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【怪談】ゲツヨウノマルカ
これは、先日実家に帰省した時の話。
私の実家は一軒家で、都心から少し離れた郊外にある。その近辺も何の変哲もない、栄えても廃れてもいない、どこにでもある普通の住宅街だ。
ただ一つ、昔から奇妙なスポットがあった。それは家から1ブロック先にある小さな神社だ。神社と言っても、2メートル弱程の高さしかない鳥居と、その数歩先に小さな祠があるだけ。
イメージとしては、岐阜信長神社が近いかもしれない。
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奥行は上の写真と概ね同じ。ただ幅の広さが鳥居、ないし祠程しかないので、実物はもっとこじんまりした印象になる。
不自然なのが、一軒家が立ち並ぶ表通りにひっそりと建っていた点。勿論両隣も普通の家だ。人も住んでいる。家と家の隙間で、肩身が狭そうに収まっていたのがその神社だ。
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「周りは普通の家なのに、なんでここだけ神社?」と、物心つく頃から不気味だった。ただ「怪奇現象がー」だとか、「近くを通ると寒気が……」なんて事は、実体験どころか噂すら聞かなかったので、「変な場所にあるちょっと不気味な神社」くらいの認識。何なら学校の帰り道、友達と鳥居の前で手押し相撲なんかやってふざけ合っていた事もある。今となってはバチ当たりだったかもしれない。
………本題に入ろう。お盆で帰省中だった私はその日、朝から家でくつろいでいた。そして昼過ぎ頃、買い物に出かけていた妹が帰ってきたのだが、リビングに入ってきた途端、暗い表情でこう語り始める。
「なんか怖いの見ちゃった……。そこの神社あるじゃん?帰りに通ってきたんだけど、鳥居の前でおばあさんがボーッと立ってブツブツ喋ってたの………。」
先ほど説明した例の神社だ。大学卒業まで実家暮らしだった私が、ここに来て初めて、あの神社にまつわるオカルトじみたエピソードに遭遇したワケだ。
「何それ怖っ。………そのばあさん何かに憑かれてるんじゃね?」
………とまぁ一応怯える反応は取ったものの、正直何とも思っていなかった。高齢者が多いこの町では、変な老人がうろついてるなんてのは日常茶飯事。道を歩いていたら後ろからよく分からない言語で怒鳴られる、みたいな経験も何度かあったので、「たまーにいるボケ老人の一種だろう」と、あまり気に留めていなかったのだ。
そんな話をしていたら、元より控えていた用事の時間が来てしまったので、妹と入れ違いですぐさま家を出ることに。自転車のロックを外し、最寄り駅に向かう準備は万全。……がその前に、例の老婆を確認してみる。確認とはいっても、駅と神社の方向が真逆故、家を出てすぐ左の角から覗いただけだが。
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角から神社の方向に目をやると、確かに、鳥居前に老婆らしき人影が見えた。生憎視力が低く、詳細はおぼろげだが、身なりと体格だけでも老婆と分かる風貌だった。服は上下ともに鈍い桃色、髪は灰色に近い白、腰は”く”の字に曲がり、鳥居に背を向け固まっていた。しかも道路の真ん中寄りと、車が通るものなら事故も起きかねない位置で、陽の光に晒されていたのだ。距離の問題か、妹の伝聞通りの喋り声までは聞こえなかったものの、何となく口元が動いていた気がする。
その時点でかなり恐怖を覚えていた。というのも、家にいる間忘れていたが、今日は猛暑日。30℃は確実に越えている。しかも妹が老婆を目撃してから私が家を出るまで、最低でも30分は経っていたはず。つまり老婆は、かなりの長時間、あそこで立ち尽くしていることになるのだ。
本来であれば、どこかに通報するなり、老婆に直接声をかけ避暑地に避難させるなりすべきだっただろう。しかし、あまりにも不気味だったので見て見ぬふりをし、予定通り駅へ向かった。
………………数時間後、予定を済ませた私は、駅から家に向かって自転車を漕いでいた。時間でいうと確か20時頃。辺りは電灯以外真っ暗だった記憶だ。そこで、ふと好奇心に駆られてしまった。
「あのばあさん。まだあそこにいるのかな?」と。
私は、最短の帰宅ルートから外れ、神社→家の順に到達するよう遠回りした。先ほどの地図でいうと、中央の道路を下から上に向かって家に向かうといった具合に。
そして神社手前の角を曲がったとき、私は絶句した。
まだそこ居たのだ。
昼間と全く同じ場所、同じ姿勢で、あの老婆が。
しかも今度はたった3メートル程の距離感。表情もハッキリと見える。肌は浅黒く、シミとシワだらけ。それ自体は、普段の街中で見かける分には普通の老婆だったろう。しかし異常だったのが、瞳に黒目しかなかったこと。しかも目線は平行に、ひたすら同じ言葉を呟いていたのだ。
「………ゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカ……………」
私は自転車に跨ったまま、その場から動けなくなった。呪いや金縛りなどではない。純粋な恐怖からだ。頭が真っ白になり、今すぐその場から逃げるといった発想すら頭に浮かばなかったのだ。
そんな老婆を視界に留めた状態で十数秒後、ついに硬直が解けるきっかけが。なんと、私の背後から5歳ぐらいの少女が現れ、ゆっくりと老婆に近づいていたのだ。パジャマ姿で、靴は履いていない。私の横を通り過ぎる際に見えた表情は虚ろで、目は開いているものの意識は無いように感じた。
少女の身の危険を察知した私は、すぐさま跨っていた自転車を投げ捨て、少女の肩をガッチリと掴む。
「ダメ!」
咄嗟に叫ぶほどパニックだった。掴んでも尚、少女の足どりは止まらなかったので、力ずくで抱きかかえながら老婆から離れる。
すると「○○!」と、何やら女性の叫び声が背後から聞こえてきた。振り向くと、少女の母親らしき女性が、心配そうな表情でこちらに駆け寄ってくる。おそらく、娘が家から居なくなっていることに気づき、後を追ってここまできたのだろう。
状況を察した私は少女を母親に渡し、すぐにここから逃げる様、目とジェスチャーで伝えた。はじめは困惑している様子だったが、すぐ先にいる老婆を見た途端、表情が一変。悲鳴を上げながら少女を抱いて逃げていった。
そして私もその場を後にしようと、前に視線を戻す。
「ゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカゲツヨウノマルカ」
老婆がこっちを見ていた。例の呪文(?)や位置・姿勢はそのままに、顔と目線だけをグルンと私に向けて。正面から見るギョロリとした黒目は、横から見る時以上に不気味でひどく戦慄したのを憶えている。しかし今度こそ固まるわけにはいかない。半ば反射的に自転車へ乗り直し、全速力で家の方向へ駆け出した。老婆の隣を横切る際も、顔の向きと目線だけ私を追い続けていたのが、今でも脳裏に焼き付いている。
家に到着次第、すぐさま玄関のカギをかけ、家族のいるリビングに駆け込んだ。そして今まで起きたことを順を追って説明した。一度も老婆を見ていない母親は半信半疑、昼間遭遇していた妹はひどく怯えていた様子。しかし我が家という安全地帯に無事辿りつけたので、ひとまず、一件落着─────
ピーンポーン ピーンポーン
インターホンの音だ。配達の時間帯としてはそこまで不自然ではないが、先程までの恐怖体験もあり、リビング全体に緊張が走る。数秒の硬直があったものの、意を決して玄関先のカメラをONにしてみることに。
…………誰もいない。ただ、画面右下でもぞもぞと、実体のある黒い影が動いているのだけは分かった。ウチのカメラは、庇(玄関扉の屋根)から、玄関前を見下ろす形で設置されている。モニターの画角的にその黒い影は、扉の足元に留まっている様子だった。
意識を操られていたのか、恐怖の感覚が麻痺してしまったのか分からないが、私は玄関の扉を開けてみることに。家族はリビングに待機してもらい、私一人で玄関に向かった。そして扉の前までたどり着き次第、ノブを押してみる。しかし、何かが突っかかってビクともしない。次は体全体で押し出すように、扉に力を込める。するとゆっくりと、突っかかっていた何かも共に押し出され、遂に扉が開いた。
ドア開き切った後、足元に目を向けると、そこには黒鹿毛の馬が横たわっていた。勝手なイメージだが、少なくとも1歳には至っていなかったはずだ。何故か後ろ脚の膝から下が無く………否、ほんの数分前にもぎ取られたように見えた。脚の断面から溢れ出たであろう血が、足元を真っ赤に染めていたからだ。そんな状態でも息はまだあるようで、体を震わせながら、こちらを覗いていた。
………そこから先はあまり覚えていない。気づいたら、翌日の昼頃になっていた。
改めて母親から聞いたのだが、どうやら私は玄関前で放心状態だったようで、すぐさまベッドに寝かせた途端、ぐっすりと眠りに入ったらしい。
つまり夢オチ。
………であればよかったのだが、例の馬はしっかり実在していたので、どうやら老婆との邂逅も実体験のようだ。
その後警察に通報してくれたらしく、駆けつけた団体(なにやら動物保護組織?)によって、馬は無事移送されたとのこと。
私が眠っている最中、家族はそれぞれ軽い取り調べを受けた様子。その際例の老婆の事も話したらしいのだが、あまりにも非現実的すぎて、まじめに聞き入れてもらえなかったようだ。今回はあくまで謎の馬出没事件として片づけられるのだろう。
あの少女はその後、どうなったかは知らない。ただ、今日に至るまで、実家近辺で物騒なニュースが取り立たされていないのを見るに、おそらく無事なはずだ。…………多分。
そして私は、事件当日から二日程で、心身共に完全復活。その後警察からの追加の取り調べなどもなく、平穏な日々が続き無事連休終了。本記事を書くまでに至る。実家を去る際、一瞬だけあの神社に目を向けたが、案の定老婆はいなかった。
改めてあの日の事件を振り返るが…………もはや恐怖を通り越して困惑しかない。あの老婆は何だったのか?半日以上表通りに立っていたのに、他の住民は誰も気づかなかったのか?なぜ少女は引き寄せられたのか?馬はどこから来たのか?そもそも、これらの怪奇現状はそれぞれ関係しているのか?たまたま一連の騒動が神社を中心に起きていただけで、全ての原因もあの場所にに起因するのかすら、謎のままだ。
何より、あの老婆が延々と呟いていた、”ゲツヨウノマルカ”。あれはどういう意味なのだろう?今思い返すと、息継ぎも一切せず平坦なトーンで繰り返していたので、そもそも区切る場所が合っているかも怪しい。例えば、花月 葉ノ丸なんて名前を呼んでいた可能性もある。
……………ただやはり私は、”ゲツヨウノマルカ”。そう呟いていた気がする。根拠なんてない、あくまで何となくだ。月夜 鵜 飲まるかなんて意味があるのかも。………………あまりにも強引か。
このように、自分の記憶という数少ない手がかりの中から、どうにかしてこの事件の真相を見出そうとしている次第だ。もしこの記事を読んで、何か関係してそうな情報を持っている方がいたら、是非とも提供してくれるとありがたい。流石に実家の住所がバレるのは怖いので、東京都23区内の一住宅街の神社……とだけ言っておこう。
…………やはりあの神社は調べておくべきだったな。ネットで調べても地図情報にすら載ってこないし、次に帰省するタイミングでもう一度訪れる事にしよう。
次はあの老婆がいないと良いのだが。