見出し画像

『ドグラ・マグラ』最初の挫折ポイント:「キチ◯イ地獄外道祭文」の要約

注:この記事で使用されている一部の表現は、原作の文脈を忠実に伝えるために用いられています。​​​​​​​​​​​​​​​​

はじめに

夢野久作の代表作「ドグラ・マグラ」に登場する「キチガイ外道地獄祭文」は、作品の中でも特に衝撃的であり、多くの読者が読むのを挫折する部分です。本記事では、この祭文の内容、意味について解説します。

作品における役割

「キチガイ外道地獄祭文」という赤い表紙のパンフレットは、正木博士が『面黒楼万児(めんくろうまんじ)』という仮名を用いて、木魚を叩きながら日本各地で人を集めて配布していたものです。若林博士曰く、この祭文には正木博士が精神病の研究を始めた動機が謳われていると言います。そして、最終的には「この動機」自体が読者を悩ます鍵となります。

内容

内容は(大正時代の)精神医療と精神病院に対して鋭い批判をするものですが、この文章が長大な浪曲調で語られており「ああア──ああ──アアア。…スカラカ、チャカポコ、チャカポコチャカポコ、ポクポク…」と謳うような文章が一節ごとに展開されていきます。それがまさに地獄のように延々と続く点と、浪曲調の文章が読みにくい点、さらにはその内容の難しさが相まって「ドグラ・マグラ」における最初の挫折ポイントとなっています。

ではそんな「キチガイ外道地獄祭文」をサクッと要約していきます。

要約

1. 精神病院を「キチガイ地獄」や「牢獄」に例え、患者の人権侵害と不適切な処遇を訴える

地獄なんぞと大きな違いじゃ。そんな道理がミジンも通らぬ。息も吐かれず、日の目も見えぬ。広さ、深さもわからぬ地獄じゃ。そこの閻魔は医学の博士で。学士連中が牛頭馬頭どころじゃ。

ドグラ・マグラ

2. 精神疾患の診断と治療の困難さを指摘し、精神医学の限界と精神医療システムの欠陥を批判する

人の心は診察できない。たといいかなる名医じゃとても。人の精神、心の狂いの。どこの脈見て、どの舌出させて。どこの苦労に注射をするやら。(中略)つまるところが精神病は、診察治療が絶対不可能、科学知識で研究できない。わけのわからぬ物じゃとわかる……

ドグラ・マグラ

3. 近代医学の進歩と対比させながら、精神医療の遅れを論じる

今は文明開花の御代だよ。科学知識の万能時代じゃ。そうしたサナカに精神病だけ。昔のまんまの暗黒時代で。

ドグラ・マグラ

4. 精神疾患患者とその家族の苦悩、社会の偏見と無理解を詳細に語る

すこし世間に知られた一家で。一度キの字を出したら最後じゃ。万劫末代血統に障る。早い話が倅や娘の。縁があぶなくなるその上に。近所隣りの目下の連中に。(中略)白い眼をされ舌さし出され。

ドグラ・マグラ

5. 精神病院の経営、政治、社会との複雑な関係性、さらにはメディアの役割にも言及する

精神病院の手品の種だよ。(中略)そんな商売しておりながら。同じ仲間の地道なお医者に。指を一本もさされぬばかりか。文句も言われず非難を受けない。政府、警察、新聞記事まで。鳴りを静めて見ているばっかり……

ドグラ・マグラ

6. 日本の急速な近代化と文明開化がもたらした負の側面として精神医療の問題を問う

昼夜不断の電燈ガス燈。唯物科学の文化の光が。明るく光れば光って来るだけ。暗くなるのが精神文化じゃ。

ドグラ・マグラ

7. 患者の尊厳と人間性の回復を強く訴え、精神医療の根本的な改革と社会全体の意識改革の必要性を主張する

かく言う私が新案工夫の。デッカイ精神病院建てます。そこへ研究試験所つけます。患者を無料で入院させます。地獄なんぞができないように。解放治療というのをやります。

ドグラ・マグラ

8. より人道的で効果的な精神医療システムの実現を求めながら、人間の尊厳や生命の価値、社会の在り方そのものを問い直す

人に忘られ世に忘られて。狂いもがいて生命を終る。あわれな精神病者が助かる。そればかりかその病院で。研究しだしたキチガイ病気の。治療の仕方が世間に広まる。世界各地のキチガイ地獄が。一つ残らず引っくり返って。ありとあらゆる精神病者の。嬲り殺しが止みますならば。こんな本懐至極はござらぬ。

ドグラ・マグラ

結論

「キチガイ地獄外道祭文」は、精神医療の現状を「キチガイ地獄」と呼び批判しつつ、科学的手法では解明しきれない人間の心の複雑さを強調し、近代化や文明開化がもたらした負の側面として精神医療の問題を捉え、患者の人権と尊厳の回復、より人道的で効果的な精神医療システムの実現、そして社会全体の意識改革を強く訴えかけながら、究極的には人間の尊厳や生命の価値を問い直す、という祭文でした。

いいなと思ったら応援しよう!