『魔法畑の守護者カレイ』八王子戦争編 第3章 八王子市高尾


第3章 八王子市高尾

 

かぼちゃが空を飛ぶなんてなんだか変、そう思うけど実際に飛んでいるんだよね。

「このかぼちゃ、どこにいくの?」

「言ったでしょ。八王子の魔法畑がある場所だし」

「どこにあるの?」

「高尾ってとこらしい」

「高尾……? ここからだと遠いよ」

「かぼちゃのUFOならあっという間だよ。たぶん15分くらい?」

「早いね。これUFOなの? どういう仕組み?」

「勝手にUFOって呼んでるだけだし。なんか円盤みたいじゃね?」

「そ、そういわれればそうかも」

どうしよう。やっぱりなんかこの子、話しづらい。ノリで生きているタイプだ。

そのあともしょーぎちゃんから話しかけられて、適当に受けごたえした。

 

20分後。空飛ぶかぼちゃは高尾の山中に降り立った。

「知らない人が見たら本当にUFOみたいに見えるかもね」

「でしょでしょ?」

うれしそうだ。さっきからずっとしょーぎちゃんは嬉しそう。人と話すのが好きなのかな?

「山の中だけど、魔法畑まではまだあるの?」

「何言ってるの? ここだよ。ここが魔法畑」と地面を指さす。

「ここ畑じゃないよ。ただの山林」

「最初はそういうもんだし。魔法畑は守護者が耕してはじめて畑になるんだし」

「えええ!!」

そんな話聞いてないんだけど。

「勘違いしている人多いけど、魔法畑ってものすごく広いんだよ。八王子の場合は中核地域100ヘクタール、周辺地域1000ヘクタールもある」

「100……ヘクタール?」

聞きなれない単位だ。

「1ヘクタールは100メートルかけ100メートル。100ヘクタールだからその100倍。1平方キロメートルともいう」

「1平方キロメートル?」

それって結構大きいの?

「全体で11平方キロメートルあるから、八王子市全域より広い。要するに八王子市全部魔法畑だと思えばいいんだし」

「なんで守護者のわたしよりあなたの方が詳しいの?」

「情報通だからね」と笑うしょーぎちゃん。「それより、呼び出しておいてどこいったのかな」

「そうだ。にんじんの妖精さん! いるんでしょ」

にんじんの妖精さんが突然目の前に現れた。

「カレイ来るのが遅いよ」

「場所もいわずにおいていくのが悪いんでしょ」

「妖精さんはいつどこでも現れることができるからつい」

「それより魔法畑を耕すなんて聞いてないんだけど」

「契約書に書いてあったんだけど」

「あんなごちゃごちゃ契約書、読めるわけないでしょ!」

「でも、魔法畑を守るために耕さないといけないのは前提みたいなものだよね?」

「最初からそういうのが突然できたと思うでしょ!」

「特産品についてはそれで間違ってないよ。魔法畑は不思議空間だからね。勝手に生えてくるやつもある。たとえば、カレイの足元。なんか生えてるでしょ? 引っこ抜いてみなよ」

「ええ。突然何?」

「言われたとおりにしてみたら?」と楽しそうに眺めるしょうぎちゃん。

引っこ抜いてみるとなんか、変な草が取れた。

「なにこれ?」

「うちわ」

「うちわ?」

「八王子の魔法畑の特産品だよ」とにんじんの妖精さんが教えてくれる。

「うちわが特産品なんだ」としょーぎちゃんは興味しんしんにうちわを見る。

「特産品って何?」

「魔法畑の中核部分でしか収穫できない収穫物があるんだ。それを特産品というんだよ」

「うちわ、なに使うんだろう」としょーぎちゃんが腕を組む。

「……しょうぎちゃんもにんじんの妖精さんが見えるの?」

「当たり前でしょ。守護者に選ばれる素質がある人間に妖精さんが見える。これ常識だし。あ、ついでに紹介しとく? ねえ、パンプキンちゃん」

目の前に空飛ぶかぼちゃが現れた。本体のサイズはわたしの頭くらいで不釣り合いに小さい羽がひくひく動いている。なんでこんな小さい羽根で飛べるの? でたらめだ。

「ごきげんよう。お初にお目にかかります。わたくしこういうものです」

礼儀正しいパンプキンちゃんの頭が突然開く。びっくりしてのけぞる。

中に名刺が入っていて、手を入れて取り出す。

「ええと『パンプキンちゃん。中部日本魔法畑管理部所属霊峰富士魔法畑管理部営業1課副課長兼、中部日本教育担当第2課課長』」

やたら長い肩書。なんか仕事熱心そうだし、にんじんの妖精さんとえらい違いなんだけど。

「本当ににんじんの妖精さんと同じなんですか?」

「名刺を見ていただければわかると思いますが、当方は営業課の副課長であります。副課長というのは部下の規範となり部下を従える役職でありますから、階級でいうと当方の方が上でございます」

「にんじんの妖精さんはいかにも平っぽいもんね」

「そんなことないよ。静かな退職を実行しているだけだから」

「もしかして八王子の守護者が見つからなかったのって」

「静かな退職中だから残業はしない。これは社内ニートとしては曲げられない信念なんだ」

にんじんの妖精さんは自信満々にそういった。

「くだらない信念」

「もっとポカポカして!」

頭を殴ってみた。

「なにするんだ! いきなり殴るなんて」

「でも、ポカポカしてって……。あ、優しくしろって意味だった?」

「決まってるじゃないか! 今どきの新入社員はね、優しくしてもらわないとすぐ辞めちゃうんだ。だから褒めて褒めて!」

「新入社員はどっちかっていうとわたしの方だよね?」

「そうです」とパンプキンちゃん。「彼は新人ではありません。対して、守護者カレイはまだ契約したばかりで何もご存じでない。先輩としてもっとしっかりと教育するべきです」

「教育ってなに? それおいしいの? 甘いの? 僕は営業課所属で、カレイの教育担当はまだ決まってないんだ」

「なに、その縦割りのお役所仕事」

なんだろう、契約を取ってからにんじんの妖精さんがますます適当になっている気がする。契約したからもうどうでもいい、なんてことないよね?

「そうやって説明義務を怠るから問題が起こるんです。見てください。彼女は魔法畑を耕す義務があることすら知りませんでした。事前説明を怠るとあとで契約者ともめると営業研修で学ばなかったんですか?」

「僕はパンプキンちゃんの部下じゃない! 偉そうにするな!」

「確かに指揮関係はございません。霊峰富士と東京は管理部がことなりますからね。しかし、契約書の説明についてはどの地域でも同じルールのはず」

「そうだよ。魔法畑を耕す義務ってなに? この広い魔法畑をわたしひとりで耕して回らないの?」

にんじんの妖精さんが答える。「耕したくなったら耕せばいいし、耕したくなかったら耕さなくてもいい。気分で! 心を鍛えれば耕せるはずだよ」

「待って。心を鍛えるって何?」

「いまの意見に補足いたしますと、魔法畑というのは守護者の心とつながっていて、守護者の心が成長すれば魔法畑が耕されて、より実り豊かになるということです」

「すごくわかりやすい説明ありがとう、パンプキンちゃん」

「いえ、礼には及びません。説明義務の内容を伝えただけ、当然のことをしたまで」

パンプキンちゃんを見ていると、このにんじんの妖精がいかに適当に生きているのがよくわかる。妖精ってみんなにんじんの妖精さんみたいな感じなのかと思ってけど、違うみたい。

「なんで! なんでそんなヒエヒエなの! もっとポカポカして!」

またポカポカしてと催促。また頭ポカポカしてやろうか。

「でも、契約書の内容をちゃんと説明してないのはカレイちゃんが悪いよね。説明しないのは妖精が悪いけど」としょーぎちゃん。

「次から気を付けます」とにんじんの妖精さんが謝る。

「次からって、契約破棄でなきないのに?」

「あ、ばれた?」

なんか笑ってごまかそうとするにんじんの妖精さん。

「あのねえ」

そのとき、地面が揺れた。

「な、なに。地震!?」

「御心配には及びません。これは魔法畑の主がいらっしゃる前触れですよ」

「魔法畑の主?」

「僕の上司みたいなものだよ」とにんじんの妖精さんが補足する。

揺れが収まると目の前に魔法畑の主? いや、なんかハンマーみたいなのが見える。

「なにこのハンマー」

わたしはなんとなくつかんでその場で振ってみた。

「ちょ、ちょっとやめて」

「あ、しゃべった」

「魔法畑の主を勝手につかむな!」

「ご、ごめんなさい」

わたしが手を離すとハンマーは空に浮かぶ。

「まったく。せっかく新任の子と面会しようと思ってきてみたら、一般常識が欠如しているようだ」

あ、これ知ってる。いきなりお説教が始まるやつ。質問してうやむやにしちゃおう。

「あなたが魔法畑の主、なんですよね?」

「いかにも。正確には八王子の魔法畑管理部部長である。1000年以上前からこの土地を治めている」

なんか会社みたいだな。もっとファンタジーな感じかと思ったのに。

「それで、わたしはなにをすればいいんですか? 魔法畑を耕すとか言われたんですけど」

「花木華麗。君は魔法畑の守護者のなかでも卓越した才能がある」

「わ、わたしが、ですか?」

「へえ、すご~い」としょーぎちゃんが適当に褒めてくる。

「にんじんの守護者カレイよ。君には大いなる使命が与えられるであろう。それを果たすために日々精進しなさい」

「は、はいがんばります!」

なんとなく雰囲気で答えちゃったけど、いいのかな?

「では、わしは用が済んだので帰ることにする」

「え、ちょっと待ってください。何をすればいいんですか?」

それにこたえることなく魔法畑の主、ハンマーは言いたいことだけ言って姿を消した。

「……丸投げ?」

「まあ、たぶん適当に言っていたんだろうね」としょーぎちゃん。

「適当なの!?」

「あのにんじんの妖精の上司だよ? 新人をおだてるためにそれっぽいこと言ってみただけだよきっと」

「やっぱりそうなんだあ。ああ、でも心を鍛えればいいんだよね」

パンプキンちゃん以外適当なやつしかいないのか、この界隈。

「そうそう。心をポカポカにしておくのがとっても大切なんだよ」とにんじんの妖精さん。

「心をポカポカに」

「うちもあんまり詳しくないし、管轄外だし教えられることないかな。ごめんね。じゃ、夜遅いし帰るね~」

「あ、待ってよ」

かぼちゃを大きくしてパンプキンちゃんと一緒にいなくなってしまった。

「なんでみんな教えてくれないの? ねえにんじんの妖精さんでもいいから教えてよ」

振り向いたらにんじんの妖精さんはいなくなっていた。

その場に紙が落ちていた。

『定時なので退社します』

「あいつ!」

ムカムカして紙を破り捨てた。

結局、わかったようでなにもわからなかった。

 

富士に戻る途中の空飛ぶカボチャの上。しょーぎちゃんとパンプキンちゃんが話をしている。

「偵察にきておいてよかったし。まさか八王子にあんな子がいるなんてね」

「近い未来、我々の脅威になるかもしれませんね」

「八王子市内全域に落ちてくる大きな落下物全部をにんじんに変える能力。それでいて魔力を消費して疲れている気配も見せない。あれは相当やばい」

「どうするおつもりですか?」

「いったん帰って報告。あとはあの子がなんとかしてくれるでしょ。一番いいのは味方にすることかな。でも、なんか避けられてる感じしたんだよね~」

「守護者しょーぎの人当たりの良さは認めているところですが、難しいでしょうな」

「もうちょっと心を開いてもらわないとどうしようもないね。ま、他人事だけど」

「他人事なんですか」

「ここは富士山から遠いしね。しばらく様子見かな」

しょーぎちゃんは微笑んだ。

 

これからどうしよう、考え始めたら寝ていて気づいたら朝になっていた。

なんだか、最近寝すぎじゃない?

「ああ、なんかまだ眠い」

「それはきっと魔法を発動しているからだよ」

目の前に現れるにんじんの妖精。

「あ、いたんだ」

「一晩中、襲われないようにこっそり見守っていたっていうのに」

「そうなんだ。ありがとうね、にんじんの妖精さん」

「ポカポカ言葉ありがとうね、カレイ。そろそろ魔法は解除していいと思うんだ。3日前から爆弾の雨は降らなくなったし。あの魔法は範囲魔法だから膨大な魔力を消費する。その影響で眠くなっているんだ」

「やたら眠いのって魔法使ってたからなんだ。解除ってどうすればいいの?」

「さあ?」

「またあやふやだね」

「仕方がないだろう。とりあえず、魔法を止めるって念じてみたら?」

「わかった」

魔法を止めてください。

すると、地面が揺れた。

「え?なに!?」

「魔法畑の主(部長)の了解を得たんだよ」

「これで魔法は解除されたんだ」

「たぶん」

「たぶんって、わからないの?」

「たぶん。いや、絶対大丈夫。解除された」

「もう眠くならないんだ」

「それより、厄介なことが起こっているみたいなんだ」

「厄介なこと?」

「魔法畑の中核をかぎつけたやつがいるみたいだね」

「ここが狙われるの?」

「パンプキンちゃんに乗って派手に飛んできたとき、誰かに見られていたみたいだ」

「どうしよう。ここが破壊されちゃったら」

「いや破壊はできないよ」

「破壊できない? なんで?」

「魔法畑の中核部分はここにあってここにない。現代科学を超越したパワーで守られているから傷一つつけることすらできないんだ。だから逆に攻撃して壊れなければ魔法畑だと判断しようとする過激な連中もいるみたいだけど」

「そいつらが爆弾落としてるの?」

「そうなんじゃない? 人間同士の争いに妖精さんはかかわらないルールだから詳しいことは知らないけど」

「攻撃されても無傷なら守護者はなにから魔法畑を守るの? 守護者って必要?」

「魔法畑が完全に守られるのは守護者がいるからなんだよ。魔法畑と守護者の心は契約によってつながっている。守護者の心が傷つくと魔法畑は傷つくんだ」

「なにそれ、聞いてないよ!?」

「だから心を鍛えてほしいって言ったんだよ」

「そういうことなの!?」

「あ、きたみたいだよ」

上空にプロペラ音。見上げると軍用ヘリコプターがホバリングしている。

「逃げなきゃ!」

「どうして? 逃げなくていいよ」

「だって、わたしが狙われているんでしょ」

「だから魔法畑は傷つけられないって。ここから離れる方が危ない。魔法畑の上なら守護者は不思議パワーで守られるからここにいる限り安全なんだよ」

にんじんの妖精さんは陽気な笑顔を浮かべている。だいじょうぶなんだろうか。信じてみることにしよう。

ヘリコプターからタラップが下りてきて、それをつかって女性が一人下りてくる。20代後半くらいの黒髪長髪。

ヘルメットをぬぐ。美人だ。

「はじめまして。どうやら君が八王子の魔法畑の守護者のようだな。名前は?」

答えない。下手に情報を言わない方がいい気がした。

「返事はなしか。まあいい。あたしは王実嶺(おうみれい)。新東京都第24管理区域の魔法畑管理委員会に派遣された第2部隊長だ」

下の名前が似てる? あと、また出たよ長い肩書。どうして長い名前が好きなんだろう?

「かれいです」

「守護者カレイ。君の能力はどうやら爆弾をにんじんに変える能力のようだな?」

「どうしてそれを」

王は笑った。「やっと答えてくれたね。これで君が魔法畑の守護者で、にんじんの妖精さんと契約したことが確定した」

ああ、いまのはドラマとかで見る誘導尋問ってやつだったんだ。どうしよう。

「魔法畑を奪いに来たんですか?」

「魔法畑を奪う? ははは」と口を大きくあけて笑う。「誤解だ。そもそも魔法畑を奪うことなんて誰にもできないんだ。あいさつに来ただけだ」

「よろしくおねがいします」

わたしは頭を下げてあいさつをした。

「いいお辞儀だ。では、よろしくお願いします」

王も頭を下げてお辞儀をした。

「挨拶が終わったので帰ってください」

「ははは。守護者カレイは面白いね。確かに用事の一つ目は終わった。次は2つ目だ」

「まだあるんですか?」

すぐには帰ってくれなさそうだ。それどころかさらに2人の大人が下りてきた。

「ワン部隊長。彼女がマルタイで間違いないのですか?」

「ああ。そのようだ。確保しろ」

それを聞いて2人の大人がわたしに近づいてきた。あっというまにわたしはステッキを取られて、捕まってしまった。

「2つめの用事はヘリコプターの中でするとしよう」

わたしは男たちにヘリコプターに連れていかれた。

どうすればいいんだろう。これからわたしはどうなっちゃうんだろう。

「心配するな。危害を加えるつもりはない。ただ、素直に聞いてくれそうにないのでな」

「わたし、暴れたりしません。だから放してください」

「守護者カレイがそういうならそうしよう」

2人の屈強な男がわたしから離れた。自由に動けるようになった。

「ずいぶん聞き分けがいいんですね?」

そういえば柏木もわたしを部屋に入れたけど、閉じ込めようとはしなかった。大人って案外いうこと聞いてくれるものなのかも?

「守護者様の心をむやみに傷つけたくはない。魔法畑にどういう影響が出るかわからないしな。守護者と魔法畑の仕組みについては当然説明を受けていると思うが、魔法畑は守護者の心とつながっている。守護者を傷つければ魔法畑は傷つく。我々の組織、管理委員会に限った話ではないが、魔法畑を可能な限り無傷で手に入れたいんだ。だから、手荒な真似をして悪かった」

王は謝罪した。

「このヘリコプターはどこに飛んでいるんですか? 管理委員会ってなに?」

「説明をする前にどうやら支部に到着するようだ。話は委員長との接見で話すとしよう」

「委員長」

また長い役職がついていそうな人と話をするのか。はあ。

ヘリコプターは山中を飛び、学校のグラウンドに到着した。

最初に王がヘリコプターから降りる。下に制服を着て武器を持った兵士たちが近寄ってきた。

「お疲れ様です、王警視」

「守護者かれいに任意同行いただいた。丁重にもてなせ」

「は」

と敬礼する男性。2人の屈強な男たちに両側を固められながら、学校へ進む。

道には赤じゅうたんが引かれて、両側には制服を着た中年男性が敬礼している。

なんか変なところに来ちゃったなあ。

学校に入ると、すぐのところに地下に向かう階段がある。

「ここを降りる」

たぶん空爆対策なんだろう。創価学会自警団と同じだ。

出たければ多分出してもらえるだろうと思い、王部隊長についていく。

階段はかなり長く続いている。5階分くらい降りただろうか? 扉がある。両側に警備の人がいる。また敬礼する。

「ワン部隊長。中で委員長がお待ちしております」

「扉を開けろ」

扉は人力で開いた。

長テーブルがあって、奥に人が一人座っている。わたしを見ると立ち上がって近づき、握手を求めてきた。握手した方がよさそうだったので、手を出す。老人は力強く両手で握りしめてきた。

「お初にお目にかかります、守護者様。自分は新東京都第24管理区、八王子の魔法畑管理委員会委員長をしている田中と申します」

出た、また長い自己紹介。なんでこう長いのばっかりなんだろう。

「よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします、守護者様。さあ、お座りください」

彼は長テーブルの奥に戻って座り、わたしは向かいに座る。わたしから見て右側に王部隊長、左手にヘリコプターに乗っていた屈強な男の一人、後ろにもう一人立っている。

逃げられそうにはない。逃げるつもりもないけど。まずは少し話を聞いてみよう。

「では、まず我々の組織の説明からさせていただきます」と王部隊長。「魔法畑管理委員会は2046年に設立された組織です。その目的は魔法畑の守護者を探し出し、保護することです。八王子では長らく守護者が不在で、魔法畑をめぐって我々と3つの組織との間で抗争がありました」

「3つの組織?」

「創価学会自警団、日本共産党自警団、統一協会抗日部隊です。以下必要であれば説明を加えますが、要するにこの3つの組織が八王子を拠点にして魔法畑を奪おうとしているという状況です。ヤクザやマフィアのようなならずものと考えればいいでしょう」

「創価学会ってヤクザなんですか?」

「昔はそうではなかったね」と委員長。「報告によると、君は創価学会自警団と接触しているみたいだね」

「はい」

「彼らは危険な集団なんだよ。もともと創価学会は、池田大作という指導者を天皇に置き換えようとする総体革命という危険思想を持つ仏教系でも過激な日蓮正宗系のカルト教団だったんだ。いろいろあって彼らが支持母体の公明党が1955年以来与党であり続けた自由民主党と連立を組むようになり、30年間この国の与党の座に座り続けた。我々はその危険性を理解しながらも、政権与党にいたので容易には手を出せなかった。

2033年に自由民主党が下野したとき、公明党は解党した。我々は弱体化した学会幹部を一斉摘発し、当時の七代目会長および幹部連中を逮捕した。しかし、その後、民主党政権成立後の混乱で日本政府は崩壊した。我々は行き場を失ってしまい、一度は壊滅させた学会は復興してしまった」

総体革命、日蓮正宗、公明党っていうのはよくわからない。自由民主党は戦前の与党だったところだよね?

「あの、歴史が苦手でよくわからないっていうか」

「そうなのか」

「わからないことがいっぱいあるんですけど、聞いていいですか」

「なんでも聞いてください」

「魔法畑管理委員会は2046年にできたんですよね。なのに、まるでまだ日本があったころから存在しているみたいに言われて……」

「ああ、そうか。大切なことを説明し忘れていたよ。確かに、魔法畑管理委員会ができたのは4年前、2046年のことなんだけど、その前身となる組織があるんだ。魔法畑管理委員会は3つの組織の乗り合いで構成されている。そのうちの一つが警察だ」

「田中委員長は警察なんですか?」

「そうだよ。正確には警視庁公安部と公安調査庁が再編され特高警察と名を変えた組織がもとになっていて、我々は日本を守る警察官だったんだ」

「警察官? 本当に?」

「当時は治安維持活動に従事していてね、機動隊って知っているかな? いま戦っている第9方面部隊は古巣だ。警視庁での最後の階級は警部だった。が、政府崩壊後予算不足になって、国家を守るために存在してた我々公安警察がやり玉に挙げられて真っ先に人員と予算が削減されてしまった。それでも国を守るためにそれまでに拳銃だけでなく、押収した武器を使って日本の敵と戦い続けてきたんだ。創価学会、日本共産党、統一協会は我々の、そして日本国の敵だ」

話を聞いていて、だんだん不安になってきた。

「あの、わたしの友達のりんごちゃんが創価学会自警団っていうところにいるんですけど、だいじょうぶなんでしょうか?」

「聞いているよ。創価学会は危険な団体だ。おそらく、君の友人を人質にとって、君を味方につけて思い通りに操ろうとしているに違いない」

「そんな」

「創価学会は洗脳が得意だ。彼らの釈伏で君の友人が洗脳されてしまうかもしれない。そうなると厄介なことになる」

王部隊長が発言を求める。「委員長。よろしいでしょうか」

「構わない。いいなさい」

「守護者カレイの友人が誘拐されて3日。連中が本気を出せばあと1日ほどで洗脳が完了してしまうでしょう。そうなれば彼女の心を取り戻すことは容易ではありません。田中委員長。いますぐ谷野町の拠点をたたくべきです」

「確かに。長々と議論するよりもまずは行動しなければならない。守護者カレイが我々に協力しやすくなるかもしれない」

「では、作戦計画をいまから立案いたしますので、それまで退席します」

「うん。任せたよ、王部隊長」

その時、また映像が浮かんだ。柏木がりんごちゃんののど元にナイフを突きつける光景が見えた。

「待ってください!」

王部隊長の足が止まり、振り返る。

「どうした? 守護者カレイ」

「その作戦でりんごちゃんが死んだりしないですよね?」

「死なないように努力する」

「努力する? それじゃダメです。もしだめだったで、りんごちゃんが死んだらわたし一生恨みますからね」

王部隊長をにらみつける。

「……わかったよ。そう怖い顔をするな。そもそも今回の作戦目的はりんごちゃんの救出だ。学会を滅ぼすことではない」

「絶対に、死なせないでくださいね!」

「ああ」

そういって、王部隊長は退室した。

「さて、作戦計画が決定するまで少しおしゃべり、いや食事といきましょう。にんじんをもってきなさい」

「はい」

委員長の部下の一人が退室した。

「にんじん?」

「君の魔法の力で、爆弾がにんじんになった。いまわれわれはそのにんじんを拾い集めているところなんだ」

「集めてどうするんですか?」

「あのにんじんは魔法畑で収穫されるのと同じ栄養を含んでいるようなんだ。これからにんじんをふるまいたいと思っている」

「にんじんってことは、またカレー!?」

「そうだけど、なにか都合が悪いの?」

「学会でも毎日カレーだったんですよ!」

「でもねえ、カレーはいいんだよ。野菜の栄養を効率的に吸収できるんだ。守護者様には必要な食事だ」

「どういうこと?」

「守護者様の魔力を維持するためには魔法畑でとれた作物を食べる必要があるようなんだ。しかも、契約した妖精の種類でそれが決まるらしい。君の場合は魔法畑でとれたにんじんを艇的に摂取する必要があるんだ」

「ってことは、これからもずっとカレーを食べ続けないといけないの!」

「にんじんを使った料理であればなんでもいい。カレー以外にも肉じゃがとか、煮物でも、サラダにしてもいい」

「はあ。わたし、別ににんじん好きじゃないのにな」

ため息が出た。これから死ぬまでにんじんを食べ続けないといけないなんて憂鬱だ。

「まあ、効率は悪くなるけれど、にんじん以外の地元の野菜でも問題は」

「キャロットケーキが食べたい」

「キャロット、にんじんが入ったケーキのこと?」

「お母さんがにんじんが嫌いだったわたしのために焼いてくれたんです」

「そうか。すぐには用意できないが、委員会に来てくれるのであれば用意しよう」

「やった! ……そういえば、爆撃は止まったけど、戦争はまだ続いているんですよね」

「そうだね。いま八王子には様々な勢力が入り乱れている。それもすべて魔法畑、つまり君を手に入れるためだ。これまでは魔法畑の守護者が見つからなかったから殺し合いだったが、守護者が見つかった今無用な殺生は不要だ。君が守護者であることを明かして、争いを望まないと宣言すればそれは八王子の争いを止めることができる」

「本当に!?」

「君が争いを望まないのであれば、争いは君の心を傷つけるだけ。誰の得にもならない。魔法畑管理委員会のためにその力を役立ててくれるのであれば、八王子の治安維持のために全力を尽くすことを約束するよ」

少しだけ希望が持てるようになってきた。りんごちゃんを学会から救出する。そのあと魔法畑管理委員会に協力して、平和になった八王子で2人で生きていく。そんな未来のためにがんばろう。

第3章終わり。

次回、第4章 創価学会牧口記念会館地下は3月末更新予定です

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