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「検索から模索へ」#2000字のドラマ
劣悪な環境で育ったと言い切れるほど大袈裟なことは何もない。
だからといって愛情たっぷりの家庭で育ちましたってのも違う。
なんとも中途半端な立ち位置の俺。
俺はこの春、大学生になった。
うまくいかないことは誰かのせいにして、逆に何かを成功させた時は、俺って天才!って声を高く叫んだ。
大学に入ったからには、人並みの青春とやらを経験したくて、祭りの露店さながらにならぶ、サークル勧誘の渦のなかに足を運んだ。
春の生暖かい風が、これからの俺の大学生活を応援するかのように頬を撫でる。
サークルそのものに興味があったわけじゃなく、
俺好みの可愛い女子を物色したくて挙動不審に頭を振った。
その中にひときわ目立つ女子をみつけた。
サークルのプラカードを、胸に当て持ち、ほほ笑むその子は俺の心に、どストレートにぐいぐいめり込んできた。
俺は、自分の容姿に自信があるわけじゃない。けどコミュニケーション能力には誰にも負けやしねぇと自負していたから、
ワンチャンいけんじゃねえ?
から始まって俺達は、付き合い始めた。
隠そうとしてるがついつい出てくる九州地方の方言は、彼女の魅力をさらに引き立てる。
ミカ。俺の彼女の名前。
俺の語りかけにうつむきかげんに
「はにかむ表情」がたまらなく愛おしい。
俺はコノヒトをずっと大事にしようと思った。
あれはミカと出会って1年半、
もう、何回デートを重ねただろうか?って時、
彼女は真剣にあることを俺に打ち明けた。
「あのさ……私のママ、会社にいた頃、先輩に恨まれててさ…」
「こ、殺されたんだ…」
はぁ?
なんの冗談かと思ったけど彼女の真剣な面持ちから冗談や笑い話の類いではないことが容易に判断できた。
今まで、どんな思いで日常を送ってきたんだろう。俺は、1年半もの間、彼女の奥の闇に気づけなかった。
ミカはネットを通じての支えや、それに携わる人々の温かさに感謝してるとボソッとつぶやいた。
たどたどしくも、しっかりと話し始めるミカ。
たぶん俺に隠し事をしたくなかったんだろう。
図書館の新聞で事件を調べた。
当時の彼女はまだ小学生だった。
過失致死とかじゃなかった。
相手がミカのママに恨みを抱いていたこと、刺殺とか血とかじゃなくて
毒だったこと…
今まで仲良く話していた先輩が、実は毒を隠し持ち、その機会を狙っていたと…。
悲惨だった。
背負い切れない。
そう思った。
彼女を守らなきゃ、とかじゃない、
逃げたかった。
俺はミカからのラインに既読無視を繰り返し、自然消滅を願った。
いや、ミカのこと好きだから、俺より相応しい相手を見つけてくれという気持ちで、無理矢理キレイに片付けようとしていた。
ミカは俺のずるい部分を早い段階で理解した。
だからすぐに、ミカからのラインも途絶えた。
サークルにもあれから行ってない。
そんな俺だが、小学時代から「タカヤ」っていう親友がいた。タカヤは、いつも俺の話しを「うん、うん」と聞いてくれる。
悩みを打ち明けても、不満をぶちまけても、何かをアドバイスとかじゃない、
「そっか…」と。
コイツといるだけで俺は、
自分が肯定されるから、大好きなヤツだった。
高校大学は違うが、定期的に遊んだ。
タカヤは、口下手で人と距離を保つ性格だから、俺がいなきゃ
アイツだって孤独だっただろう。
よく、おれは、タカヤに勉強を教えてやったりした。
俺はどうしようもない虚無感に苛まれた時、タカヤに話しを聞いてもらう以外にあることをする。
エゴサーチ。
俺は、小学、中学、高校に絵画や、作文などで県や市から表彰されてるから、自分の名前を検索すると、ヒットするのだ。
簡単に自分の存在を確認できるから、不安な時によく、小さな画面に親指をスライドさせていた。
ミカと無縁になってからぼーっと過ごす日々。音楽とラジオと動画とSNS。
ミカと一緒にイヤフォンを片方ずつはめて聴いていたっけな。思い出に浸っては、何をするでもない1日を過ごした。
だからかは知らないが、
何を思ったのかは、分からないが、
今までは、
タカヤの名前なんか、検索したことはなかったけど、初めてタカヤの名前と
検索をタップした。
そしたら、
タカヤは
「事故や事件で愛する家族を失った人々を支援する会」の代表者と共に名を連ねていた。
「鳩が豆鉄砲を食らった顔」ってのはよく聞くが、まさに今、俺はその顔になっているんだろう。
マンガでいえば、白目に口(くち)ポカンだ。
俺はいったい何をしたくてこの
大学に入ったんだ?
どんなふうに生きたいんだ?
どんな未来を見ているんだ?
今更、模索モードかよ…
止まることなく出てくる涙をシャツで拭い、
鼻水を拭い、
ふと
窓から見えた夕陽が、
妙に赤く燃えて
やけにエモかったんだ。