東京で家を買う2022(高級建売見学編)
東京で家を買うという体験のさなかにいる。リアルタイムに近い形で記録を残しておきたいと考え、noteを使うことにした。今回は、ハイグレードな新築建売分譲戸建を見に行った話。
プロフィールの説明を先にしておく。書き手は30代の女性で、家族は夫と幼児(増える可能性あり)。職業は夫婦ともに会社員で、妻の実家が都内にある。
もともと家を買うなら建売の戸建だと考えていた。自分自身も夫もマンションより戸建派。そして注文住宅のようなめんどうなことはしたくなかった。スーモカウンター的な場にまず行ったとき、注文住宅前提で話を進められるがぴんとこず、実家からそう遠くないエリアに造成される分譲地の見学をみずから申し込んだ。多くの人が名前を知っているであろう企業の、名の知れたブランド名の建売だ。
当日は小雨が降っていた。完成した棟に案内されると、リビングがパーテーションで3つに区切られ、打ち合わせスペースがこしらえられていた。20代後半〜30代前半くらいの女性が私たちの営業担当だった。彼女は夫にだけ名刺を差し出し、着席して物件の説明を始めた。この家が建つ街の魅力や分譲地であることのメリットといった内容が大半を占めていた。隣の卓についている、ホワイトカラーと思しき夫婦にカーディガンを着た女の子、という家族に目をやり、「似たような方々が入居するのが分譲地のメリットです。ヤンママみたいな人は入居しないですね」と彼女は話した。旅行会社のカウンターで新婚旅行先の打ち合わせをしたとき「この国にはチャイニーズはあまり来ませんよ」といわれたことを思い出す。
この場で初めて価格が明らかになった。想定より1000万円ほど高かった。各停しか停まらない駅の、栄えていない方の出口から、15分も歩くというのに。
別の棟に移り内見。「仕様は注文住宅に劣らない」と話されていたとおり、高級感にあふれる、すばらしい家だった。建材や設備に詳しいわけではないが、それでもよいものを使っていることは伝わってきた。このときに地震の話になった。住宅営業の場における地震の話とはすなわち、被害に遭わなかった自社物件の話であり、それはときに反転させれば他社物件に住んでいたがために被害に遭った、というか亡くなった方がいる、という内容の話にもなる。個人的に耳を塞ぎたくなるタイプのストーリーであり、別の部屋へそっと移動した。
営業担当とともに分譲地をぐるりと回る。近くの住宅地から、便所サンダルを履き雑種犬を連れた老婆がこちらに向かって叫んでいた。「変な家、変な家、変なやつら」……誰もそのことには触れなかった。隣にヤンママがおらず、近所にやばいババアがいる暮らし。
ふたたび着席し、今後の流れについて説明を受ける。いわく、あと2週間で申し込むか否か意思決定しろ、家の見学は2棟まで、見学希望が重なった物件は抽選、などなど。話を進めてほしかったら連絡ください、とのこと。「以前は注文住宅の営業をしていたが、建売の営業に転職した」と彼女は話していた。たしかに、こんなに売り手に有利な商売が成り立つのであれば、明らかに営業職の仕事の負担は軽く、「女性が働き続けやすい職場」であることは間違いない。
傘をさして駅までの道を歩いた。ここを買うことはないな、と思った。予算的にはいけた。物件もそれなりに魅力的だった。しかし、このタイムラインで買えるのは、すでにいろいろと検討してきた人なのだろう、と感じた。まだ自分たちには即断できる力も材料もなかった。そして、「手厚く営業されて買いたいな」と思う気持ちが芽生えてしまった。
夫が断りのメールを担当に入れたらしい。私は彼女のアドレスを知らない。
それから一ヶ月が過ぎ、自宅に大きな封筒が届いた。そこには「おかげさまで半数に申し込みをいただき」と買いた手紙が入っていた。つまり残った半分の購入を検討してほしい、という意味合いのお知らせだった。この封書が届いたのは、申し込んだ別の物件がタッチの差で業者に買われてしまったタイミングだった。当然落ち込んでいた。だから、自分が買わなかったものが(おそらく売主の予定外に)売れ残っていることを知ると、なんだかしみじみと幸せな気持ちになった。「ざまあみろ」と思うのを止められない自分がいた。そして、自分らがほしいと思ったものが買われ、いらないと思ったものが買われない、という事実は、自分らの正しさを証明してくれているような気がした。別に、何も外形的な進捗はないのに。
私たちの家探しはまだ始まったばかりだった。