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アユタヤ遺跡で2000バーツぼったくられた話🐘
帰国した今もとても悔しい話がある。
その悔しさをバネに私たちはタイにおける外国人旅行客としてのマインドを手に入れた。
旅の多くを語るにはまず、アユタヤでの話をしたい。
バンコクから国鉄で1時間。冷房はおろか、扇風機すらなし、外国人旅行客とタイ人帰省客であふれる三等級の列車でアユタヤへ向かった。
タイの街並みを眺めようと窓側に座ったのが不幸の始まりだった。
タイの列車の窓はほぼ全開である。外気温31度、常夏のタイでは当たり前のようだった。
しかし、窓から入ってくる風が容赦なく顔面に降りかかる。涼しいを通り越して痛い。暴力的であった。このまま当たり続けたら、顔の一部が欠けてしまうと思った。
窓枠に手を伸ばし、少しだけ閉めようとするとボックス席の前にいた男性が、さらに窓をあけてしまった。違う、私は窓を閉めたいんだ。全開にしたいわけじゃない…!!!
タイ人の彼はニコッと笑っていた。
微笑みの国タイを痛感した瞬間だった。
暴力的な風に吹かれながら到着したアユタヤでさらにタイの洗礼を浴びることになった。
アユタヤ遺跡は村の中に点在しており、歩いて巡ることは難しい。
そこでトゥクトゥクを数時間レンタルして回ることがおすすめされている。
駅前には「コンニチハ〜」「ゾウノレル、タノシイネ〜」などと、にこやかに話しかけてくるトゥクトゥクのおじさんで溢れている。
その中のひとりに声をかけられてトゥクトゥクの交渉が始まった。
4時間1200バーツのところを1000バーツにディスカウントできたところまではよかった。しかし、私がネットで調べて行きたかったアユタヤエレファントパークは観光客が多くてゾウ乗りのためにめっちゃ並んで待つから、もう一つのエレファントパークに行ったほうがいいといわれた。ゾウと2ショットが撮れるし、なによりGoogleの口コミ評価が高かったことから、どうしてもアユタヤエレファントパークに行きたいとマップを見せたが、おじさんは譲らなかった。「年末だし観光客も多いから仕方ないか」と彼と話し、おじさんを信じてもう一つのエレファントパークに向かうことを決めた。
トゥクトゥクに乗り込むと、「ヨロシクネ!」とにこやかに握手をされ、「いい人かも!」と若干の疑いで曇っていた心が晴れた気がした。はずだった。
エレファントパークに着くと、おじさんに導かれながら受付でチケットを買う流れになった。
受付のおばさんはトゥクトゥクのおじさんと知り合いのようで「あとはよろしく!」という感じで私たちを置いて消えていった。
残された私たちはおばさんに、
一人1000バーツずつ(虎の餌やり、ゾウ乗り、写真つき)を支払うように求めた。
高くないか、いやこれが相場なのでは?どうしよう。2人で相談するまもなく、彼の胸元のポケットにおばさんがチケットをねじ込み気づいたら私たちは2000バーツを払っていた。
まずはトラの檻の前に行かされ、生肉のついた長い棒を小学生の女の子に渡された。一緒にいた男性は「シャシン!シャシン!コッチ!」
とトラに尻込みする私たちを急かし、とっととエサをやれ、写真を撮るからこっちを向けといった。
あれよあれよと虎に餌をあげると今度は女の子が「チップ、チップ、100バーツ!」
と貯金箱のようなものにチップを入れろと言った。
トラのいる閉鎖的な檻の中でチップを入れなければ出られない恐怖に支配され、2人で200バーツを渡し、足早に檻を出た。
檻を出たところでGoogleで「タイ ゾウ乗り 相場」で検索した。知恵袋では2000バーツはあり得ない金額と書かれていた。私たちはぼられていたことにようやく気づいた。トゥクトゥクのおじさんとエレファントパークはグルだったのだ…。
「悔しい…悔しすぎる…」
タイの強い日差しを浴びながら、ゾウ乗りの順番待ちの長い列に並び(トゥクおじは並ばないと言っていたはず)私たちは反省会をしていた。
しかしアユタヤまで来たのだから、気持ちを切り替えてゾウ乗りを楽しもうと思った。
ゾウの背中から見るアユタヤ遺跡は圧巻だった。アユタヤ王朝時代の先人もこうやって遺跡を眺めていたかと思うと、壮大な気持ちになった。時折、ぼられた悔しさが顔をのぞかせる瞬間もありゾウの上で揺れるたびに色々な気持ちが入り交ざった。
ゾウが草むらに入り、ごはんを食べているときゾウ乗りおじさんが振り返り、私たちの手首にゾウの牙のブレスレットを通した。
そしてゾウのご飯台としてチップを要求した。私たちはぼられていることを自覚しているので、もうすでに料金は支払ったことを伝えて、ブレスレットはおじさんに返した。すると、おじさんは「写真を撮ってあげたから、僕にチップを払え」と言った。私たちは譲らなかった。もうここでチップを渡してはいけないと思った。それでもよくわからないタイ語で私たちにチップを要求した。私も「I have no money!生活ギリギリ!」とよくわからない日本語で対抗した。結局またゾウを降りるときにチップを求められたが、「コップンカー!サンキュー!グッバイ!」とその場から逃げるように走り去った。
エレファントパークを後にしながら、私たちは海外旅行に来たことを強く実感した。ここでは遠慮していたらだめなんだ。タイでは強く生きていく必要があることを知った2日目であった。
この日があったからこそ、わたしたちはマーケットやトゥクトゥクで観光客を相手している人に対し、値段の交渉を次々と試みた。「ディスカウントオーケー?」と。無理なときもあったが、強気に出ることができるようになった。
次回は値段交渉が成功した末に、怒ったドライバーが時速オーバーで対向車線を暴走するトゥクトゥク編を書こうと思う。