたよね」

「見てたの?」

「すぐに解けちゃったからね」

「すごいなあ」

 

3日後に模試の結果が出た。

「よし! 満点。10年生クラス1位だ!」

ため息をつく。「わたしは7年生クラスの真ん中よりちょっと下くらい」

「半年後の模試は11年生クラスだ」

「すごいなあ。あと1年で高校まで全部終わっちゃいそう」

「でもなあ、卒業してもやることないんだよね」

「りんごちゃんは賢いんだから大学に行ったら?」

「うち貧乏だから。大学なんて行くお金ないよ」とため息をつく。

「そっかあ。わたしは戦災孤児で食べ物はあるけど、学校に通うお金なんてないよ。おじいちゃんやおばあちゃんの生活も稼がないとだから」

「みんなそんなもんだよね。本当に戦争ってろくでもないよ」

 

模試が終わってから、わたしは勉強をさぼっていた。

「ねえ、今日は何して遊ぶ?」とりんごちゃん。

「ゲームは飽きちゃったし、たまには外にいこうよ」

「ゲーム面白いじゃん」

「りんごちゃんが強すぎるんだよ」

「でも、勝手に外に出ちゃダメっておばあちゃんがいうし」

「りんごちゃんって、不真面目そうに見えておじいちゃんのいうことは聞くよね」

「人を見かけで判断するなし」

「ごめん」

「で、外ってどこよ?」

「行く気満々じゃん。えとね、八王子駅に行きたいな」

「駅はお巡りさんが巡回してるよ。見つかったら補導されちゃうって」

「それはそうだけど、都まんじゅうが食べたいんだ」

「小さいころ食べたなあ。懐かしい。いまもあるの?」

いまも14歳の子供だろ、と心の中で突っ込む。

「わからないけどさ、行ってみたいんだよね」

「行こう行こう」

 

2人で街に出るために少しだけおしゃれしていく。お母さんにもらったにんじんのブローチをつけて、長い髪の毛もみつあみにしてもらった。

お昼ご飯を食べた後、午後2時くらいに家を出た。

「お小遣い足りるかな?」と心配そうに財布の中を見る。

「昔は1個50円くらいだったっけ?」

「わたしのお母さんがいうにはむかしは1個35円だったらしいよ」

「お買い得だね。そもそもお金使えるの?」

「わかんない。半年前はコンビニで買い物できたけど、最近は配給だし」

「物々交換用に、一応化粧品とか持ってきたけど」

「物々交換なら食べ物のほうがいいんじゃないの?」

「お菓子とかは保存がきくから交換に使えるけど、おじいちゃん最近あんまりくれなくなっちゃったし」

「また物不足なのかな」

「物々交換が無理ならちょっとサービスしてあげればいいよ」

「サービス?」

「変な意味じゃないよ。買い物手伝ってあげたりとかさ。あそこの店長さん、結構年だから」

「そうだね」

八王子駅までは歩いて30分くらいの道のりだ。

でも、戦争のせいで途中に穴ぼこが開いている。割れている場所をよけて歩きながらなので思ったより進めない。

道がミサイルで壊れて進めないところもある。そういう場合は迂回しないといけない。裏道も抜け道も知っているのでうまく迂回していく。

 

そこで見たのはわたしたちの知っている八王子駅北口じゃなかった。

八王子駅だったものはただのがれきの山になっていた。

駅には近づくことができないように規制線が貼られていて、中には銃を持った高齢者たちがいた。

「ねえ、いこうよ」

「そうだね」

いかなくても都まんじゅうが売られていないことがわかったからだ。

少し歩いたところで高齢男性と遭遇した。

「君たちまだ学生だよね? どうしてこんなところにいるの?」

その人は銃を持っていなかったが、普通の目つきではなかった。

「ねえ、いこうよ」

無視して通り過ぎようとすると、老人がわたしの右手を力強く引っ張る。

「いたいいたい!」

「年寄りの話には付き合うものだよ」

「年寄りなんていくらでもいるじゃん。キリないよ。手を放せ」とりんごが老人に立ち向かう。

「お転婆なお嬢さんだこと。まあいい、ついてきなさい」

「ヤダ!」

とわたしがいうと、さらに強くわたしの右腕を締め付ける。絶叫する。

「いい加減にしろ!」りんごちゃんが老人の股間を蹴り飛ばした。

一瞬ひるんだすきにわたしはりんごの右手をつかんで走った。

 

「なんだったんだろうね。あのじいさん」

右腕を見ると赤く腫れあがっていた。

「大丈夫?」とりんごちゃんが心配そうにのぞき込む。

「大丈夫、だと思う」

「やっぱり外に出るとやばいって。帰ろうよ」

「うん」

その時、遠くから銃声が聞こえる。

わたしの頭の中に映像が浮かんだ。

りんごが銃を持った老人の集団に撃ち殺される、そんな映像。

「どうしたの? かお、真っ青だよ」

「逃げよう!」

「え?」

今度はわたしが左手でりんごちゃんの右手を引いた。

銃声が聞こえる方から離れよう、そう思い逆方向に戻っていった。

「ちょっと。こっち、逆方向!」

すると、先ほど右手を痛めつけた老人が目の前に現れた。今度は仲間を連れて。

「そちらから戻ってきてくれるとは好都合だね」

「ねえ、あれ見て」と指をさす。その手は震えていた。人差し指の銃が。

裏目った。あの映像の光景にそっくりだった。

「いけませんな。人差し指で人を指すなんて! まあいい。要するにわたしについてきてくれる、そういうことだよね?」

付いていかなければりんごが撃ち殺される。

「いやに決まってるでしょ。わかんないの!」

りんごちゃんは拒否する。

「それなら仕方がありませんね」老人の一人が銃を構える。

「待って! ついていくから! ついていけばいいんでしょ!?」

「ほお。そちらのお嬢さんはお賢い。そちらの子は粗暴でよくない」

「ついていくって、本気で言ってるの!? 何されるかわからないんだよ!」

「……りんごちゃんが死ぬよりはずっといいよ」

「それ、あんたの能力でみたの? だからあんなに顔が青かったの?」

「うん」

「……わかった。ついていきますよ」

「よろしい。では。お二人ともついてきなさい。ここは間もなく戦場になる。一般人の保護は我々の組織の役割の一つでもあるのですからね」

「組織?」

老人はひげを触りながら、「ええ。新東京第24管理区、自警団としての役割です」

「自警団の人だったんですね」

自警団。それは八王子を守っている人たちのことだ。

「ここは戦場になります。その前に市民の皆さんに避難を羽化がしているんです。早く退避してください」

わたしたち2人は老人自警団が運転する車の後部座席に乗せられた。

「この車、どこにいくんですか?」

「安全な場所だよ」とだけ運転手の老人は答えた。

なんだか胡散臭い。でも、りんごちゃんは自警団と聞いてすっかり安心しきっている。

日本政府は2036年、わたしが生まれる少し前の年に崩壊した。当時の民主党政権は度重なる災害、経済恐慌の後始末に失敗して、2度目の政権をまたも放り投げた。

そのあと、若い人たちは東京などの大都市から脱出して地方や、日本を脱出した。日本に残ったのは高齢者と海外に逃げられない貧しい人たちで、人口は一時期6000万人にまで減少した。

政府が崩壊して、信用がなくなって物々交換や配給が当たり前になった。

地方分権が進んで、各地の自治は自警団がやるようになった。もう若者や子供はほとんど残っていなかったので高齢者が高齢者を守ることになった。

もしこの人たちが自警団ならりんごちゃんが考えるように安心だ。

でも、なんでだろう。わたしはどうしても信じられなかった。

なにかがおかしい。

自警団が銃を持てるようになったのは5年前からだ。だから銃を持っていることはおかしくない。八王子は魔法畑の発見以来、他国の軍隊から守るために銃を持つようになった。

「あなた、日本人?」

助手席に座る老人はさっきから一言も話していない。でも、なんだか日本人に見えない。肌が黒い。

助手席の老人は何も答えない。

「ねえ。助手席の人。あなた、日本人じゃない、ですよね?」

しかし反応がない。

よく見ると耳から無線みたいなものがつながっている。あれで誰かと連絡を取っている?

助手席の老人の口元が動く。

「ラジャー」

やっぱり日本人じゃない。ってことは、これは自警団なんかじゃない。

そもそも自警団が保護するべき子供に銃を突きつけるはずがない。じゃあ、こいつらは一体?

車の左後方に座っていたわたしは、りんごを手招きする。りんごの耳元に小声で言う。

「この人たち自警団じゃないかも」

「どうして?」

小声で会話を続ける。

「助手席の男、どうみても黒人だよ。日本人じゃない。さっきラジャーって言っていた。日本の老人なのにおかしいでしょ」

「確かに。そういわれてみると。でも、だとしたらこの人たちなんなの?」

「わからない。わからない。でも、このまま連れていかれたら危ないよ」

車は国道16号を南に進んでいる。上り坂を上り切り、下り坂になる。

「八王子からどんどん離れている」

「やっぱり途中で降りて逃げよう」

「でも、逃げてどうするの?」

「わからない。わからないけどさ」

「……次信号で止まった時に一斉に外に出よう」

わたしはうなずいた。

信号で止まると思っていたがなぜか信号に引っかからない。

八王子バイパス鑓水ジャンクション入り口。いまはもう戦争で壊れて使えないはず。そこでなぜか車はバイパスに入っていこうと左折する。

「どういうこと?」

「おかしい。ここからバイパスに入っても八王子に戻るだけなのに。そもそも通行止めじゃなかったっけ……」

車は八王子バイパスに入る。

「いましかないよ」

バイパスに合流するタイミングでがれきをよけるために車が減速する。そのタイミングで左右のドアを同時に開けようとする。

だが、空かない。鍵がかかっているのだ。

チャイルドシートか。

「どうしたの?」と運転席の男が話しかけてくる。

「すみません。トイレに行きたいんですけど」

「ああ、それなら早く言ってよ。って言ってもなあ。男子ならともかく女の子に立ちしょんさせるわけにもいかないしね」

と一瞬こちらを振り返った時、車が壁にぶつかった。わたしとりんごは衝突の勢いで。窓ガラスにぶつかりそうになったがエアバックにぶつかってなんとか止まった。

 

壊れた車を見て呆然とするわたしとりんご。

「大丈夫かい?」と運転手が優しく声をかけてくれる。

「はい。ちょっと頭が痛いです」

「病院に行くにも、いまはね」

そのとき、戦闘機が上空を飛んでいく。

「また空爆か」

爆音が響く。八王子がまた空爆されたのだ。

自警団の人たちは大丈夫だろうかと心配になった。

「戻らなくてよかったかもしれないね」と運転手の老人。

「戻ろうとしていたんですね」

「国道16号の南、相原の方でもゲリラ部隊が出たみたいでね。ひとまず八王子バイパスに向かうことにしたんだ」

さっきのラジャーはそういう意味だったのかとわかった。じゃあ、やっぱり自警団?

前に進んでもゲリラ、戻っても空爆。

どうしてこの世界はこんなことになっちゃったんだろう?

 

おばあちゃんがいっていた。

「昔の日本は平和だった。でも、わたしたちが選択を間違えたせいでこの国は壊れてしまったんだ」と。

「昔は選挙というものがあって、政治家を選挙で選ぶことができたんだ。なのにそうしなかった。政治家を変えるべき時に変えなかった。

『いまのままでいいや』『変えてもうまくいかなかったらいやだ』そんな空気が当時の日本に広がっていて、最後のチャンスを逃してしまったんだ。

そのあとはなにをやってもうまくいかなかった。首都直下地震、南海トラフ地震、ほかにもたくさんの災害が襲ってきて、経済も壊れて、西日本には人が住めない場所もできた。

小さな間違いを続けて、最後には壊れてしまった」

「どうしたらよかったの?」とわたしはきいた。おばあちゃんは、

「選択を間違えることは全然恥ずかしいことじゃないんだ。本当にダメなのは選択を放棄することなんだ。

何も考えず、投票にもいかない。『誰でも同じだ』それが実は間違いだとわかったのは、間違った人間を選んだ時だった。

あたしらは選挙に行くことを、よい政治家を選ぶ努力を怠った。本当に大切なものは失ってはじめてわかる。人生には時にたった一つの間違いが途方もない不幸として押しかかることもある。わたしたちにとってはあの時がそれだった。

でも、間違いを恐れすぎるのもよくない。一つの間違いが取り返しのつかない、そんなことは80年生きてきて1度だけだった。それ以外は後で取り返せるってことだ。

普段から間違っておく練習をするんだ。絶対に間違ってはいけない選択で間違えないためにね。

間違ってもいい。たいていの間違いは取り返しがつく。

間違いから学ぶことも大切だ。そうすれば、間違いやすい選択肢が分かるようになる」

「それでも間違えちゃいけない選択を間違えたら?」

「それでも絶望してはいけない。だってまだ自分は生きているんだからね。生きている限り間違えるかもしれない。それでも、死ぬ最後の最後まで、考えるんだ。死なないように、間違えないようにね。何も考えずに他人任せにして死ぬのだけはごめんだ。

もし自分に何かを変える力が、機会が与えられたなら迷わずそれをつかむんだ」

 

死にたくない。

いったいどうすればいいの?

そのときまた映像がみえた。

爆弾の雨が降る。その一発の破片がりんごの頬を傷つけるのが見えた。

このままここにいると危ない。

「下に逃げよう!」

「わかった」りんごはわたしの左手をつかんだ。

「ちょっと、どこに行くんだい!?」

運転手さんと助手席の老人たちをおいてわたしは走った。

バイパスの下に避難した。

「また見えたの?」

「たぶん。バイパスの上に爆弾がたくさん降り注いできて、それでりんごがほっぺをけがしてしまうの」

「ほっぺにけが?」

「うん」

「かれいのその未来が見える力、不思議だよね」

「お母さんが目の前で死んで、それから見えるようになったんだ。きっとこの力はりんごちゃんを、大切な人を死なせいための力なんだと思う」

「うん。ありがとうね」

上空に爆撃機の音。

わたしはふと上を見た。弾の一つが爆撃機から放り出されて近づいてくる。そして、その一発が真上に落ちてくるのを。

 

まただ。

まただ。

わたしはまた失う。

流れ出る血が止まらない。

映像で見たのよりずっと大きな破片がりんごちゃんの腹部に刺さっている。

そう。確かにわたしは未来を見ていた。

「だいじょうぶか」男性の声。

運転手さんと助手席の人は軽いけがで済んだ。

そう。わたしが余計なことをしなければほっぺがかするくらいで済んでいたに違いない。

2人の老人がりんごちゃんの手当てをしてくれる。でも、専門じゃないから包帯を巻いて止血するだけ。その包帯もすぐに赤くなる。

「ねえ、かれい」

「ごめんね! ごめんね! ごめんね!」

「かれいは悪くない。わたしがバカだっただけだから」

りんごちゃんは目をつぶった。

老人たちは救急車を呼ぼうとするが、戦争でたくさんの人がけがしているからすぐにこれないみたい。

「ごめんね。ごめんね」

おじいちゃんたちは何度も何度もわたしたちに謝った。

 

どうしてわたしじゃないんだろう。

わたしにはりんごちゃんを危機から救う力があったのに。

いや、わたしはただの女の子で、魔法少女みたいな不思議な力もない。

未来の危険がちょっと見える、それがいったい何の意味があるの?

お母さんも死んじゃった。大切な友人をも失おうとしている。

戦争はわたしから大切なものをすべて奪う。

憎い。お母さんを、りんごちゃんを奪おうとする世界が憎い。

憎しみ、それ以上にあふれるのは涙だった。

目を開くとオレンジ色のなにかがにじんで見える。

なに?

目をハンカチで拭う。にんじんが転がっているのが見えた。

「なんでにんじん?」

そのにんじんは普通より大きくて、光っていた。

『食べて!』

どこからか声が聞こえた。

わたしは光っているにんじんに恐怖を感じた。しかし、それ以上に抱いたのは

「おいしそう」

よだれが止まらない。

もう我慢できない!

もぐもぐ。

「あれ、おいしくない。味がしない」

その時、目の前にオレンジ色の細長い小さい生き物が現れた。しかも、空を飛んでいる?

「やあ。君はいまにんじんを食べたね。名前を教えてくれるかな?」

「……もしかしてわたしに言ってる?」

「もちろん。名前を教えてよ。僕はにんじんの妖精、とでも呼んでほしい」

表情が読めないのになぜか笑顔なのが分かる。う~ん。うまく説明できない。

「かれい。花木華麗」

「とっても素敵な名前だね」

「あなたはなに?」

羽の生えたにんじんみたいなそれは慌てた様子で、

「それを説明するためにはいろいろ説明しなくちゃいけないことがたくさんあって、3日かけても終わりそうにない。大事なことだけ。いまのままだと君のお友達は死んじゃうよ?」

「そうだ! にんじんの妖精さん。あなた、りんごちゃんを助けられるの?」

「僕にはなにもできないよ」

「なにそれ! 光ったにんじんを食べて出てきたのに、おかしいでしょ!」

「君がりんごちゃんを治療するんだ」

「そんなことできるわけないでしょ!?」

「できるよ」

「どうやって?」

「まだにんじんが半分残っているよね。それを食べさせるといい」

「わかった。それで治るんだね」

まだ聞きたいことはあるけど、いまはりんごちゃんを助けるのが先だ。

りんごちゃんが倒れている場所に戻る。さっきよりも顔がさらに青ざめていた。

「りんごちゃん。食べて!!」

わたしは半分残ったにんじんを右手で口の中に放り込んだ。りんごちゃんは弱弱しく咀嚼してごくんとにんじんを飲み込んだ。

すると、顔色が戻ってきた。傷口は瞬く間にふさがっていった。

「信じられん」と運転手。

「いったい、君は何をしたんだ?」と助手席に座っていた黒人が初めて口を開く。

「ねえ、どういうこと?」

振り返ると笑顔の細長いにんじん……の妖精さん。

「とりあえずここを離れよう。また爆撃されるかもしれないからね」

「わかった」

にんじんの妖精さんの指示に従って4人で移動した。りんごちゃんに肩を貸して一緒に歩く。歩けるくらいには回復しているみたいだ。どういう理屈なのかはわからない。

移動中妖精さんと話をした。どうやら心で念じるだけでテレパシーみたいな感じで会話できるらしい。

『ねえ、あなたは何なの? にんじんの妖精さん?』

『そうとも言えるし、そうじゃないともいえる』

『じゃあ、あなたは自分がなんだと思っているの?』

『魔法畑って知ってる?』

『知ってるよ。あれのせいでこんなことになったんだから』

『あれ、僕の畑なんだよ』

『冗談だよね?』

『本当だよ』

『もしかしてさっき食べたにんじんも畑でとれたの?」

『取れたともいえるし、取れていないともいえる』

『さっきからなんなの、その言い方』

『魔法畑には不思議な力が宿っていてね、その力の一部を封印したのがさっきのにんじんなんだ。普通の人には見えなくて、素質がある子にしか見えない。君はそれを見て食べたんだ』

『あなたの畑のせいでわたしのお母さんが死んじゃったんだよ! なんとかしてよ』

『それは災難だったね。でも、僕にはどうしようもできない』

『無責任にんじん!』

『でも、力を貸すことはできる。カレイ。魔法畑の守護者になるつもりはないかい?』

『魔法畑の守護者?』

『そう。魔法畑の守護者。守護者になれば力も使えるようになるし、この戦争を終わらせられるかもしれないよ』

『……そういう詐欺、とかじゃないよね?』

『詐欺? よくわからないけど、とっても大切なことだよ』

『守護者って、魔法少女みたいなもの?』

『そうそう。魔法も使えるし、その理解で正しいよ』

『なんか適当だね』

『にんじんの妖精はポカポカしているのが大好きだからね』

『ポカポカと適当は違う気もするけど。……にんじんの妖精さんはって、ほかにも妖精がいるの?』

『うん。いるよ。魔法畑ごとに営業担当者が……。なんでもない。八王子に魔法畑ができてから2年。ずっと守護者を探していたんだよ』

『もしかしなくてもさ、守護者って戦わないといけないの?』

『戦いたければ止めないよ』

『それならやりたくない。人を傷つけたくないし』

『戦いを強制するつもりはないよ。戦わなくてもいい。守ってくれさえすれば』

『戦うと守るって同じことじゃないの?』

『守護者、いや魔法少女には戦わなくても何とかする方法があるんだよ』

『本当に!? 本当に戦争を止められるの?』

『がんばればきっとできるよ。魔法少女に不可能はないからね』

『わかった。わたし、魔法使いになる。八王子を守るために』

『よし。決まりだね』

『で、どうすればいいの?』

『移動しよう』

 

「トイレに行く」そういって3人から少し離れた山の中に入った。

にんじんの妖精はいう。

「守護者になるためには手続きが必要で、とりあえず契約書? にサインしてくれればいいから」

「契約書」

「この国、じゃなかった。日本はもうなくなってるから、未成年で契約破棄とかはできないよ。そこのところよろしくね」

「契約破棄?」

「昔、民法っていう面倒なのがあってね、18歳未満だと契約に同意しても、親の同意がないからって無効になったりしてたらしいんだ。一応念のためね」

「ふうん」

なんだかよくわからないことをいうにんじんの妖精だと思った。

で、契約だけど、A41枚にびっしりと文字が書き込まれている。日本語じゃないへんな文字で書かれた部分もある。

「なにこれ! ほとんど読めないんだけど」

「とりあえず3行だけ読めばいい」

そういうと、文字が浮かび上がって、3行の文章が目の前に浮かんでみえる。

「どうなってるの? 文字がふわふわ浮いている」

「魔法畑の妖精さんだからね、これくらいで驚かないでほしい。

1、甲は乙を魔法畑の守護者にするために力を与える。

2,乙は甲に対して魔法畑を守護する義務を負う。

3,契約締結後速やかに1と2が実施されなければならない。なお、1,2実施後の契約破棄はできない。

以上だよ」

読んでもよくわからない。

「甲と乙ってなに?」

「甲はこう、乙はおつと読む。契約書ではよく用いられる形式で、甲は僕のこと、乙は君のことだ」

「じゃあ、1はにんじんの妖精がわたしを魔法畑の守護者にするために力を与える。2はわたしがにんじんの妖精に対して魔法畑を守護する義務を負う、という意味でいいんだね」

「そうそう。別におかしなことは書いてないからさっさとサインしちゃってよ」

「3は契約破棄できないってやつだよね」

「そうそう」

「一つ聞いておきたいんだけど、あなたがわたしに与える力ってどんなものなの?」

「あ、それ聞いちゃう?」

「聞くよ。一番重要なところだし」

「それは契約してからお楽しみっていうやつだよ。どういう感じになるかわかって契約する魔法少女なんている? いないよね」

「なにそれ」

一気に胡散臭くなってきた。

「あ、そうだ言い忘れてたけど、君の友達がいる場所ね、あと20分後に爆撃されるんだ」

「え! さっき安全って言ったのに!」

「比較的安全で直撃はしないと思うけど、この一帯に爆弾が雨あられのように降り注ぐから爆弾の破片が当たる可能性がある。20分は大丈夫だと思う」

その言葉を聞いた直後、また爆撃音。

「わかった。契約すればいいんでしょ!」

「物分かりがいい子で助かるよ」

「で、どうすれば?」

「自分の願いを言うんだよ。そうすればなんかいい感じに魔法が使えるようになるから」

「わかった」

息を大きく吸い込み、吐き出す。「わたしに間違いをただす力をください! この街を破壊から防ぐ力をください!」

空を割く音。何かが近づいている。爆撃!?

その場に伏せた。

煙が上がっているが爆発音は聞こえない。

「なに?」

目を開くと、目の前に1メートルちょっとの長いにんじんが突き刺さっていた。

「それが君の魔法のステッキだよ」

「え? これが?」

「そうそう」

オレンジ色のただの棒切れ。ステッキの上に緑色の葉っぱみたいなのがついている。長細いにんじんにしか見えない。魔法少女っぽくないけど、いまは目をつむろう。

「どうやって魔法を使うの?」

「ステッキを握って、適当に振ってみれば?」

なんか適当だな。

にんじんのステッキを握って、

「なんとかなれ!」

と適当に叫んでみた。

うん。やっぱり何にも起こらないわ。

「これ不良品じゃないの?」

「そんなことないと思うけど」

どうやらにんじんの妖精さんもよくわからないらしい。

「……どうするの?」

「それよりあと10分でここら一帯に爆撃の雨が降るけど」

「ど、どうしよう。い、いこう」

にんじんステッキを手に走り出した。友のもとへ。お友達を守るために。

 

3分で戻ってきた。

「どうしたの? なんか息切れして」

「みんな逃げて。7分後にここに爆撃機がたくさん飛んでくるの!」

「なんだって!」

「大変だ。避難しないと。しかし……」

傷口はふさがりだいぶ顔色はよくなった。それでも走って逃げられるほどりんごちゃんの体力は回復していない。

「置いていって」とりんごちゃんが弱弱しくいう。

「な、なにを言っているんだ!」

「そうだ。せっかく助かったんだから、逃げよう」

「……無理だって。一発ならとにかく、たくさん降るんでしょ? 傘があれば雨をよけられるかもしれないけど、爆弾を防げる傘なんてあるわけない」

「傘があればいいんだね」わたしが答える。

「そういえば、その長いにんじんなに?」

「いいから見てて」

さっきうまくいかなかったのはわたしのなかに具体的なイメージがなかったからだ。でもいまはある。

爆弾を防ぐ傘。それをイメージする。

「爆弾を防ぐ傘、出てきて!」

ステッキを振る。

だが、なにも起こらない。

「どうして!?」

2人の老人が近づいてくる。

「さっきは君が持ってきたにんじんでこの子は助かった。それはすごいことだ。だが、人間には避けられないときがある。誰もが平等に死を迎える、そのことだけは決まっているんだ」

「あきらめないでください! まだもうちょっとだけ……」

「さきほど連絡があった。わたしたちと一緒にいた自警団の半分が先ほどの爆撃でやられてしまったようだ」

「そんな」

「覚悟を決めよう。君たち2人だけでも助けられればいいが、応援部隊がここに到着するまで30分ある。先ほど報告を受けた。きみのいう通り爆撃機の飛行部隊、計10機がこの地域一帯を吹き飛ばすためにやってくる。あと4分」

「本当に、どうにもならないんですか?」

老人たちに聞いた。彼らは首を振った。

「祈ろう」

無理なのかもしれない。せっかく契約したのになんの役にも立たない。

……ちょっと待って。

残り4分。もう一度だけ考えてみよう。

「ねえ、にんじんの妖精さん」

「ふわあ。なあに?」とこの非常事態にのんきにあくびをしている妖精さん。

「契約は結ばれたんだよね」

契約書を見せる。「契約書の1と2はすでに締結されている。そのにんじんステッキが与えられた力で間違いないよ」

「じゃあ、どうして魔法が使えないの? イメージすれば使えるんじゃないの?」

「ステッキにはそれぞれ特性があってなんでもできるわけじゃないんだ。にんじんステッキにはにんじんステッキが使える固有魔法がある。それから派生したものであれば使えるけど」

「にんじんステッキの固有魔法は?」

「雨を降らせる」

「あ、雨?」

「そう。ほかには川の流れを変えたりできる」

なにかに使えそうではあるけど、いまは役に立たなそうな魔法ばかり。

「わたしは雨を降らせたいんじゃなくて、爆弾の雨を止めたいの。雨を降らせられるなら爆弾から守る傘は使えるんじゃないの?」

「使えるのはあくまで雨を降らせる魔法だけだよ。傘は雨から身を守るから正反対だ」

「わかった。じゃあ、このにんじんステッキでどうすれば爆弾を防げるか教えてよ!」

「爆弾は止められないけど、爆弾の爆発で死ぬのは防げる方法はあるよ」

「どうすればいいの!!?」

「ステッキを振って。そして、契約の時の言葉を思い出して念じるんだ。最後に詠唱する」

『わたしの間違いをただす力をください! この街を破壊から防ぐ力をください!』

 

その時、終わりを告げる音が聞こえてきた。爆撃機が10機隊列を組んで八王子に向かって近づいてくる。

りんごが近づいてくる。

「やっぱりまだ死にたくない」

ハンカチでその涙をぬぐった。

「わたしが死なせない。生きて帰れたら一緒に夜ご飯食べようね」

「うん」

抱き合った。

「離れて」

にんじんステッキを握る。

にんじんの妖精さんが言う。「復唱して。『にんじんの雨よ、降り注げ! にんじんスコール発動!』」

「『にんじんの雨よ、降り注げ! にんじんスコール発動!』

爆撃機はわたしを無視して爆弾を投下する。

ダメなの?

投下された爆弾は、真下に突然現れた雲に飲み込まれた。雲から出てきたのは爆弾と同じ大きさの巨大にんじん。

ドスン。

ぼとぼとぼと

にんじんだ。

「にんじんだ」

「にんじんだ」

「爆弾がにんじんになった」

爆撃機は通り過ぎていった。

そのあともしばらく爆発音は聞こえなかった。



第1章終わり。第2章に続く。
次回の更新は2025年1月末を予定しています。


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